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    ordinary_123

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    ordinary_123

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    初夜が上手く行きすぎてもう一回したいと思ったのに言えなかった国広と、何でもないような顔してやっぱりもう一回したかった大倶利伽羅の話
    2023.01.21 全体公開に変更

    今夜は、昨日よりもっと「あんたが、言いたいことを、言ってくれたら……いい」
     国広が一言ずつ、自分に言い含めるように告げると、にわかに腕の締め付けが増した。国広はきゅうと胸が詰まるような心地がした。
    「なんでもいいのか?」
     掠れた声で大倶利伽羅が問うてくる。国広は意を決して「ああ」と頷いた。
    「抱きたい。今夜も」
     国広の肯定の後、間髪入れず耳元で囁かれた言葉は、どうしようもないほど国広の身体を震えさせた。

    ***

     全館に空調調整システムが導入されているこの本丸は、廊下であってもほのあたたかい。窓の外では北風にさらされた木々が寒そうに震えていた。

     年末の書類締切に追われて大掃除を後回しにしていた審神者の部屋の散らかり具合に、業を煮やしたのは、昨日の近侍であった歌仙だった。しかし、聡明な彼は、どれだけ直接叱っても己のことにはとんとずぼらな審神者を行動に移させるには足りないと分かっていたので、外堀から埋めた。つまり、かの審神者が頭が上がらない、この本丸の始まりの一振りである山姥切国広に、直談判したわけだった。
     歌仙の策略は、果たして上手くめぐった。昼すぎまで寝ていた審神者を叩き起こした国広は、いるものいらないものの分別を監督し、資料の奥底から出てきた昔の戦績を懐かしむ審神者を叱り、いるものを所定の位置に片付け、十五分おきに休憩しようと言い出す審神者を無言でたしなめ、足の踏み場もないせいでまともにできていなかった掃除が終わるまでしっかりと見届けた。

     夕餉も目前に迫った頃、ようやく今日の重大な任務を終え、手を洗って厠から出たところで、国広は今日の近侍である大倶利伽羅と出くわした。審神者が片付けにかかりきりであったから、ほとんど審神者代理のような仕事量だったのだろう。大倶利伽羅は、見るものが見れば忙しかったのだろうなと分かる程度には萎れていた。彼と特別な間柄を持つ国広にも、それが分かった。
     ねぎらう言葉をかけると、あんたも、と返ってくる。片付けをしていたと言っても、国広の方は見守っていただけだから、さして疲れてはいないのだが、それでも気にかけてくれるこいびとの思いごと受け取っておく。
     一段落ついたのなら、せっかくだから一緒に茶でもどうだと誘おうとしたところで、大倶利伽羅の手が眼前に迫っていることに気づいた。大仰に肩が跳ねる。自分が過敏に反応してしまったことに国広が気づいたのは、二、三歩あとずさってしまった後だった。

     たどり着く先を失った大倶利伽羅の腕が、取り残されたように空を切る。
     布で遮られた視界の外から近づかれたとは言え、ここまで激しく驚く必要など、どこにもなかった。――普段なら。
    「……すすが、ついている」
     宙に浮いた腕をゆっくりとおろしながら、普段と変わらぬ調子で大倶利伽羅が言った。その落ち着いた様子に、国広は少しだけ居心地が悪くなった。
     ――大倶利伽羅はいつもの調子なのに、俺ときたら。
     こんな往来で含みのある接触など大倶利伽羅がするはずがない。だというのに、勝手に反応してしまった己を国広は恥じた。

     状況は大倶利伽羅も同じはずだった。
     昨夜、大倶利伽羅と国広の間で起こったこと、というか、したこと、すべて。

     引きずられるように浮かんできた昨夜の情景に気を取られていたら、誰かが廊下の向こうの角を曲がって近づいてくるのに気づく。交際を隠しているわけではないし、ふたりで立ち話をするくらいおかしくないはずだ。ここで変にコソコソする方が却って不審だと、国広は自身に言い聞かせる。そんな国広をよそに、大倶利伽羅は堂々とした様子だ。少なくとも国広にはそう見えた。それを見て、さらに努めて平静であろうと頭をからっぽにして耐えた。

