こんにちは、我妻善逸です。押し付けられた風紀委員の仕事で今日も朝から校門前で服装チェックです。いつも一緒にやっている冨岡先生は部活の引率とかでいないらしく、今日は代理の不死川先生と、なんだけど……正直怖くてしかたないです。誰か助けてください。
「あれっ不死川先生が服装チェックめずらしい〜おはよーございまーす」
「おはよォ」
「せんせーおはよー」
「おー、おはよォ」
次々通り過ぎる生徒たちを黙々とチェックしていく不死川先生。普段なら声かけるのを躊躇う怖そうな先輩にも先生は容赦なく乱れを指摘してくれて、想像以上のやりやすさに感動してしまった。よくよく考えてみれば伊之助みたいに廊下走りながら煽らなければ追いかけてこないし、粗相をしてスマブラされる以外は授業も普通。なにより不死川先生は髪を黒くしろって殴ってこない…!!めちゃくちゃ怖いと思ってたけど今朝でイメージが変わりました。
怖い先輩は先生に任せられて俺は女の子を眺めていられる。気分は上々で服装チェックに励んでいると、俺の…いや風紀委員会の悩みのタネが校門へ近づいてくるのが見えた。美術の宇髄先生だ。
「おーっす〜」
宇髄先生は派手が信条だからか知らないけど、気怠げな格好に派手な化粧、アクセ、ガム、教育現場に出勤してくる人間とは思えない姿でいつも登校してくる。せめてガムは噛むなガムは!風紀委員とはいえただの生徒の俺がやいのやいの言っても聞いてくれないし冨岡先生の制裁はひらりと躱してしまう。別に先生に対してまで厳しく服装取り締まろうという気はないけれど、こうも言う事全部無視されるとムカつくからいつかアクセサリー没収してやりたいと思っている。
「おはようございます!宇髄先生!今日も!朝から服装乱れまくりですね!!」
「あ?センセーだからいいんだよ」
膨らませた風船ガムが割れて顔中ガムまみれになれ。イーッと奥歯を噛み締めながら心の中で呪詛を唱える。そのまま俺の前を通り過ぎようとした宇髄先生に、今日もダメかあ…とため息をついた。すると、他の人を話していたはずの不死川先生がいつの間にか宇髄先生の横に立っていて、持っていたバインダーで宇髄先生の後頭部をぱこんと叩いた。
「いって」
「良い訳あるかァ。生徒に禁止してるもんを教師がやってどうすンだァ。見本になれ見本にィ」
「俺は反面教師として生きてるからいいんですゥ」
「アホか。没収だ、没収ゥ。アクセと、まだガム持ってんだろ。化粧は大目に見てやるからよォ」
「ええ〜」
むすっとした顔をした宇髄先生は少し黙った後、ピアスと派手な装飾の額当てを外し、鞄の中から出したガムと一緒に不死川先生に手渡した。俺は思わず拍手した。
「よしよし、放課後まで俺が預かる」
「絶対言うこと聞いてくれない宇髄先生がアクセ取った!!不死川先生すごい!!どうやって手懐けたんですか!?」
「人を大型犬みてぇに言うんじゃねぇ」
「犬の方が言うこと聞くだけマシでしょうよ!まさか弱みでも握られてるんですか!?」
「…お前さ、たまに俺がセンセーだってこと忘れてねぇか?」
ぎゃいぎゃいと宇髄先生と俺が言い合う横で、くつくつと不死川先生は笑う。それに気づいた俺が
先生も笑うんですねと思わず口にすると、「俺のこと鬼かなんかだとでも思ってたか?」と呆れられた。笑わないとは思っていなかったけれど、授業してる顔か、ピキピキしてる顔しか知らなかったから、びっくりしたんだ。
「まァ、宇髄を手懐けてるのは本当かもなァ。そろそろ時間だ、我妻、後頼むわァ」
「あ、はい」
「宇髄は急げェ。職員朝礼始まる」
「ん、ああ。じゃーな、善逸〜」
不死川先生は規則に厳しい方だし、相手が同僚だからって甘やかしたりはしないだろうから本当に放課後まで没収なんだろう。アクセしてない宇髄先生レアだからまた女の子たちが騒ぎそうだな、とげんなりする。顔はいいからな、顔は。校舎の方へ向かう先生2人の背中を見送って、歯軋りしたくなる気持ちを抱えたまま俺は再び登校してくる生徒たちの服に目を走らせた。
「……ん??」
手懐けたってどうやって…?
