2センチの背伸びで3歳上の景色が見えるかい 界境防衛機関ボーダーにある食堂兼ラウンジは、こちら側の世界を侵略しようとする近界の敵国の攻撃に備えて、日々防衛任務や、鍛錬に明け暮れているボーダー隊員が憩いの場だ。防衛任務や鍛錬の合間に休息をとる目的で来るものが多い。
鈴鳴支部所属の攻撃手である村上鋼は、本部に鍛錬のための個人ランク戦を行いにやってきていた。何人かとの対戦の後、休息を取ろうとラウンジに入る。辺りを見回すと、奥の方のテーブルに同い年で狙撃手の穂刈篤、銃手の犬飼澄晴がいた。友人たちとゆっくりできる時間は貴重だ。村上はその足で二人がいるテーブルに向かった。
「何話してるんだ?」
村上が声をかけると犬飼がパッと顔を明るくして同じテーブルに座るように誘ってきた。
「いいところに来てくれたよね」
「オレが?」
「そう。ちょうど穂刈と荒船の話をしていたんだ」
「荒船の?」
穂刈が頷いた。
穂刈の友人であり、上司にあたる荒船隊隊長で狙撃手の荒船哲次は、村上の友人で師匠でもある。そんな縁の深いふたりを捕まえられたと犬飼は喜んだ。
「ほら、おれって荒船と同じ六頴館でしょ。よく訊かれるんだよね。荒船くんには年上の恋人がいるんですかって」
村上は椅子に腰かけ鞄からペットボトルを取り出した。ひと口飲んでから、誰がそんなことを? と尋ねた。
「クラスの噂好きの女子」
「へぇ。荒船は人気があるんだな」
犬飼はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、そうみたいよと返した。
「でも、犬飼はそういう話に興味ないだろ?」
「まあ、ないよね。人のことだもん。そうなんだけど今回はちょっとね」
「取引でもしたのだろう、何かしらの」
穂刈の指摘に犬飼は返事をしなかったが、村上はひどく納得した。
「残念だが、オレは知らないな」
「鋼くんも知らないかぁ。ふたりが知らなかったらもう誰もわからないよね。せめて何か思い当たることとかないかな?」
村上も穂刈も腕を組んでうーんと思い返し始めた。
「ひとつ……なくもない、気になる点が」
そう穂刈が話し始めたタイミングだった。
「珍しい組み合わせだね」
三人のもとに現れたのは王子隊隊長で攻撃手の王子一彰と射手の蔵内和紀だった。
「何の話をしているんだい?」
乱入してきた王子に犬飼はさっそく説明した。
「なるほどね。僕も他人の恋愛には興味がないけど、秘密にされていると暴きたくはなるかな」
「さすが王子。話が早いね」
お互い腹に一物があるといった態度で笑い合っているから、親友の荒船のこととはいえ、関わるべきではなかったかもしれないと、村上は後悔し始めた。
「それで? ポカリの言う気になる点っていうのは?」
場所を王子隊の隊室に移動して、五人は話を続けた。隊室にはオペレーターの橘高羽矢が先客でいたが、彼女は忙しそうにパソコンに向かっていたので、王子は気にせず話を進める。
「隊長を問題なくやる男だ、隊員の経験なしでも。もともと高い、ポテンシャルが。実際申し分ない、隊員からしても。けど――」
穂刈曰く、荒船は優秀な男だが、体調をやり初めたころは真面目が時にすぎることもあり、理屈っぽさと頑固なところもあって、また下手に行動力のある男なだけに、他人とのペース配分が合わないことが多かった。荒船隊の面々がそんな荒船の性格に合う性格なこともあって大した問題は起きなかったが、隊が伸び悩む原因だと荒船はよく口にしていた。それが、ある日を境に視野が広がったようだった。多角的な物の見方をするようになって、人の意見も素直に吸収するようになった。傍から見ていてそれがわかるほどの変わり具合でいったいどうしたのかと穂刈は狙撃手である半崎義人とオペレーターの加賀美倫と話し合ったことがあった。その時は、きっと荒船のことだから、映画の影響を受けたとか、何かしらの本を読んで感化されたとかそういう理由なのだろうと結論付けた。実際に荒船が何かしらの本を読んでいる姿を以前より見かけることが増えていた。