     誰ぞが通り過ぎるのを見送った後、ようやく金縛りが解けた国広は、自分のまとっている布で頬を拭う。
    「おい、そこじゃない。余計汚してどうする」
    「……汚れているくらいでちょうどいいんだ」
     国広がそう言うと、大倶利伽羅がもう一度手を伸ばしてきて、国広の右頬を拭った。先程とは違い、今度は心づもりができたので、無闇に反応せずに済んだ。だが、思ったより広範囲が汚れていたらしく、もう片方の手で頭を固定されてぐいぐいと拭われた時には、少しだけ息が止まった。

     頬の汚れが取れたことを覗き込まれるように確認されるのを無心でやり過ごしつつ、すぐそばを通り過ぎたものの足音が遠ざかっていくのを聞いていると、急に真剣な顔を浮かべた大倶利伽羅が、火急確認したいことがあると言ってきた。
    「急ぎか?」
    「そうだな」
     鷹揚に頷いた大倶利伽羅が、国広を先導して歩き出す。
    「なんだ? 提出した書類に不備があったのか?」
    「まあ……そんなところだ」
     はっきりしない大倶利伽羅の物言いに、国広は首を傾げる。言葉どおりに受け取ってはいけないことは分かった。何か他に公にはできない用事があるような素振りだ。
     審神者絡みが、はたまたなにか厄介が起きたか、そんな心配を空想しながら、大倶利伽羅についていくうちに、審神者の部屋に続かぬ廊下に入っていることに国広は気づいた。
     ――さっき通った道じゃない。これは今朝・・、通った道筋だ。
     それが分かった途端、国広は急に足が重くなった。だが、だからといって、それだけで、断るわけにもいかない。本当に彼の部屋で何か用があるのかもしれない。国広が勝手に思い出して気まずくなっているだけなのだ、昨日のことを。それが分かっているから、なおさら何も言えなかった。

     予想どおり、と言うべきか、今朝去ったばかりの大倶利伽羅の部屋の前までたどり着く。国広は己の中で混ざり合う様々な感情を整理できないまま、大倶利伽羅に腕を引かれて、彼の部屋に足を踏み入れた。
     かたん、と障子を閉めた大倶利伽羅の腕が自分の方へ伸びてくるのを、国広は見つめることしかできなかった。だからもちろん、近づいてきた大倶利伽羅が、すくい上げるように重ねてきた唇を受け止める用意なんて、少しもできなかった。
     身じろぎすらできず、目を閉じることも忘れて立ちすくむ国広をよそに、背中に両腕が回される。逃げるつもりなどなかったが、逃げられないと国広は思った。
     息すら止めていた国広が、ひく、と肩を跳ねさせると、もう一度腕を強く巻き付けられ、重なっていたそれはようやく離れていった。唇の交わりが解けたとはいっても、胴に巻かれたままの腕が、体を離すことを許してくれない。交わされたままの瞳が、淡く緩む。
    「キス、されると思ったか?」
    「……、思ってない」
     先程の廊下での出来事が蒸し返される。いぶかしがるように細められた眼差しから逃れようと、国広は視線を当てずっぽうに彷徨わせる。
     ――そんなこと、思っていないし、もし万が一思っていたとして、こんなところまで連れ込んでわざわざ本当にしなくてもいいだろうに。あんたこそキスしたかっただけじゃないのか。
     整頓された室内には、当然だが昨夜の痕跡なぞ何一つ残っていない。居心地の悪さを誤魔化すように意味もなく見つめた机の脚に見覚えがあって、国広は慌てて視線を逸らした。まっすぐに向けられる視線の熱量に耐えかねて明後日の方向を熱心に見ていたら、どんなことを言われて、何をされたかなんて、思い出していない。さっきから視界の端に映り込んでいる箪笥の小さいひきだしに何が仕舞われていて、それを取りに行く大倶利伽羅のむき出しの背中だとか、着衣をすべて剥かれた国広の体を丁寧に布団にくるんだ手付きだとか、そんなの、少しも――

