あおくてすっぱい 秋も深まり、冬の選抜に向けてオレたち湘北バスケ部は今日もしっかりと練習に励んでいた。
新キャプテンに就任した宮城は、始めのうちはキャプテンという立場に気負ってしまってやたらと厳しくしていた。元から備わっていたキャプテンシーが上手く発揮されずに迷走しまくっていて、ケンカしながらも伝え続けているうちになんとか本来の宮城の良さがでているチーム作りをするようになってきている。
練習を終え、へとへとの汗だく状態でロッカールームに向かうと、後輩たちが盛り上がっていた。いつもであれば、練習後はみんな疲れ果てていて、言葉少なに着替えて帰っていくのに、今日はどうしたのだろうかと気になった。
入ってきたオレに気づいた佐々岡が、お疲れ様ですとあいさつして、みんなが話を中断させた。
「おう。そんなところでダンゴになって何かあったのか?」
「それが、桑田に彼女ができたんですよ! 吹奏楽部の子だそうで」
佐々岡が答えると、石井が食い気味にそうなんですよと言った。
「いつの間にって感じでしょ?」
「へえ。桑田やるなぁ」
おめでとうと言うと、桑田は恥ずかしそうにはにかんだ。
「花道がこの場にいたらプロレス技かけられてたな」
そう言いながらロッカールームに入ってきたのは宮城だった。
「命拾いしたな、桑田」
笑いながら桑田の肩をバシッと石井が叩くと、その場にいたみんなが笑った。
怪我で療養中の桜木が戻ってくるのを当たり前のように待っている。もちろん湘北が勝っていくには桜木が必要なのもあるが、それ以上にみんなが桜木を仲間の帰りを待っている。そういう気持ちはちゃんとあいつに伝わっていて、だからあいつもリハビリを頑張れる。いい空気だ。少しだけうらやましくもある。
「桑田は彼女とどうやって知り合ったんだ?」
潮崎が尋ねると、桑田は幸せそうに笑って答えた。
「クラスメイトなんです。彼女が消しゴム落として、拾ってあげて。それがきっかけで話をするようになって……」
「甘ずっぺーな」
つい声に出してしまったラ、ほかのみんなも同じように思ったらしく頷いていた。
「花道の代わりにオレがプロレス技かけておくか」
そう言って宮城が腕を回し始めると、桑田は勘弁してくださいと石井の後ろに隠れた。
「リョータひがむなって」
安田がそう口にすると、宮城が安田の肩を叩くように抱いた。
「ヤスは小学校のときに彼女いたことがあったもんなあ。いいよなあ、浮いた話のある奴は」
意外な過去の発覚にみんなが驚いて安田の顔を見る。安田は焦った顔で首を横に振った。
「え、安田さんマジっすか⁉」
「リョータ! 勝手に話を作らないでよ! そもそもオレの小学生のときのこと知らないだろ」
「ふっふっふっ。でもさすがに初恋くらいはあっただろ?」
「……なくはないけど、昔の話だよ。幼稚園の先生だったし。そういうのはみんなあるよね?」
そこからみんなの恋愛遍歴の暴露大会が始まった。
初恋もまだのやつや、実は中学生の時に彼女がいたやつ。告白できずに終わった恋など。みんながみんな何かしらのネタを持っていた。一番驚いたのは宮城が彩子に何度も告白していたことだったけれど。
「宮城がそんなに玉砕してたとはな」
「うっせ。オレのことはいいんすよ。三井サンはどうなんすか?」
「あ?」
「みんな話したんだから三井サンも話してくださいよ」
オレも話すとは言ってねえと誤魔化そうとしたが、後輩たちがみんなして期待のまなざしを向けてきて、さすがにここで話さないのは無理なようだった。
とは言え、オレには話せる恋愛話なんてものがない。絶賛宮城に片思い中くらいしか恋愛経験はないし、それを素直に言えるわけがない。