だから、気になる点ではあれど、今回の話とはあまり関係がないだろうと穂刈は付け加えた。
「それはあやしいね」
穂刈の話が終わるや否や犬飼が言った。
「そうなのか? わからんな、オレには」
「その噂好きの女の子が言う、年上の恋人がいるかもしれないって理由もね、同級生より雰囲気が大人っぽいからなんだって。ボーダーで隊員やってるとそういうやつは多いけどさ、荒船はそういうのとは違うって」
「なんというか、あまりに抽象的な話だな」
明らかに話に乗り気じゃないのに付き合わされている蔵内が困った顔で言った。
「そうだね。けど、女の子の勘は結構鋭いからね。否定もできないし」
「俺からしたらどうして犬飼がそんな話に首を突っ込んでいるのかが気になるよ」
「会長、相手は悩める乙女だよ? 相談されたら放っておけないでしょ」
ウインクしてぺろりと舌を出し、ピースサインまでする犬飼は明らかに怪しかった。けれど、犬飼から真意を聞き出せるとは思えない。蔵内は話を流すことにした。
「そう言えばこの間、カゲの店で……」
村上がふいにそう言うと、穂刈がああ、と声を上げるものだから、犬飼と王子が目を輝かせてふたりを見た。
「詳しい内容は伏せるが……荒船が恋愛相談を解決したんだ」
「ああ。即答だったな」
「相談相手も納得していたしね。まあ、あれも荒船は映画をよく見るからそういう答えが出せるんだろうなと思っていたんだけど」
ふたりはうんうん頷いて、名裁きだったと盛り上がる。
「恋人がいるからすぐにいい答えが出せたのかもしれないってこと?」
「無理やりにこじつけた話だけどね」
話を聞き終わると、王子は立ち上がると指示棒を長く伸ばし、モニターに謎のアイコンが並んだ画面を映し出した。
「要点をまとめていこうか」
「ねえ、もしかしてそれって……」
「オレたちなのか、そのアイコンは」
各アイコンの下には各々の名前が書かれている。荒船のアイコンに至ってはものでもなんでもなく何かが爆発するエフェクトだった。蔵内だけが当たり前の顔でそれを見ている異様な状況で、ほかの三人はそれ以上深く追求するのを止めた。
改めて情報の整理を行って仮説を立てようとするも、直接的な情報が何もないから妄想レベルを脱せない。
「何か決定的な証拠……。そうだ手っ取り早い方法があるじゃないか!」
「あー、おれも思いついた。尾行(つ)けるんでしょ?」
「正解! さすが澄晴(スミ)くん」
ふたりがテンション高くハイタッチを決めると、穂刈が思い出したようにつぶやいた。
「荒船がそそくさと帰っていく日があるな、そういえば」
横にいた村上が、映画に行くからじゃないのかと返した。
「そうかもしれない。けど、違う気がするんだ、なんとなく雰囲気が」
「ポカリが噂好き女子たちみたいなこと言ってる」
「言えないんだ、そうとしか」
縮めた指示棒でトントンと机を打ち、王子がやっぱり尾行だねと言って話を締めた。
翌日、荒船が今日は早く帰るらしいと穂刈から他のメンバーに連絡が入った。
用事があると言う蔵内以外の四人が集まり、荒船が隊室を出ていくのを確認した。
「さあ、さっそく尾行けようか」
王子の小さな掛け声に、残り三人も小さな声でおうと応えさっそく追跡を始めた。
「穂刈はなかなか追跡が様になっているな」
村上が褒めると、穂刈は少しはにかんで笑ってよせよと照れた。
「しているからな、そういう訓練を。できるなら使いたいぞ、バッグワームを」
駅に向かう荒船の先回りをして様子を伺っていた王子が戻ってきた。
「確かに。バッグワーム使えたらもう少し大胆に追跡できるのにね」
「すごいだろ、王子だって。さすが言われているだけあるな、走れる部隊と」
「あはは。トリオン体の時には劣るけど、生身でもそれなりに機動力はあるよ。ターゲットはあと五分後に発車する電車に乗るようだよ。急ごう」
四人は荒船が乗る車両の隣の車両に乗り込んだ。夕暮れの車内は学生やサラリーマンたちでごった返している。これだけ人がいればもう少し近づいてもバレないだろうと犬飼が同じ車両へ行くことを提案し、四人は車両を移動した。