     鼓膜を揺らすような心臓の音に我に返った国広は、己を戒めるように顔を伏せた。しかし、それを追うように布の下にもぐりこんできた手のひらが、今度は収まるべき位置に収まる。ひたりと国広の頬に添えられた手は、ただそれだけなのに国広の心に立っていた波を静めさせた。さっき頬を拭われた時とは全然違っていた。大倶利伽羅が国広に触る時の、彼がこいびとに触れる時のやり方だった。
     ぎりぎりのところで保っていた均衡が崩れて、国広の中の何かが切り替わったのを、まるで他人事のように理解した。朝から自分の役割に没頭し、己に忘れさせていた記憶や感覚が走馬灯のようによみがえってくる。
    「いや…………その、ちがわない」
     歯止めを失った国広の口から言葉がまろびでる。
    「……」
    「……キス、されると思った。あんたに。キス、されたらどうしようかって、それで……」
     言葉の着地点を見失ったまま、ちらと大倶利伽羅の方を見上げる。薄っすら上がった口角が、自供せずとも国広の思考などお見通しだったことを知らしめてくる。
    「……そうか」
     頬にあった大倶利伽羅の手は移動して、顎を持ち上げるように添えられていた。大倶利伽羅の視線が突き刺さる。引き攣った息と声が漏れそうだった。
    「あれは、そういう顔だったんだな」
    「……っ」
    「俺の眼がくらんでいたのかと思ったが、あながち間違っていなかったわけだ」
     親指が下唇に押し当てられる。誤魔化しようのない、期待を孕んだ声がこぼれた。
    「なら今も、俺の目算は外れていないとは思うんだが、」
     たっぷりと時間をかけて問答をしている間も、押し当てられた指の腹が何度もいたずらに国広の唇をなぞっている。何を望んでいるかなんて、もう分かっているだろうに。もどかしくて、国広はめまいがしそうだった。
    「まちがっていないか、確かめてもいいか?」
     確かめるも何も、今にも口を塞ぐ寸前のような体勢で大倶利伽羅が問うてくる。国広は、鼓動を高鳴らせながら小さくうなずいた。しかし大倶利伽羅が言葉か行動か、どちらで確かめてほしいか、などと重ねて聞いてきたので、我慢の限界がきた国広は大倶利伽羅の名を喘ぐように呼び、それが己の耳に聞こえるか聞こえないかのうちに、国広の唇は大倶利伽羅のそれで塞がれていた。

     食らいつくように唇が重ね合わされる。掻き抱いてくる腕に負けじと、国広も大倶利伽羅の背中に腕を回す。まるで主導権を奪い合うようなそれは、先程の静謐な口づけとはまったく違っていた。昨晩ですら、夜がとっぷり暮れてからでないと交わさなかったような、荒々しい口付けだった。はしたない水音が乱れた呼吸の中に混ざる。息継ぎの音すら逃さないとばかりに食らいついてくる大倶利伽羅に、国広は必死についていく。布の下に差し込まれた手が、国広の後頭部を抱え直す度に、髪を乱していた。頭に被っていた布はもう落ちているだろうが、それを気にする余裕はどちらにもなかった。
     何度も顔の傾きを変えながら、貪るように唇を重ね合う。息が切れようと構わずに求めあった。背中にあった大倶利伽羅の手のひらが動いて、国広の脇腹を掠める。くぐもった声が口内に響いた。思わず顎を引こうとしたが、追い縋るように距離を詰められれて、逃げる間もなかった。国広の上体を閉じ込める二本の腕の拘束は、少しも緩む気配がない。力が抜けそうになる体を奮い立たせるように、大倶利伽羅の上着を握り込んだ。どくどくと心臓が暴れているのは自分だけではなかった。今は衣服を隔てているというのに。きっと、自分の鼓動も伝わってしまっているだろうと国広は思った。

     のしかかるように体重をかけてくる大倶利伽羅に押された国広が何歩か後ずさって、ついに背中が壁についた頃、部屋の前を誰かが走り去る音で、ようやく国広は閉じたままだった目を薄く開けた。大倶利伽羅も同じようにしているのが見えた。
     ちゅぱ、と湿っぽい音を響かせながら唇の交わりが解かれる。ぼんやりとした視界の中、てらりと光った大倶利伽羅の唇と己のそれをつなぐ糸だけがはっきりと見えていた。ふたりの間でつながっていたそれがふつりと切れるのをぼんやりと見遣る。大倶利伽羅が濡れた唇を拭う仕草でようやく我に返った国広は、手の甲で同じように己の唇を擦った。国広が小さく深呼吸して息を整えていると、もう一度背中に腕が回って、そっと抱き寄せられる。額が大倶利伽羅の肩口に触れた。いつもと同じように触れてきた手のひらに、今日はどうしてか、背中がぞくりとあわだった。一晩寝て、すっかり消え去っていたはずの感覚が戻ってくる。

