それは本当に微かな音だった。
第一秘書がお茶を用意しに行った執務室には第二秘書と自分だけしかおらず、静寂に包まれていたからこそ気付けたと言うものだ。
カラリ、と軽やかな何かが転がされ歯に当たる音。
「なぁ、ディアブロ。飴でも食べてんのか?」
自分が音の発生源でなければ残るは背後に立つ黒い悪魔だけだ。椅子に座ったまま見上げた先で微かに動いた頬にあわせてまたカラリと鳴る。
「これは大変失礼致しました」
「いや、別に咎めた訳じゃないんだけどさ。お前がもの食べてるの珍しいな、って思って」
「実は食べ物ではないのです」
「へ?でもさっきから口ん中だろ?」
「こちらですが」
ゆっくりと弧を描いた唇の間から赤い舌の上に乗ったそれが姿を現した。
唾液に濡れてテラリと光る美しい白磁のそれは。
「ソウエイの角です」
にこりと。背後に花が咲き乱れる様な笑顔でそれは笑った。
普段の企みを称えたそれではなく。心からの喜びを隠そうともしない笑みで。
「ああ〜、そっかそっか。ソウエイの角ね。なんかそうやってると美味そうに見えるよな。なるほどソウエイの………ソウエイ……の…………角ーーー!?!?!」
あまりの事態に脳が起こした誤作動で流してしまうところだったが、そうしていい事態ではない。
こいつまさか。
「ソウエーイ!!!ソウエイ無事かーー!!!」
「はっ。こちらに」
角の持ち主の安否が急に不安なって呼べば食い気味で現れた彼はいつも通りだった。勿論額から生えた美しい角もいつものまま。
「よ、良かった〜〜!ディアブロが変なちょっかい出して怪我でもさせたのかと……なぁんだ。ソウエイの角とか冗談かよ。ディアブロもやるなぁ〜」
「いえ、冗談ではありません」
「だよなだよな………へ?」
「昨日こいつの告白を受け入れたところ、『可愛くて食べちゃいたいですねぇ、貴方は』とか吐かしたこいつに齧り折られました」
「………はぁーーーーー!?!?!」
「申し訳ありません。俺の油断で頂いていた貴重な完全回復薬を使ってしまい……」
「いやいいよ!!?角折られたら使って!?っていうか何!?告白!?可愛い!?食べた!?」
「クフフ、両想いの嬉しさでつい」
「つい、じゃねぇー!!!」
「次は折られる前にこいつのを折ります」
「何を!?ディアブロの何を!?」