「さっきよりもよく見えるね」
「逆に向こうからも見えるってことだから気を付けないと」
そんな王子と犬飼のやり取りの横で穂刈は車内映像広告のプロテインバーのCMに釘付けになっていた。
電車が次の駅に到着し、何人かの人が降りていく。荒船は降りる様子を見せないでいる。目的地はこの駅ではないと思っていた矢先、ドアが閉まる直前、荒船が電車から降りた。
「え、今降りたッ、あ、閉まるっ!」
動き出す電車、車窓から降りた荒船を見ると、荒船がこちらに向かって手を振っていた。荒船の方が一枚上手だったらしい。
「いや、まだ負けてない。次の駅で降りて折り返そう!」
勝手に尾行したのは悪いが、こんなふうに巻かれてはボーダー隊員としてのプライドが許せない。どこへ向かっているのか絶対に暴いてやると、王子が意気込んだ。
「隣の駅に戻ったら別れて居場所を探す」
「どうやって?」
「大体の見当はつくよ。まず、あの駅には映画館がない。娯楽施設はバッティングセンターくらい。だからまず、バッティングセンターにひとり。それからあの駅はほとんど居酒屋で高校生の荒船は入れない。飲食店は限られているから残り三人で片っ端から調べていけばきっと見つけ出せるよ」
「任せろ、バッティングセンターを。行き慣れている、あそこなら」
「じゃあ穂刈がバッセンで、おれたちは駅の出口で別れて飲食店しらみつぶしであたっていくってことで。SNSにグループ作ったから、そこに連絡入れてよ」
「穂刈、了解」
「村上、了解」
「王子、了解」
「じゃあ、なんとしても荒船を見つけよう! よろしくね!」
計画を練っているうちに荒船が降りた駅まで戻ってきた。ホームについた瞬間から捜索任務開始だ。
三人と別れて、王子はさっそく出た出口のすぐ近くにあるドーナツショップに立ち寄った。荒船の姿はなく、すぐに店を出る。今度はチェーンのイタリアンレストラン。こちらも外れだった。
「これは骨が折れそうだ」
こんな展開になるとは思ってもみなかったが、案外楽しんでいる自分がいて、たまにはこういうのもいいかもしれないと口元を緩ませた。
荒船哲次は息を切らしながら、とあるチェーンの焼肉屋に入った。
「悪い。待たせた」
「おっせーな。先に食っちまおうかと思ったぜ」
荒船を待っていたのは同じボーダーで隊長職の銃手である諏訪洸太郎だった。
「それが、尾行られちまって」
「は? 誰に」
「穂刈と、鋼と、犬飼と王子」
「めんどくさそうなメンツじゃねーか」
「諏訪さんだったら巻きれずにつれてきてたぜ」
「ざっけんな。俺なら本部の時点で巻ききってるわ」
荒船は店員から預かったゴミ袋に鞄とキャップ帽入れて、座席の下にある荷物入れに入れた。それをニヤついた顔で眺めながら諏訪はジョッキのビールを飲みほした。
「あ、すみませーん。ウーロン茶ふたつ」
「諏訪さんは酒飲めばいいのに」
「未成年と飯食ってんだから飲めるかよ」
「今まで飲んでただろ」
「お前がいなかったときに注文したんだから仕方ねーんだよ」
諏訪はトングをカチカチと慣らして、すでに用意されていた肉を焼き始めた。適当に焼きそうなタイプに見えて、意外と一枚一枚じっくりと焼くタイプらしい。網の上には自分と荒船が食べるタン塩が一枚ずつ乗っている。
「そんで、ちゃんと巻いてきたのかよ」
「ああ。電車の中に置いてきた」
「そりゃ笑えるな」
ボーダー隊員御用達の焼肉屋『寿々苑』よりもグレードは劣る店なので、塩タンのタンも薄い。すぐに焼けて網の上でしわくちゃになっている。
「早く食えよ。硬くなっちまう」
「ああ。いただきます」
「はい、どうぞ」
塩タンがなくなると、今度はロースとハラミを二枚ずつ並べた。
「ここもまあまあうまいよな」
「寿々苑の肉は確かにうまいけど、翌日になっても胃に残ってる感じがあるんだよな。いい肉すぎてさ」
「諏訪さん年齢詐称してるのか?」
「あ? おっさんって言いたいのか? 殺す」