     ――せめて翌日に響くような抱き方をしてくれたら、この感情に言い訳ができたのに。

     初めて同士、どうなってもいいという覚悟で臨んだ夜だった。己が選んだ唯一に与えられるものなら、たとえそれが苦痛でも何でも耐えてみせると国広は本気で思っていた。だがそんな覚悟など、無用だった。少しずつ、指先から心音が伝わってきそうなほど優しく触れてくる手のひらに身を委ねるうちに、国広の身体は想像よりもずっと容易く大倶利伽羅に馴染んでいった。終わってみれば、身体に残ったのは緊張による心地よい疲労と、あとは十分すぎるほどの高揚感くらいだった。
     もちろん達成感は大いにあった。初めてにしては出来すぎなほどつつがなく事が成ったし、お互い気持ちのよい思いはできていた、と思う。だが、これで満足かと聞かれると、国広は素直に頷けなかった。嬉しくて、満ち足りて、気持ちよくて――もう一回、と言ってしまいたかった。でも、それを大倶利伽羅に伝えることはためらわれた。大倶利伽羅自身にとっても未知の経験であるはずなのに、少しでも国広が苦痛を感じないように、手を尽くしてくれたに違いないのだ。事を終え、国広が身なりを整えようと背を向けた時、大倶利伽羅が静かに長く息を吐いていたのがその証拠だった。
     疲労を隠さねばならぬほど国広のために配慮の限りを尽くしてくれたこいびとに、一体これ以上何を望むのか。国広は、身を清めて潜り込んだ布団の中で、何度もそう己に言い聞かせて、無理やり目を閉じた。

     そもそも、覚悟が決まるまで、約束の日を何度も先延ばしにしてもらったのは国広の方なのだ。なのに、ちょっと良い思いをさせてもらったからと言って、それもこれも大倶利伽羅のおかげなのに、簡単に手のひらを返すなんて。どの口が言うのかと思ってしまった国広は、だんだんと下がり始めていた顔を、もっと上げられなくなった。
     つま先のあたりに視線を落としていると、国広を抱き込んでいた腕が緩んで、頭上に布が戻ってくる。被せ直された布越しに、大倶利伽羅の手が頭を撫でてきた。なにかを伝えるように往復する手のひらのぬくもりが、陰鬱な思考の渦を緩やかにしていく気がした。
     ようやっと落胆の連鎖が落ち着いてきた国広が、頭上に戻った布を掴みながら、おずおずと顔を上げる。再び相まみえた国広の顔をじっくりと眺めた大倶利伽羅は、小さく口の端を上げて「今日も、来るか?」と言った。
    「なっ…… 何もしないか?」
     思わず早口になってしまった言葉は、国広自身も予想していないものだった。大倶利伽羅が、ふ、と息だけで笑う。
    「何もしなくていいのか?」
    「……っ!」
     国広は、下げていた布をもっと引き下げて布の中に己の身を隠した。国広は、己の中の感情を隠したい気持ちと見つけてほしい気持ちが混ざり合って、どっちつかずな振る舞いをしている自分に気づいたが、それを制御することができなかった。さっきのに限って言えば、完全にナニかされるのを期待している言い方だった。言ってしまってから気づいても遅い。
     しかし、飽きもせずに国広の頭部の丸みを確かめている大倶利伽羅は、その手を止めずに言った。
    「……うそだ、何もしない。ただ抱いて眠りたい」
     国広の無言を躊躇として受け取ったのか、大倶利伽羅が一歩引いた。もしかしたら国広にかかる連日の負担も気にしているのかもしれなかった。
    「俺はそれだけで、」
    「あんたは」
     大倶利伽羅が言葉を続けようとしたのを国広が遮る。――このままでは、だめだ。
    「あんたは、それでいいのか?」
    「…………俺に言わせていいのか?」
     ぐいと顔を寄せてきた大倶利伽羅にそう言われて、国広は自分が大胆なことを言ってしまったことに気づく。大倶利伽羅が急に引いたりするから、つい自分から迫ってしまったのだ。案の定、見逃してもらえなくて、また動悸がうるさくなる。
     国広は、この思いを素直にそのまま告げていいのか、まだ分からなかった。だが、先ほどまで好き放題貪られていた唇に残るざわめきは嘘でも幻でもなかった。少しくらい大胆になったって、大丈夫だ、きっと。
    「あんたが、言いたいことを、言ってくれたら……いい」
     国広が一言ずつ、自分に言い含めるように告げると、にわかに腕の締め付けが増した。国広はきゅうと胸が詰まるような心地がした。
    「なんでもいいのか?」
     掠れた声で大倶利伽羅が問うてくる。国広は意を決して「ああ」と頷いた。
    「抱きたい。今夜も」
     国広の肯定の後、間髪入れず耳元で囁かれた言葉は、どうしようもないほど国広の身体を震えさせた。
    「あれだけじゃ足りない」
     じゃれつく猫のように額を擦りつけながら絞り出された言葉に、国広は喉の奥が締まって、胸が苦しくなった。負の感情ではもちろんない。真反対の感情によるものだ。
     満足したはずなのに足りない――と思ったのは自分だけではなかった。国広が大倶利伽羅に向けるのと同じくらい、大倶利伽羅も国広を求めてくれていることが嬉しくて仕方なかった。

