保健室お悩み相談室。「あの子に手を出したら、千切るからね。」
冷たい温度の声を聞いて向けられた目をみて、心臓の奥に何かが、じくりと刺さる。
…ああそうか。そういう意味で声をかけたように、見えてしまったのか。先程自分に声をかけてきた彼女の娘に微笑みを返したことを思い出す。
「…わかってますよMrs.Peacock。…わかってます。」
いつものようにおどけて呟いてみたが、自分の顔が、どうなっているのか、よく分からなかった。
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「…そんで、しょぼくれてるとこに瞬のやつにはちゃめちゃに追撃受けて、何もかも気分が乗らなくなって授業放り投げて保健室きてるの???っはーーーーいいなほんとコネ入職教師。クビになっちまえ。」
「…イイでしょう。別ニ。どうせ貴方もマトもに仕事してなイんデスから。」
トレードマークの麻袋を脱ぎ、ベッドに座って寝転がるスーツ姿に毒付けば、力なく返事が返ってくる。
…いつもだともう少し尖った返事が返ってくるので、やはり落ち込んではいるのだろう。
そんなことを思いながら安楽椅子を軋ませて足を組む昼下がり。幸い生徒も一人もおらずタバコも吸い放題。
そんなこと考えてタバコに火をつけたら、やたら整った顔がじとりとこちらを見る。
「…Excuse 、スコし、お話、聞いテ頂けます…?」
「どぉぞ。傾聴は得意分野だし」
「……英語でもイイでス?」
「…I don't understand, but is that okay」
「…I just want to talk, so it's okay.」
冗談を交えた後、寝転んでいた姿を体育座りに直して、男は流暢な英語で語り始める。
「…初めてなんです。これだけきちんと他人を好きになったのは。」
「公認の二股だけどな。」
「傾聴しろ。……俺は、彼らとずっと一緒に居たいと思う。一過性の気まぐれでは無い。そのためならなんだってできるし…したいと思う。」
「…へいへい。それで?」
「…俺は、彼らと家族になりたいと思った。…俺は、よくわからないですが人はそう願うんでしょう?結婚でも、養子縁組でもいい。彼と、佳月と、…彼が大切だと思う人を、全部、大事にしたいと、願った。……ですが……しかし…彼には…そう見えなかったようで。」
「…あー、お前が娘?に手ェ出すと思われたのね。あの麻袋被ったお前にキャーキャー言う珍しいちっこいの。…確か…あーーーーだから潔のやつも最近お前に当たりがより強いのか。」
「…俺の、今までの行動のせいと、わかってはいる。…それでも、俺はまだ彼の大事なものを害する可能性があると…殺気を纏った彼のあの顔を見た時から、棘が抜けない。何をどうすれば、俺は許されるのでしょうか。それとも…やはり瞬の言う通り。俺には誰かを大事にできるような…家族を作れる人間には…相応しくないのでしょうか。」
しょぼくれた顔がさらにしおしおと澱む。…面白い。失礼。珍しい。安いコーヒーを二つ用意しながら、差し当たりこの男への慰めの言葉のカードを探す。変態強姦ホモペド教師かと思ったら、意外ときちんと他者と関係性を築いて、悩んで、落ち込んでいる。面白い。
…悪癖に、スイッチの入る音。
「……ふさわしくねぇかもなぁ。」
「…?!」
つぶやいた言葉にまるで予想外、安い慰めが降ってくると踏んでいた男が目を見開いてこちらを向く。
「…他人性別問わずしかも生徒でも構わず好き勝手セックスして、しかも相手には初手で拘束して一方的に調教してるうちに情が湧いてきてなんなら母親みたいだから甘えてたら好きになって相手が甘いことをいいことに言いくるめてそのままもう一人好きなやつがいるからそいつも合わせて一生一緒に生きてくれって言われてもそりゃぁ…相手からしたらお前はまだまだ警戒対象だよ。」
「…び。」
「……もう一人のやたらあの達観してるガ…生徒はお前が何やっても許してるみてぇだけど。そうじゃなきゃそんだけされた相手に警戒なんて解けねぇだろ。仕方ないから許してるだけ、お前が他人に酷いことしないように。好きって言葉も差し当たりの言い訳かもな。本心じゃねえのかも。」
「………」
「要するに信頼がまだまだたりねぇのよ。他人にその悪癖を向けると思われてんの。お前がいかに幼稚で矮小でくだらねぇティーンのガキみたいな純情で相手に接してもお前は悪で、大いに注意人物なんだよわかったか?」
サラサラ捲し立ててみたら、泣きそうになってる。…奇抜な行動と動じない精神を気取って誰に対してもガチガチの外装で攻撃を受け付けないこの男のその鎧を剥ぎ取ってここまで追い詰められるのは今のところ自分だけだろうと思うと楽しくて仕方ない。
なんなら俺が飼い殺してやろうかなぁと思うが…こいつの顔とねじ伏せる楽しみ以外に魅力は感じないないので別にいらない。面倒な敵も増えそうだし。
そう思いながら吸い終わったタバコを水道に放ったら、泣きそうな顔を繕って、相手がこちらを見据える。
「…じゃあ…どうすれば…いいか…教えて…ください…。」
…わからなくなったら相手に縋って答えを求める癖。なおんねぇの。と、口の端を歪めながらも、流石に小動物をいじめ過ぎるとよくないのでそろそろ助け船でも出してやることにする。
「…自己開示がたりねぇの。どうせお前、プライド高いから全然相手にお前本心も自分も見せてねぇんだろ。」
「……そ、れは…。」
「…情けねぇ今みたいなツラ晒して、俺じゃなくてその相手にお前の本心を洗いざらいぶちまけて懇願して…ゲロ吐くぐらいダサい姿を晒してみるこった。お前のその本当って言葉を信じさせるにはそのぐらいいるだろ。…まあ、無理だろうな。相手にそのゲロ以下の姿をどう思われるかなんて考えてるうちは心底にある警戒心なんてとけねぇよ。お前がなりたいなんて理想で組み上げてる家族の本質。信頼も信用もお前を晒して初めて築けるかもしれない。そう言うもんなんだよ。……アンサーとアドバイスは以上。わかったか?」
「…………。」
黙っちゃった。やべぇ。久々に相手のプライドを粉々にする作業に打ち込みすぎた。
…まあ。別にいいだろうとタバコに火をつけ直す。…アフターケアは俺がするより適任者がいるだろうし。
そんなこと思いながら、今までの会話、聞かれてたかもなぁとドアの外の殺気を眺める。…結構なレベルの英語の会話だったけどなぁ。そろそろ逃げることにする。
「…まぁ、いきなり本番じゃきついなら、レベルダウンした練習が必要だろうよ。」
「…??」
「席外してやるからしっぽりしてくこった。…鍵閉めて、ヤったら換気してシーツ変えとけよ?俺の寝床でもあんだから。」
…ドアの外に気が付いてないだろう相手を放り出し、ドアを開ける。そこにいる小さな黒い殺気を見ないふりをして自分は、他所行きの笑顔で相手に挨拶だけ済ませた後、足早にその場を立ち去った。
(初登場にして多分敵認定を受ける保険医と、珍しく詰められた麻袋の話。)