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    MEI/もちこ

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    主明 / P5

     明智は、嘘をつく時、声を発するほんの一瞬だけ、たったの一瞬だけ、呼吸が浅くなる。もっと分かりやすく言うのなら、息を吸い込む時間が、少しだけ短い。初めは、何だか息苦しそうに喋るやつだな、と感じた。何回か会うごとに、癖なのかな、と思った。嘘をつく時の癖なのだと知ったのは、至極最近だった。

     階下へ降りるなり視界に収まったすっとんきょうな光景に目を白黒させて、自分が寝ぼけているのではないかという疑問を抱いたまま弾むとんちきな閑談をどこか遠くに聞きながら眦を擦る冬の正午。まだクローズのままの札がぶら下がったルブランのドアを無遠慮に開け放ち、静かに佇む青年は確かに『明智吾郎』だ。あたためられた店内に流れ込む冷たい空気と同じ風柄。胡乱な目を一周させる彼に、店主の佐倉惣治郎が断りの言葉を告げると、その相好が笑みの形に変わる。
    (ああ、)
    と思った。
     でも、だけど、ただ、本人は、きっと嘘をついているわけでもなく、恐らくは自分の癖を知らないわけでもなく、〝当たり前〟に行われているのだ、それは。己の乏しい語彙では上手く表現することが出来ないけれど、その表情も、紛れもなく『明智吾郎』だ。とても静かで穏やかに行われる暴力のような、張りぼての笑顔には取り付く島もない。疑い深く、注意深く、目を凝らして、耳を澄まさなければ、誰も気付かない。願わくば、自分自身でさえ。

     話したいことがあると言われるままに身支度をととのえてルブランを出ると、目と鼻の先にあるコインランドリーまで明智とふたりで歩いた。入口が開けっぴろげになったまま吹きさらしの古いランドリーは、外と変わらない程には寒い。ポケットに突っ込んでいるはずの指先は冷えて、眼鏡は自分の吐息で曇った。隣で明智が小さく、馬鹿にしたような、揶揄めいた笑い声をあげている。
    「相変わらず、緊張感がないな」
    「余計なお世話だ」
     白く濁ったレンズを袖口で拭い、一息つくと、この夢物語と紛うような状況のことや、あれからのこと、これからのことをひとしきり話した。その中で交わした〝取引〟について、明智は「借りは返す主義」だと、それしか言わなかった。顔は笑っていない。けれどあの浅い呼吸。明智の癖は、本人よりも雄弁に明智を語った。俺は納得した。そうだ。それは違うのだ。明智は、明智の中には、確かな正義――信念と表すべきが正しいかもしれない――が息づいている。真実から目を逸らさない強さだ。強い人だからこそ、ひとりで生きていくことを選んだ。密かに、そう感じていた。

    「でもさ、」
     別れ際に、明智が沈黙を破った。
    「僕が、はっきり、正直に、きみに〝嫌いだ〟と言ったのに、次の日からもダーツだジャズだってやたらと誘ってきたよね」
    「ああ、それは」
     悔しかったからだ。あの時の感情は言葉では形容しがたいものだったが、一番近い気持ちは、悔しさだった。勝手に興味を持って、土足で踏み込んできて、好き放題言葉を重ねたくせに、突然「もう個人的には会わない」だ「嫌い」だと言われて、腹が立った。一連の行動原理がこちらの内情を探るためだと知っていても。おまけに、そのくせ、自分で取り付けた約束も守らずに目の前で姿を消した時は、もっと腹が立った。
    「朝、駅で会った時、もう個人的には会わないって言われたからだよ。その前に、もっと俺のことを知ってもらおうと思ってさ」
     嫌いなままじゃ印象最悪の別れだし、と付け足して、手持ち無沙汰に笑ってみせた。嘘は言っていない。「ふうん」と白い息を四軒茶屋の町並みに溶かした明智は、笑っていなかった。
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