「三井サンともなればお付き合いした人数だってひとりどころじゃなかったりしますか?」
目を輝かせて桑田が訊いてきた。オレは後輩たちにどんな目で見られているのか若干不安だ。
「どうせ不良時代にさ、それなりにヤることヤッて来たんじゃねぇの? フケツゥ」
ゆがんだ眉毛をさらにゆがませてオレの様子を伺ってくる。お前までそんな目でオレを見てんのかとちょっと怒りすら湧く。
「なんだ? ひがみか?」
言い返してやったら、やっぱ経験あんのかよとムッとした顔を見せた。ほかのやつらも興味津々といった様子で、明らかに何かを期待した目でオレを見てくる。
「まあ、なくはねえけど。それなりにな」
ついそんなことを口走ったら、みんなの顔つきがさらに変わった。男同士で集まったらその手の話が話題に出るのは普通のことだし、みんな関心あるよなと納得はする。けれど、本当のオレは何もかも未経験で、恋愛に最も遠い存在で、宮城の話を聞く方がよっぽど有意義だと思う。
「過去の話だけどな」
徳男たちとその手の話をしていた時に鉄男が話していた内容を思い出して、それをただただ復唱するように話した。
「あんまりあけすけに話す趣味はねえからこれくらいで。まあ悪くねえよ、セックス」
オレの話を聞いていたやつらはみんな鉄男の話を聞いた徳男たちと似たような反応だった。これ以上しゃべってぼろが出ないように無理やり締めくくる。
「つーかもうこんな時間じゃねえか。さっさと着替えろ」
そう言ってみんなを急き立てて、これ以上何か言われないように手早く着替えて、すぐにロッカールームを出た。
秋の夜風がびゅうと吹き込んで、たまらず腕をさすった。冬が近づいてきている。あいつらとバスケすることも、あんな馬鹿な話をしたりすることも、あと数カ月でなくなってしまうと思うと空しい。あまり星の見えない空を見上げた。
「それにしても変な見栄を張っちまったな……」
オレも恋愛経験がないと言えばよかったと今更後悔し始める。
期待されると裏切りたくない気持ちが大きくなって、虚勢を張る。以前は膝だったが、今度はシモの話かと思うとちょっと笑えた。
「……けど嘘はよくねーよなあ」
何人かとセックスして、丁寧に抱いてやったら失神した。
本当にそんなことがあるのかよと疑いながら聞いた鉄男の話を、みんなは目を輝かせてオレの話として訊いていた。宮城も目まぐるしく表情を変えていたなと思い出す。
「……宮城も今まで女がいたことなかったんだな。オレの適当な話に童貞丸出しの顔して聞いて……かわいいやつだよな」
宮城は興奮すると目に出るタイプだと思う。あいつとセックスしたらその目で見られるのかと思うと興奮した。鼻も少し膨らんでいた。それはちょっと面白かったけど。
オレが宮城を、男を好きなことを誰にも言ったことがない。徳男すら知らないことだ。ずっとこの先も誰かに話すつもりはない。
自分の気持ちを実らせたいなんて思ったことはない。けれど、きれいごとだけでは済まないのが恋愛の厄介なところだと思う。どうしたって性欲がついて回る。
そもそも宮城を好きなのだと気付いたのも、いつしか自己処理のための妄想や夢に宮城が出てくるようになったからだった。
すぐに肩寄せてきたり、後ろから抱き着くようにもたれかかってきたりするし、いつも嬉しそうにオレに話しかけてくるところなんて可愛いと思う。あいつがやたらと距離を詰めてくるから体が勘違いしてしまったんだと、最初は自己嫌悪で頭を抱えていた。
一緒にバスケをプレイしていれば宮城が自分を信頼してくれているのだとよくわかる。信頼からくる安心感、あいつのやさしさ、隣の居心地の良さに気づけばもう好きにならないなんて無理だった。