***
出勤早々ある意味冨岡よりめんどくせーのに捕まって腕時計以外のアクセを没収され、地味な見た目と地味なテンションで一日を乗り越えた。昼に一度返せと詰め寄ったが「帰るまで没収っつったろォ。俺の仕事が終わったらそっち持って行くから」と返してもらえなかった。
ようやく今日の仕事もおわる。美術準備室に来ると言う不死川を絵を描きながら待った。
「おう、待ったか」
暫くしてやって来た待ち人はノックもせずガラリと引き戸を開け、一言だけそう言うとソファーにどっかりと座った。いつものことなので気にしないが。
「すんげー待った」
「自業自得ゥ。おら、返すぜ」
ご丁寧にまとめて保管してくれていたらしい。俺の私物が入ったジップ付きの袋をぴらりと見せられ、受け取ろうと席を立つ。ソファーに座る不死川を見下ろす形で伸ばした腕は、不死川の空いたもう片方の手によって思い切り引かれて流石の俺でも体勢を崩した。慌てて背もたれに手をついて踏ん張る。これはあれだ、知らん奴とか部屋に入って来たら俺が不死川をソファーに押し倒してるようにしか見えなくて誤解される王道パターン。まあ、誤解っつーのは俺は押し倒す側じゃねえってとこだけど。
「あっぶね、押し潰すとこだった」
「そんなヤワじゃねーわァ」
距離が近づいた唇をべろりと舐められる。びくりと揺れた俺の反応に気を良くしたのか不死川はニヤリと笑った。
「なんだよ…」
「アクセ没収したのちょっと後悔したァ」
「ん、なんで」
「飾りのないテメェを見れるの、ベッドの中の俺だけの特権だったって思ってよォ」
「ぶはっ」
「セックスん時のテメェ思い出してムラムラしたァ」
不死川はそう言うと俺のパーカーの首元を掴んでガッと乱暴に俺の唇に噛みついた。服の上から胸の尖りを擦られて、その先のお楽しみを期待した俺の唇から甘ったるさを含んだ息が漏れる。
「ん、んっ…はあっ、キス、したかった?」
「…ん」
「フフッ、ここガッコ。不純交遊はダメでしょ、不死川センセ」
「もう退勤したんでェ」
「っんん」
不死川とするキスは口の中まで性感帯になったように気持ちよくて、一度始めたらやめられなくなってしまう。いつもならそのまま全身攻められてセックスコースだ。ちゅ、ちゅ、と触れ合うだけのキスから本能が求めるままに噛みつき噛みつかれ、舌を吸う。気持ちいい、もっとしたい。でも今日は家のベッドじゃない。そろそろやめないと車運転できなくなる。やめないと、やめないと──……。
「は、テメェはほんとキス好きだな」
「好き、もっと」
ここは学校、なんて理性は快楽を求める本能にあっけなく陥落してしまう。ベッドの俺にしか見せない雄の顔をした不死川が徐に俺の胸を押し、そのまま今度は俺が押し倒された。舌舐めずりする姿にぞくぞくして、身体はその先を求め始める。
「帰れなくなンぞォ。今はキスだけで我慢しろ」
「やだ、なあ、はやく」
「普段は俺の言うこと聞いてくれンのにこういう時だけ聞き分けねえな」
「我慢しろって言うくせに…体まさぐってくる奴に言われたくねぇわ」
「はっ、ちげえねえ。学校で不純交遊、悪ィセンセーもいるもんだァ」
「っふ、お前もな、」
太腿を這い回る手、体のあちこちに触れていく唇に身体が悦を覚えていく。
朝、善逸は不死川は俺を手懐けたと言っていた。確かに好きな奴の頼みなら聞いてやりたいし、言うことを聞けば甘やかしてもらえるというのもある。でもそれ以上にこうして俺を甘やかす時の不死川の嬉しそうな顔を見るのが何より好きで、俺もこいつを甘やかしてしまうのだ。『手懐けられてやってる』なんて言ったらこいつは怒るだろうけど。
「朝言うこと聞いたろ、甘やかせよ」
「キスしてやっただろうが」
「全然足りねえ、もっと」
「とんでもねェじゃじゃ馬だァ」
「──はあ、ん、んぁ、実弥ちゃん、好き」
次々と与えられる『ご褒美』を全身を使って受け入れる。耳に寄せられた唇が囁く「声我慢すんなァ」という言葉に素直に従うと、ふっと吐息に笑みが混じったのが聞こえて愛おしさに胸が詰まった。
惚れた相手になら手懐けられるのも案外悪くないんだよな。溶け始めた思考でぼんやりと思った。