     喜びのあまりとんでもないことを言ってしまいそうな自分を抑えようと必死に布を掴んでいると、その拳をくすぐるように撫でられた。自分の姿がほとんど隠れてしまっていることに気づく。大倶利伽羅に言わせておいて、何の返事もせず顔も見せないなんて。もし自分がされたら、とてつもなく不安になるような仕打ちだ。色んなものを堪えながら、俯いていた顔を上げて、大倶利伽羅の顔を視界に収める。どんな顔をしてあんなことを言ったのかと思えば、案外いつもの顔だった。こわばっていた国広の顔を見て、分かりやすく目元を緩めた大倶利伽羅が「そんな顔をするな」と言った。
    「あんたが望まないなら何もしない。だがもし、あんたが望むなら、望んでくれるなら、遠慮しなくてもいいか?」
     それは俺の台詞だ、と国広は思った。馴れ合いを好まぬ大倶利伽羅に、ここまで譲歩させているのは自分の方なのに。
    「その、あんたの、負担にならない、なら……」
     自身の覚悟とは裏腹に、蚊の鳴くような声が出た。
    「それは俺の台詞だな」
     大倶利伽羅が、ゆるゆると首を振りながら答える。
    「無理を強いていると頭では分かっていたんだが……昨夜も、待てと言われたのに止まってやれなかった。すまない」
    「そ んなことはっ、ない!」
     その言葉とともに、端正な顔を火照らせながら国広の上で動く大倶利伽羅の姿がよみがえってきて、顔を振りながら否定する。
     ――そんなの、口を衝いて出た見せかけの拒絶で、本当にやめてほしかったわけではないし、どちからといえば大倶利伽羅に促されるまま身を任せることしかできなかった俺の方こそ詫びるべきなのに。
    「……じゃあ、いいか?」
     そう聞いてきた大倶利伽羅の瞳がやわらかく溶ける。その視線を受け止めながら答えるのが恥ずかしくて、国広は大倶利伽羅の首に抱きつきながら答えた。
    「……ああ」
     ごく、と大倶利伽羅の喉が鳴った気がした。背中に回された手が、重なる体が、熱くて触れ合ったところから溶けてしまいそうだった。
    「俺も、したい……すごくしたい。今日も、あんたと、その……」
     大倶利伽羅の包み隠さぬ欲に駆り立てられて、つい、正直な言葉がこぼれてしまう。一瞬の静寂の後、はあ……と深いため息が聞こえた。思ったまま言い過ぎたかと焦った国広が、すまないと言いながら腕を突っ張って離れようしたが、さらに強く抱き締められてしまう。
    「……あまり不用意なことを言うな」
    「す、すまない……?」
     謝る必要はない、と否定した大倶利伽羅が、もう一度深くため息をつきながら強く巻き付けていた両腕を緩めた。ぴったりと寄り添い合っていた身体が離れて、そのかわりに両の手が繋がれる。この手を離すのが惜しい、という感情が国広の心を攫っていく。両手を握る力を強めると、大倶利伽羅もぎゅうっと握り返してきた。同じ気持ちであってほしいという願いに、もうすでに返事が返ってきたような気がした。それだけで国広の心は浮足立ち、平静を装おう一度は試みたが、できなかった。勝手に熱くなる頬は、諦めて好きにさせてやる。