今では吹っ切れて、毎晩のように宮城に抱かれることを考えて、処理している。
吹っ切れたとは言っても空しさは残る。自分が男に欲望を向ける人間なのだと自覚して、そんな身近で面倒な相手じゃなくて適当な男相手だったらこんなに悩まないのにと現実逃避をする。宮城は自分を選ぶことはないのだからと。
肩をすくめて歩いていると、誰かにぶつかった。
「あ、すいません」
「いってぇな! てめー」
背丈は多分宮城くらいの男だった。明らかに不良のなりをしていて、めんどくせえなと小さくため息を吐いた。その横からそいつより少し背の高いやつがふたり、いや、三人現れる。完全に囲まれた。
「おまえ……三井寿か?」
「あ?」
「やっぱりそうだ。なんだそのナリは。マジメにでもなったのか? ハハハハ」
顔は覚えていないが、着ている制服から不良だったころに一度もめたことのある学校のやつらだと気付いた。
「テメーにはいつか礼をたっぷりしねーとなって思ってたんだよ。ちょうどよかったぜ」
本当にオレは無駄な時間を過ごしてきたんだなと改めて思った。これは適当に過ごしてきたオレへの報いだ。
もう自分は不良ではなく、バスケットマンなのだ。手を出したら終わりだと自分に言い聞かせる。
不良がオレの襟首をつかんできて、裏路地に連れ込まれる。狭い道幅で四方を囲まれて逃げる隙が無い。不良のひとりがこぶしを振り上げた。
「死ねやあ」
目を瞑って衝撃に備える。不良が頬を殴りつけてきた。
「ぐっ」
拳が引き戻されて、今度はオレの腹をえぐるように殴りつけてくる。
「ぐあ」
今度は違う男がまたオレの腹を殴りつける。
「ぐっ……」
そこからもう誰に殴られているのかよくわからない。いろんな方向からパンチが飛んでくる。さっさと飽きてくれと思いながら殴られ続けた。地面に膝をつき、背中を丸めて攻撃に耐える。
「なんか言えよ。殴り返してこいよ。オラァ!」
ずっと黙って殴られるままになっているのがつまらないのか、煽るようなことも言ってくるようになり始めた。
「腰抜け野郎が。あのときの威勢はどうしたんだよ!」
バスケから離れていた日々の方がよっぽど苦痛だった。手を出してしまったら、あの頃に逆戻りだ。そう思えば耐えられた。
「黙ってんじゃねーよ! オラァ!」
肩を蹴りつけられる。手や足を狙ってくるのはさすがに焦った。こんなことで故障するとか笑えない。けれど、口答えすれば暴力が悪化するのは目に見えているから、奥歯を食いしばって体に力を入れる。
「あの時イキがってたのは鉄男がいたからか? てめ―ひとりじゃ弱ぇーもんなあ!」
今度は背中を蹴られた。別の男も卑屈な笑い声をあげ、背中をぐりぐりと踏みつけてくる。
「鉄男がいなきゃなんにもできねーんだな。なんであいつはオメェみたいな弱えやつといっしょだったんだ?」
別の男が、ケラケラ笑いだした。
「もしかしてぇ、ケツでも使った?」
心のどこかでドキッとした。もちろん鉄男とはそんな関係に至っていない。けれど、自分が宮城(オトコ)を受け入れたいと思う欲望を見透かされたかと思った。今まで誰にも気づかれなかったことをこんな頭の悪そうなやつらが気づくわけがないとすぐに思い直す。けれど、そんなオレの動揺に気づいてか気づかないでかわからないが、不良たちは面白がってさらに鉄男との仲を囃し立ててきた。
「え。コイツ掘られてたの?」
「まじかよ。でも、それくらいしかこいつとつるむ理由なくねーか。それだけこいつのケツの具合がよかったってことか?」
「何それ、きンも―」
「もしかしてさあ、鉄男にフラれちゃった? あのさらっさらな髪も切っちまったみて―だし。相手にされなくなっちまってケツ寂しくしてんの?」