しばらく肉に集中していた二人だったが、腹も落ち着いてきたところで荒船から諏訪に話しかけた。
「遠征選抜試験、楽しみだな」
「そんなふうに思ってるのおめーくらいじゃねーの」
「諏訪さんは面倒だって思ってんのか?」
「半分くらいはな。ほら、カルビ焼けた」
諏訪は荒船のさらにカルビを乗せると、ロースターの火を消した。荒船はカルビをすぐに食べてしまい、箸をおくと真面目な顔で諏訪を見た。
「諏訪さんはさあ、隊長の選出理由は何だと思ってるんだ?」
「いろいろだろ」
「具体的に」
「おめーはどう考えてんだよ」
タオルのおしぼりを広げたり丸めたりしながら言ってみろと投げかけた。
「歌川と小寺と鋼は次期隊長候補として様子を見ようとしている。そして、二宮さん、王子、柿崎さん、それから諏訪さんと水上はゆくゆく幹部候補として育てる人材か判断しているってところかな。あ、それで言うと来馬さんもか」
「俺も?」
「アンタも」
うげえと舌を出して嫌そうな顔をする諏訪に荒船はふっと笑った。
「わかってんだろ?」
「まあな。くじ引きの時にそういうことなんだろうなってさ」
「俺は、アンタに向いてると思うけど」
「ははっ。意外とおまえの中で俺って評価たけーんだな」
ケラケラと笑う諏訪に向かって荒船は眉間にしわを寄せる。
「俺は諏訪さんのそういうところが好きだって何度も言ってるだろ」
「からかって悪かったって。まあ、それにしてもおまえが水上をそっちに入れるとは想像してなかった」
「そりゃそうだろ。水上の立場は隊員だが、実質隊長の動きをしているしな。それにどんな状況でも瞬時に対応できる力なんて上が欲しがる能力だろ」
「ああ、俺も同意見」
荒船が頼んでいた冷麺が届いた。酢を垂らして大きな口を開き、食べ始める。たっぷりと入っていた麺があっという間に消えていく。豪快な食べっぷりだが、決して食べ方に汚らしさはなく、むしろ上品さがある。見ていて気持ちのいい食べっぷりだなあと見惚れる。
「それにしてもおまえもいろいろ気付くようになっちまったな」
「そりゃ諏訪さんの考え方を見聞きしてればな」
「すっかり悪影響受けちまって。じゃあアンケのことも気づいたのか?」
「一緒に遠征に行きたい人、行きたくない人か?」
「おう。俺ぁ適当に書いたけどな」
テーブルの上の食器が全て片付けられてきれいになった机に倒れ込んで、荒船はゆっくりと諏訪の顔を覗き込むようにして見た。そんな荒船のでこを諏訪がピンと弾いた。まったく痛くない攻撃に荒船はふっと笑い声を漏らした。
「行きたくない方に俺の名前書いてくれなかったのか?」
「書くわけねーだろ。おまえは書いたのかよ」
「嘘でも一緒に居たくねーなんて書けねーよ」
「そういうのいらねーって」
「聞けよ。ちゃんと返事も欲しい」
「俺はさあ、ボーダー隊員としてのおめーは信頼してる。けどな、そこから出たおまえは信用できねえ。おまえは勉強もスポーツもできて、見た目も、性格だって悪くねえ。恋愛する相手なんか他にいっぱいいるだろ」
「それは関係ねーだろ。俺は諏訪さんがいいって言ってるのに」
「その台詞が信用できねーっつってんだよ。どうせ自分に靡かねぇから気になってるだけだって」
諏訪は後頭部の自分の刈上げ部分を撫でて、深くため息をこぼした。
「それに一回気を許して痛い目に遭わされたしな」
「それは……反省している」
荒船は顔を起こすと、ふてくされた顔で店員を呼んで熱いお茶を出してくれるように頼んだ。ふたりにはこの後の予定がある。
「つーか、アンケの行きたくない奴におめーなんかを書いて、万が一にでも一緒のチームになっちまったら他のやつもいるのに一週間も閉鎖空間で一緒とか無理だろ」
「なあ、諏訪さんそれってさあ」
「無理なのはお前の方な」
「さすがに我慢できる」
「本当かねぇ。荒船くんは理性が弱いからなあ。さて、ちょっとヤニ切れ。表でタバコ吸ってくるわ」
そう言って逃げるように店の外の喫煙所に行ってしまった。まだ食べ足りなかった荒船は、待っている間にカルビ一人前くらいは食べられるだろうと店員を呼んだ。