    「一度でも夜を共にしたら満足するだろうと思っていたが、大間違いだったな」
     緩みそうになる口角を隠しながら国広がつぶやくと、大倶利伽羅は少し眉をひそめた。
    「それは俺をからかっての言葉か?」
    「いいや、俺自身に向けた言葉だ」
     そうか、と言う大倶利伽羅の声が少し照れたように揺れていて、でも嬉しそうで、国広はいよいよ叫びだしてしまいそうだった。

     遠くで大倶利伽羅の名を呼ぶ声がふたりきりの空間に割り入ってくる。掃除を終えた審神者が普段の業務に戻っているとはいえ、何かと近侍は忙しいのだ。
    「呼ばれてるぞ」
    「そうだな」
    「じゃあ……」
    「ああ」
     繋いだままの手を握ったり緩めたりして、大倶利伽羅の手の甲がいびつにかたちを変えるのを、理由もなく見つめる。離してやらねばならないということは、頭では分かっていた。国広、と呼ぶ声がして、顔を上げる。すうっと顔を寄せてきた大倶利伽羅に、瞳を閉じ、今日だけで何度も触れ合わされたそれを受け止めた。存在を刻みつけるように押し当てられた唇は、名残惜しむようにゆっくりと離れていく。唇に残された温度が国広の体温に混ざって溶けていくのを目を閉じたまま追っていた国広の耳元で、待ってる、という囁きが落とされた。
     国広が目を開くと、障子がぱたんと閉まるところだった。ふ、といつの間にか詰まっていた息を吐き出す。
     国広に火種を押し付けて去っていったこいびとの、障子に映るその影を睨む。たぶんきっと、国広は今夜もこの部屋へ足を運んでしまうことになるのだろう。そうすれば、我が身に何が起こるかなんて、考えるまでもない。自分もそれを望んでいるとは言え、大倶利伽羅の言われるがままになるのは、なんとなく意地が許さなかった。

     室内を見渡し、とある箇所に狙いを定める。歩み寄り、開けた箪笥のひきだしから小さな容器を取り出す。これがいつの間に用意されていたのかは知らない。だが国広のために、国広と体をつなげるためだけに用意されたことは分かった。蓋を開けると、その中に詰まった膏薬には、ちょうど指三本分ほど掬い取られた跡がついている。まさに国広の体内を這ったそれの感覚がよみがえったり腹の奥がひくんと震える。きっちりと蓋を閉めたそれを、国広は自分のポケットの中に滑り込ませた。
     ――大倶利伽羅にできたのだから、自分でもきっとできるはずだ。
     平然としているように見えた大倶利伽羅も、その凪いだ表情の下に国広と同じ思いを抱えていたのだ。ならば、その余裕を奪えるかどうかは国広次第だった。
     今に見てろよ、と意気込んで国広は大倶利伽羅の部屋を出ていく。今夜に向けて、するべきことがたくさんあった。
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    ordinary_123

    MEMO今年のコ🫓の映画のラブコメがあまりにも最高だった結果、弊くりんば脳から出力されたくり→←んばとくりんば成立絶対反対火車切くんの話 
    ※あらすじのみ
    ※重大なバレには全く触れてないけど私が一番おもしろかったところには触れてる
    貴方が兄ちゃんの恋人になるなんてぜったい認めないんだから!!⚠ギャグです

    “友人”と一泊旅行に行くと言って出かけた大倶利伽羅を見送ったあと、自分と兄の団らんを邪魔してくるあの憎き山姥切国広が同じように2日間不在である、しかも行き先は同じ東北という情報を得てピンときて、今回ついに告白するつもりだ!そんなことは絶対させない!と上杉家の仲間たちとともにふたりの旅行を妨害しまくるお兄ちゃん過激派火車切くん、見たい。

    大倶利伽羅は、火車切くんのこと大事にしてないわけではもちろんないけど、山姥切国広に話しかけられた兄はどことなく雰囲気が変わるし、呼ばれたらそっちに行っちゃう(※ただの事務連絡です)ので、火車切にとってはせっかく一緒に暮らせるようになった兄との時間を邪魔し、兄の視線を奪っていく憎き敵なんですよね。どこの馬の骨とも分からん鋼に、いや馬の骨どころか国広の第一の傑作なんですけどそれはともかく、自慢の兄をくれてやるわけにはいかんのです。
    1090

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