宮城を思って自分で慰めている身からすれば、動揺してしまいそうになる。けれど、必死で何でもないフリをした。
「否定しねーのかよ。マジでキモチワリイ」
つい相手を睨みつけてしまった。けれど、男が好きなだけでどうしてそんなふうに否定されなきゃならない。お前のちんこでも欲しがると思ってんのかよ。安心しろよ、死んでもいらねえから。
「なんだよ、その目。ヤられてーのか?」
なんだかんだ言って興味津々そうな顔をしている。ずっとキモチワルイと言ってやつだ。頭が湧いているとしか思えない。
その男が腕をつかんできて引っ張り上げられ、近くの壁にぐっと押し付けられた。壁の冷たくてざらざらとした感触を頬に受け、ベルトを緩められる。目を瞑り、これから身に起こることに覚悟を決めていると、表の通りから声が聞こえた。
「おまわりさんこっちです!」
その声が近づいてくる。
「は? 警察ゥ? 」
「チッ、逃げるぞ」
オレを放置して不良たちは逃げて行った。どうやら助かったと、その場にへたり込む。
「三井サン大丈夫っすか⁉」
「は? おまえ……」
やはりさっき警察を呼んでいた声は宮城だった。最悪だ。よりによって宮城にこんな状況を見られてしまうとは。外されたベルトを締め直し、服についた砂汚れを払いながらゆっくりと立ち上がる。
「何してんだよ、こんなところで。お前の家こっちじゃねえだろ」
「あんたに言うことがあったから追いかけてきたんすよ。つーか助けてもらっておいてそのいいぐさはねーでしょ」
「………そうだな。ありがとよ」
いったい宮城にどこまで見られていたんだろうか。それが気になって会話にビクついてしまう。
「大丈夫っすか?」
「平気平気。あいつらのパンチへなちょこだったしな。肩いてーけど、たぶん明日には平気」
「はあ⁉ 肩とかやべえじゃん。病院行った方がいいんじゃないっすか?」
「大丈夫だろ。青あざができる程度だろうし」
「……大丈夫ならいいんすけど、少しでもおかしいと思ったらちゃんと病院行ってくださいよ」
「ああ。わかった」
少し離れたところに投げ捨てられていた鞄を拾って汚れを叩いていると、宮城が近づいてきて、制服のすそに残っていた汚れを叩いてくれた。
「……なんでやりかえさなかったんすか」
「バスケ部に迷惑がかかるだろ。それに安西先生ともうケンカしねえって約束したしな」
宮城は納得いってなさそうな顔をした。
「でもあそこまで言われて……」
ああ、聞かれていたのかと目の前が暗くなった。
「別にあれくらい気になんねーよ」
「マジかよ……。オレだったらゼッテー嫌だし、キレたっすよ」
あいつらの言葉には感じなかったとげが刺さったような感触を胸に感じた。
「何が嫌なんだ?」
「え?」
「ホモだと思われることがか?」
分かっていたけど、それでも宮城に否定されるのはつらい。感情がコントロールできなくて、強い口調で言ってしまった。
「ちげえよ、もっと……! ……いや、結局そうなんのか?」
でもなんか違うんだよ、ニュアンスが見たいなことをぶつぶつ言っているけど、結局はホモ扱いされるのが嫌ってことだろう。どこか宮城が理解してくれるかもと期待していたのかもしれない。優しい奴だから。けれど、そもそも宮城の常識の中にオレのような存在はないのだろう。それがたまらなくつらくて、苦しくて、にがにがしくて、腹立たしい。抑えきれなくて感情がぐるぐると渦巻く。
「オトコしらねーからそんなこと言えんだよ」
「どういう意味?」
胃の中が煮えたぎっているみたいにイラ立つ。これは完全な八つ当たりだった。
「教えてやろうか、オレが」