焼肉屋の前でタバコを吸う諏訪を見つけたのは犬飼だった。
「諏訪さんじゃん。どうしたのこんなところで」
「ゲッ、犬飼」
「ゲッってなんですか? おれと会うと都合でも悪いとか?」
「そんなことねえけど……」
荒船を探していることにすぐ気づいた諏訪は、不意を突かれたのもあってついしどろもどろになってしまった。
「おれ荒船を探してて。諏訪さん見かけませんでした? というか……一緒に居ませんか?」
「知らねえけど」
「ふーん。おれ焼肉好きなんですよ。二宮隊でもよくいくし。この店行ったことないから気になるなあ。諏訪さん一緒に食べましょうよ」
「……連れがいるから」
「おれ気にしないんで」
諏訪が止めるのも聞かずに犬飼が店の扉を開けた。入ってすぐの席に座りカルビを食べる荒船と目が合う。
「あれー? 荒船がいる。諏訪さんなんで嘘ついたんですか?」
「おめーはマジで面倒くせえやつだよ」
犬飼はほかのメンバーを焼肉屋に呼んだ。
「率直に聞いていい? 荒船って諏訪さんと付き合ってんの?」
「はぁ?」
荒船が答えるより先に諏訪がでかい声で、んなことあるかと返した。
「僕らそういうの気にしないので隠さなくていいですよ」
「隠すも何も、なんもねぇわ」
「話していいんですよ、正直に」
「うるせえ。正直に話してるっつーの」
「そうか。荒船に恋人が……」
「鋼。嘘で感動すんじゃねぇ」
誰かが何か言うたびに諏訪が全力で否定していく。荒船が握りしめた手をテーブルに置いた。わなわなと震えている。
「諏訪さん。何もそこまで何度も付き合ってないって言うことねーだろ! 確かに付き合ってねーけど、俺がアンタを好きなことを知っててデリカシーなさすぎだろ」
嘆く荒船に穂刈が頼んだ鶏の薄切り肉を差し出した。
「摂れ、たんぱく質を。すべてを解決する、筋肉は」
荒船は皿を受け取って、肉を網の上に全部乗せた。
それからは六人で焼肉を楽しみ、全員が腹いっぱいになったところでお開きになった。
店を出ると、王子が荒船の肩にポンと手を置いた。
「せめてポカリや鋼くんくらいには片想いしてるっていえばよかったのに」
王子がそう言うと村上も
「荒船から直接聞きたかったな。荒船が誰を好きでも何にも変わらないのに」
と言った。
「まだ口説いてる最中だなんて、かっこ悪くて言えるかよ」
「言うつもりだったのか、うまくいったら」
「まあ、そうだな。報告した」
そう聞いて、穂刈も村上も安心した顔でそうかと言った。
四人と別れた荒船と諏訪は、そのまま諏訪の家に向かって歩き始めた。
「荒船って案外かわいいんだな」
「は?」
「片想いが恥ずかしくて友達に言えないって結構ツボった」
「まったくうれしくねーけど」
諏訪の手が荒船の手を摑まえ、そしてグイっと強引に引き寄せてかすめるようにキスを奪った。
「え、なっ……」
「付き合ってもいいぜ」
「なんでいきなり」
「やっとおめーが人間なんだってわかったから」
「なんだよ、それ」
ふたりの鼓動の速さが増してく。諏訪はコンビニに寄ろうと提案した。
走って帰る穂刈と鈴鳴支部へ向かう村上と別れ、犬飼と王子は駅に向かった。
「澄晴くんさあ、本当は知ってたんじゃない?」
「何を?」
「荒船と諏訪さんのこと」
「ああ。さすがにバレるよね。一度ふたりが一緒に居るところを見たんだ」
犬飼は駅の改札近くの柱にもたれかかった。ふたりはここから別の方向の電車に乗る。
「ふたりともボーダーで見せない顔して、距離も近くて。付き合ってるんだろうなって」
「付き合ってなかったみたいだね。時間の問題だと思うけど。でも、澄晴くんってそういうの気にしないタイプでしょ? 今回なんでわざわざ絡んだの?」
「うん。気にしない。そもそも興味がないしね。けどさ、自分がどうにかできたかもしれないのにそれをしなかったことで悪い方向に話が進んだら目覚め悪いと思わない?」
王子はそうだね、とだけ返してその話を終えると、ふたりは別のホームへ向かった。