リンカーネーションその日男は、カーラインカフェの隅で槍の手入れをしていた。随分使い古してボロボロになってきた槍、そろそろ買い改めるべきか否かと思って、夢中になるあまりすぐそばに立っていた女の存在に全く気が付かなかった。
「あなただな」
「ん」
声をかけられてようやくそちらの方を仰ぎ見る。全身黒い装備に見を包んだ女は、座っていた男を見下ろしていた。この土地では珍しい黒髪に、明るい色のオッドアイが印象的な、利発そうな女だった。
「こんにちは、お姉さん誰?」
「失礼な、私はまだ10代だ。あなたより若い」
「いや、歳は別にどうでもいいけど…」
男が槍の手入れを終えると、女はその手首を掴んでぐっと自分に引き寄せるようにして男を立たせる。背丈は男の方が頭一つ分高い。
「…間違いない」
「はぁ?」
「私と組んでくれ、損はさせない」
「…はぁ??」
女は至極真剣な顔つきで言った。よく見ると女は背中に槍を背負っていて、男のものほどではないが使い込まれて傷だらけになっていた。どうやら女も冒険者のようで、組んでくれとはつまりそういう事らしい。
「いやいや、ちょっと待ってよお姉さん。まずお姉さんは誰なの?突然過ぎて追いつけないよ俺」
「私か、私はMiyoだ。あなたは」
「え、お、俺はChiroburaだけど…」
「ふむ、そうか、Chirobura…」
「…あの、ちょっと一旦落ち着いてもらってもいい?」
男は女の背中を押し向かいの席に座らせる。組む組まない以前に、女と“ろく”な会話が成り立っていない。
「えーっと…まず、何でそんな急に俺と組みたいなんて言い出したの?」
「あなたは知らないだろうが、別の世界であなたと私は親子だ。共に組んで戦っていたが、訳あって私はそこで死んで、この世界へ渡ってきた。世界は異なると雖も、私にはあなたを守る義務がある」
「…んーっと………頭大丈夫?」
「失礼だな。この世界に渡ってきて5年以上経ってる、精神状態は至って良好だ」
何を喋るかと思えば、別の世界だの親子だのと、訳のわからないことを並べ立てるではないか。男にはもちろん子供もいなければ妻もいないし、そもそも誰かと組んで戦ったことなど一度もない。
「…まぁ、なに、その話が仮に本当だとして…どうして父親である俺の名前を知らないの?おかしくない?」
「あなたの側に“私”がいなかったから、相違点が多そうだと思ったが、間違ってなかったようだ。あなたの魂の色は間違いなく父だが、父はもっと人として余裕があるし、名前も違った」
「君も結構失礼だよ…」
噛み合っているのかいないのかよく分からない会話が続く。これでは埒が明かない。未来だか前世だか知らないが、別の世界から来た娘なんて、当然簡単に信じられない。
「何か証拠はないの?君が…異世界?から来たっていう証拠」
「ふむ…生憎、持ち物は全て持ってこられなかったし…話だけならできるが、真偽証明のしようがないしな…」
「俺もそう簡単に人を信じてあげられないんだよ、分かるでしょ?」
男は狡猾だった。ずる賢いと言ったほうがよいかもしれない。おまけに才能も一端にあった。男は冒険者になってからしばらく経っていたが、常に一人で行動していた。一人の方が良くも悪くも気楽だった。そしてその分、弱みができなくて済んだ。
「………」
「…めっちゃ真剣だね」
「当たり前だ!やっとあなたを見つけたのに、知らないところで死なれては困る」
「いや、俺はそう簡単には…あ、そういえば…どうして俺が君のお父さんと同じ魂?の色?って分かるの?精霊はそういうの分かるらしいけど、君はただの人だよね」
「…自分でも詳しくは分からない。でも父と共に生きていた頃と同じ空気やオーラを感じる。ここではエーテルと言うんだったか」
女にどんなものが見えているのか男には皆目検討もつかなかったが、瞑想樹の人々や角尊が言うようなことに近しいことを言っているのだけは分かった。どうやら全くの嘘というわけではないようだ。
「そうだ、魂が同じなら呼吸も同じはずだ」
「呼吸?」
「手合わせしてくれないか。きっとそれが一番わかり易い」
「はぁ」
***
女の言うところには、一度も男の戦闘を見たことがない状態でも、父親の動きを知っていれば、男の動きも完全に読めるはず、というわけであった。
「では、手加減なしで頼む」
「ホントに良いんだね?悪いけど、俺そこそこ強いよ」
「“あなた”はそういう人だ」
「ハイハイ」
男はタッと走り出し、槍の先を滑らせるようにして女に向かって素早く打ち込む。軽快で繊細な動きであったが、女はそれをいとも容易く全て避けてみせた。
「おお、凄いじゃん。でもただ動体視力が良いだけって可能性もあるからね」
「どうすればいい」
「打ち負かしてみて」
「分かった」
背負っていた槍を抜き、続けざまに攻撃を躱すと、柄の部分で男の左側頭部をタンと叩く。
「次にあなたは右を守るはずだ」
「!」
「そして大きな振りの隙に相手の後ろに回る」
女が口を開くのとほぼ当時に、男は右腕で右側頭部をガードしていた。それだけではない。女はその更に先の男の動きを完全に読めていた。男は自分の動きを読まれ、まるでそれを封じられたかのように動きを止める。
「…何でわかった?」
「あなたは、こちらの動きを読める人間や、間合いを見てくる敵と戦うのに慣れていないはずだ。私のいた世界には、何も考えず突っ込んでくるモンスターばかりだったからな。避けることを前提とした戦い方が得意だろう」
「…なるほど、大したモンだ」
男は乾いた笑いを零すと、槍を地面に突き立ててぐーっと伸びをした。
「どうした、打ち負かすんじゃないのか」
「や、もう君が俺のことを知ってるのが嫌って言うほど分かったよ」
「なら組んでくれるのか」
「五分五分って感じだな」
「話が違う」
「まぁまぁ、最後まで聞けって」
女は少しムッとしながらも、槍を背負い直して男の言葉を待った。まともと言うにはあまりにあまりだが、全くの変人というわけではないらしい。これまでに様々な人間を見てきたが、総じて考えれば話が通じるだけマシである。
「とりあえず第一審査は合格って感じで、あとは仮に組んでみて決める」
「仮に?」
「本採用じゃないってこと、上手く行けば組むし、合わなければ組まない」
「分かった」
男が真剣に説明すれば、女もそれを真剣に聞いた。女は男の攻撃だけではなく、仕草や間合いといった、それこそ呼吸を完全に読んでいた。薄気味悪いと思うほどには、その読解力は正確だった。
「で、組むって具体的にどうすんの?常に一緒に行動するの、俺多分無理だよ」
「なら人手が必要なときに、リンクパールで呼び出してくれればいい。確かにあなたは、簡単に死ぬような人ではない。四六時中監視する必要もないだろう」
「ほー、じゃあそうさしてもらうわ」
女はリンクパールを差し出す。白い手から受け取ると、女は少しだけ満足そうに微笑んだ。男にとってその笑顔は、どうにもむず痒く感じるものだった。