「何言ってんだよ、あんた! 正気かよ」
「別にどうってことねーし、オレからしたら」
「どうってことない? それってあいつらが言ってたことは本当なのか?」
「鉄男とのことか? どうだろうな。試せばわかるんじゃねーの?」
「いや、待ってあんた――」
宮城の言葉をさえぎって、あいつの手を掴んで引っ張った。
「ついて来いよ。試させてやるから」
万が一、誰かに見られたりしないように東京のラブホテルにしようと決めて、電車に乗った。簡単に振りほどけるはずの手を、宮城は振りほどかなかった。
制服の上着を脱いで渋谷のホテルに入り、入口すぐのタッチパネルの前で立ち止まった。帰るなら今だぞと思いながらゆっくりと部屋を選びボタンを押す。宮城は止めなかった。
破れかぶれもいいところだ。暴走と言ってもいい。自分の行動に自分自身でドン引きしている。宮城がここまで来て逃げないのは多分あいつのやさしさだ。けれど、さすがに実際にセックスするとなれば逃げるだろうと思った。
部屋に入り、扉を閉めた。宮城はずっと珍しいものを見ているような顔で辺りをきょろきょろしている。これから何をするかちゃんとわかっているないのではないかと思った。
「先にシャワー浴びる」
そう言って浴室に向かった。さすがにこんな風に言えば状況を理解するだろうと思ってのことだった。
シャワーを浴びながら、今宮城はどんな気持ちでいるのかずっと気になっていた。体を入念に洗って浴室から出る。さすがに裸で行くのはためらいがあって、近くに置いてあった室内着を身に着けた。
部屋に戻ると、宮城がベッドの上でめちゃくちゃくつろいだ姿勢でテレビを見ていた。ただ見学しに来たつもりなんじゃないかと疑ってしまう。
コメンテーターの笑い声に妙にイラ立ってテレビを消し、宮城を背にしてベッドに座った。
「ここまで来たんだから、おまえわかってんだろうな?」
オレ一人が緊張している。語尾が震えた。
「わかってるすよ。オレも風呂入った方がいい?」
ベッドがきしむ。寝転がっていた宮城が体を起こしたようだった。
「好きにしろよ」
シーツがこすれる音がして近づいてきているのがわかる。後ろで宮城がどうしているかわからない分、音ひとつひとつに意識が行く。心臓がドクンと跳ね上がる。膝の上のこぶしも震えている。
「なんでこっち向かないんすか?」
近くまで来ていた宮城は途端、ベッドから降りて、オレの前まで回ってきた。
「するんすよね?」
仰ぎ見た宮城の表情が読めない。一番気持ちが整理できていないのは自分だ。勢いでこんなところに宮城を連れてきて、土壇場で後悔している。
「意外とやる気満々じゃねえか。オレでもいいから童貞捨てちまいて―って思ったのか? いいんじゃねーの。予行練習だと思えよ、オレとのセックス」
なんでもないフリをして思ってもないセリフばかりを口にしていた。
息をのみ、意を決する。すると、頭上から宮城のため息が聞こえた。
「やっぱやめませんか?」
安心したと同時に、今の今になってそんなことを言ってくる宮城に腹が立って顔を上げて睨みつけた。
「怖気づいたのかよ」
「そりゃ怖気づきますよ。あんたとの関係がこれで変わるだろうだし」
宮城はオレの隣に後ろ手をついて腰を下ろした。
「三井サン、なんかいつもと雰囲気違うし。自分で収集つかなくなってるんでしょ?」
「うるせっ。そんなことねーし」
「もし、今セックスしたら、あんたとオレは今までみたいにはいかないっすよ。あんたはそれでもいいんすね?」
「あ? セックスしたくらいで何が変わんだよ」
宮城はゆっくりと上半身を起こして、オレの手を取り指を触ってきた。
