「楽しそうだよな」
　片手にはコンピューター端末、もう片手には連絡用の携帯端末を持ったまま、シンがぼんやりとぼやいた。液晶にはパイロット用のグループSNSが開かれていて、ミハエルやカレンから送られてくる一言、二言のメッセージと高校生活の様子（宗介がかなめにどやされているところをヒビキが宥めている写真が添付されている。艦内でもよく目撃される光景だ）が表示されている。カミーユはモビルスーツを整備していた手を止めて、ふむ、と唸った。
「羨ましいのか？」
「べつに」
区切るようにそう言ったあと、しばらく言い淀むような間が置かれて、続きがあるのだろうなとカミーユは思った。拗ねたような言いぐさだが、シンは気に入らないことに関してすぐに反発を示す人間だということをカミーユは知っている。
「べつに？」
　聞き返して、また手を動かした。ブースターのチューンは完璧か。弾薬の装填漏れはないか。機体をぐるりと見渡してから、動作確認のためハッチを開いたままのコックピットに乗り込む。いくらコーディネイターのシンがいるとはいえ、のんびりしていては数の暴力に圧倒されてきりがない。格納庫にはちらほらと整備班の姿があったけれど、人手が足りず、モビルスーツの調整を担当しているのは自分たちふたりだけだ。このままのペースではランチにありつけるかどうかも怪しいものなので、カミーユとしては、携帯のチェックも程々にして欲しいところだった。
「羨ましくはないけどさあ」
　コンソールを指先で叩きながら、うん、と頷く。自分がニュータイプであることとは関係なく、シンが言わんとしていることは何となくわかった。自分も元はと言えば学生であったし、シンだって同じ年頃だ。床でじたばたしているわりにOSのチェックが終わっているのはさすがといったところだが、羽根を伸ばしたい盛りであることに違いはない。
「お前も行けばよかったのに。友達も出来るし、学生なんて身分は今のうちにしか経験できないことだろ？」
「だから羨ましくはないんだってば。……友達ならその、ほら、カミーユがいるし」
　カミーユは思わずふっと吹き出した。いけない、手元が狂うところだった。シンの隣で床に転がっていたハロがぴょんと跳ねる。整備班（と、意外にも童心を忘れていなかったアムロ大尉）が腕によりを掛けてサポート機能をあれこれ盛り込んだスペシャルなハロだが、それでも当然柔らかいボディではないので、床とぶつかる度にカツンカツンと硬い音を立てていた。
「シン、カミーユ、スキ！シン、カミーユ、スキ！」
「なっ、バカ、ハロ！うるさいぞお前！仕事しろ、仕事！」
　格納庫に響き渡るハロの機械音声に被せるように、シンの怒鳴り声が聞こえる。端末に繋がれたコードを引っ張られて、ハロが「ギャア」と間抜けな声をあげていた。
「お前もな」
　不備がないことを確認して、機体のテストモードを終了する。カミーユは緩んだ口元を片手で覆い隠しながら、ゆっくりとコックピットから降下した。すると、カミーユに言われたとおり、真面目に端末のコンパネを叩きながら、だけど不服そうにシンが唇を尖らせていた。
「お前と一緒に羽根を伸ばしたいんだよ、……俺は」
　顎に手を当てて、カミーユはふむ、と唸った。シンが睨めっこする液晶には、まもなく午後の十三時に差し掛かる時刻が映し出されている。そういえばお腹も減ってきたし、先ほどから増えてきた格納庫への出入りは、昼食を済ませる足取りだろう。カミーユは足元でコードをくわえてすっかり大人しくなったハロを両腕に抱き込み、シンの前に屈み込む。
「そろそろランチにしよう、シン。おそらく、食堂も空いてる。それに午後からはアナハイムの学生たちも手伝いに来てくれるしな」
「本当に！？よかった……。キラさんじゃあるまいし、頭がパンクするかと思った」
　嬉しいことに対価は付き物だ。嘘だけど、とは言わないでおいた。