誰が為の記録今よりずっと遥か昔
其の目に映る全ての事を
書に綴った人がいる
好きなもの
嫌いなもの
身の回りで起きた出来事
パソコンにスマホ
カメラがない時代ですら
そうして人間は記録した
其れは何のため?
機材が無ければ紙とインクを
それも無ければ壁を傷つけ
それすら無ければ己の肉を裂いて
人間は記録を続ける
人間が人間である限り
どこかにそれを残していく
人間は記録を続ける
脳が覚える限界を超えても
残したいものがある
其れは何のため?
そうして出来たものを
自分で見返したり
誰かに見せて反応を待つ
そんな人間の仕草は
とうの昔に知っている
始めたのはこちらが先だから
だから同じことをやった
そして飽きることはなく
記録したいものを探し始めた
其れは何のため?
空は明るく暗く
花は咲いて枯れる
それはいつも同じ
話題のお店は忘れ去られ
かわいい猫もいつかは死ぬ
それはどこも同じ
栄えたら衰える
それは何においても同じ
誰でも知っていること
其れは何のため?
求めたのは
止まることなく
変わり続けるもの
始まりから終わりの間
限りある時間の中で
ついに見つけた
カメラが追いつかないほどに
目が回るほどに
変わり続けるもの
其れは何のため?
お腹を抱えて
目を伏せて
歯を見せて笑う
うつむいて
大声出して
顔を濡らして泣く
肩を広げて
背を向けて
足を鳴らして怒る
其れは何のため?
他にもある
もっともっとたくさん
尽きることのない感情の嵐
一人だけでも
こんなにあるなら
世界中ならどうなるか
終わる気がしない
今の人々が終われば
次の世代へも
其れは何のため?
今日も撮影を始める
弱そうな身体と
マヌケな顔
歩いて走って転んで
笑って泣いて怒って
一つとして同じものはない
変わる空模様に驚き
満開の花畑に見とれ
通りすがりの猫を追いかける
其れは何のため?
お店の行列に勇んで並び
ヘトヘトに崩れた顔に
カメラを向ける
君は怒るけど
笑って涙も流している
見たことない表情
その変わり続ける一瞬を
どこかに忘れてしまわないように
こちらも絶えず残していこう
其れは自分のため?
其れは君のため?
其れは二人のために
残したいもの
Fin.