「三井サンに言いたいことがあって追って来たって言いましたよね?」
「おう。それがなんだよ」
「さっきロッカールームで話してたオレの話には続きがあってさ。最近気になってるやつがいるんすよ」
「彩子の話だろ?」
「アヤちゃんじゃない人すよ」
今度は指を絡めてきた。握った手を自分の膝において、オレを見つめてくる。
「三井寿って人」
そこまで言って宮城はうーーんと唸りだした。
「いや、ちょっと待って、なんかはずい。もっといい感じに告白しようとしたのに変にかっこつけてカッコ悪い感じになってる。待って、待って、今ちゃんと言うんで」
えーと、えーとと言いながら、宮城はひとり焦りだした。オレは今の状況に理解がついていかず、ぽかんとしていた。
「いや、お前ホモ扱いされたくねーとか言ってたじゃねえか」
「そりゃ、オレホモじゃないですもん」
「あ? オレ男だぞ?」
「どっからどう見てもあんたは男なのわかりますって。オレは三井サンだから好きってだけで男が好きなわけじゃねーし。あんとき、あいつらに三井サンは男ならだれでもいいみたいなこと言われてたじゃん。あんなのキレて当然でしょ」
それとも本当に男ならだれでもいいって思ってんすかとすごい形相で睨んできた。
「オレの知ってる三井寿はそんな男じゃないんで。ってそう思いたいだけですけど」
まだ困惑している。だって、ついこの間まで宮城はーー。
「彩子が好きだったくせに、何で?」
ああと言いながら視線を宙にさまよわせた。
「言えねーのかよ」
人をだましたり、二股かけるような男だとは思っていない。でも、ちゃんと説明してくれないとわからない。
胸ぐらをつかんで睨みつけると、宮城が観念して笑わないで下さいよ、とひとこと付け加えて話し始めた。
「三井サンって距離チカじゃん?」
お前が言うかと思ったけれど、オレが理解していないと気付いて宮城がやたらとオレの距離チカエピソードを語ってくるから、全部無意識だったけど確かにそうだと納得した。
「三井サンはそれが普通の人なんだろうなって理解していたし、花道だってどっちかっつーと距離近い奴だし。そんなもんかなって思ってたけど、あんたに近づかれるとすげえドキドキするんすよ。アヤちゃんとは別のドキドキだった。アヤちゃんをちゃんと恋として好きだったけど、今は、あんたのことが気になって仕方ないんすよ」
宮城が顔を寄せてきて、そのままキスをしてきた。オレはそれをおとなしく受け入れた。
「あんたがオレをここに連れてきてくれて、少なくともオレとしてもいいって思ってくれてんだって内心舞い上がってたんすけど。本当に男なら何でもいいとかじゃないよね?」
「当たり前だろ。オレはそんなに安くねえ」
「じゃあ、オレのこと抱かれてもいいってくらいには好きなんすね」
改めてそう言われると恥ずかしすぎる。顔が一気に熱くなって、耳までジンジンするほど熱い。それが返事になったみたいで、宮城は満足そうな顔をした。
「あ、鉄男さんとは?」
「そもそもそんな関係じゃねえ!」
「よかった。三井サンの話、あいつとのセックスの話かと思ってどれだけ複雑な気持ちになったか」
「ああ。あれはたしかに鉄男の話だけど」
「はあ⁉」
「鉄男から聞いた話をそのまま話しただけで、オレの経験した話じゃねえってことだよ」
今度は宮城がぽかんとした顔をした。
「じゃあ、三井サンって童貞?」
「悪いかよ」
「いや、オレも童貞だし」
「それは知ってるけど」
「じゃあ、わからないなりに頑張りますか。今から」
そう言ってベッドに押し倒してきた。
そのあと、宮城に丁寧に抱かれてしまい、失神してしまった。
本当に失神するなんてあるのかと身をもって知った。