あれから皆大きくなり、ミスタはルカの立派な遊び相手になっていた。今日も泥だらけになるまで遊んでお風呂に入ってきたところ。
「アイス食べたーい!」
「こらルカ!髪を乾かしてからだ!」
ヴォックスが走り回るルカを捕まえドライヤーのスイッチを入れる。
「じゃあミスタは僕がやってあげるね」
「えっいいよ自分で『いいからいいから!』」
背後から現れたアイクがミスタを椅子に座らせる。ドライヤーが空くのを待っている間、丁寧にタオルドライをされる。続いてドライヤーが始まり、そちらも温度を見ながら丁寧に当てられた。
「よし出来た!ミスタの髪は本当にサラサラだねぇ……」
宝物を扱うように髪に触れてくるアイクにミスタは呟いた。
「……アイクってあの時から優しいよなー。いやあれの前も優しかったけど」
「あの時?」
「ルカが生まれた時」
「……あー……まあね……」
「なになに気になるんだけど!?」
ミスタが振り返ればアイクは目を逸らす。そんな二人を見たヴォックスが口を挟んだ。
「アイクは昔、自分にしてもらって嬉しかったことをしているだけさ」
「余計なこと言わないで!」
「えー知りたい!」
「知らなくていいよ!」
シュウがお風呂から上がってきた。
「ふぅ、お待たせ。次アイクだよ」
「わーん!タイミング悪い!!」
「んええ……!?なんかごめん…… 」
「シュウは悪くないの!悪いのはヴォックス!ヴォックス!!余計なこと言わないでよ!?」
アイクはそう言い残し、大急ぎで風呂場へ消えていった。それを見送ったヴォックスは何事もなかったかのように話し出す。
「赤ちゃん返りって知ってるか?」
「え?何それ?」
「弟妹が生まれた時、兄が両親を取られたと感じて赤ん坊の様な行動を取る事があるんだ。アイクが昔、初めてお兄ちゃんになった時にそれはもう盛大に赤ちゃん返りをしたんだ」
「そうなんだ……」
話が見えないミスタを前にヴォックスが続ける。
「シュウはほっぺがぷくぷくで可愛いくてな……いやお前達みんな可愛いが、私も両親も最初はシュウにベッタリだった。アイクも最初はじっとみたりほっぺを突いたり、興味を示していたんだが、途中から様子が変わっていったんだ。ひたすらシュウの世話の邪魔をするようになって困った両親が言ったんだ。『アイクはお兄ちゃんでしょ。今忙しいの。ちょっと待っていて』そしたら突然あの子が大泣きして言ったんだ。
『僕とシュウどっちが大事!?』って」
「!!!!」
「それで両親はもちろん私もすぐさまアイクを抱きしめて、アイクはそこから一ヶ月程ずーっと抱っこだ。どこに行くにも抱っこ、眠る時も抱っこ。保育園には行かない。パパもママもヴォックスも学校もお仕事も行っちゃダメ。
シュウだけ世話されるのもダメらしく、その時はアイクも隣で一緒に世話してやった。母さんがミルクをやる間、私と父さんがアイクにご飯を食べさせたり、おやつを与えたりな」
「あ、アイク……赤ちゃんのシュウより手掛かってんじゃん」
「ははは!確かにな。まあ、私達が放っておいてしまったのが原因でもあるし、可愛い弟の可愛いお願いなんて安いものさ。まあ恐らく、アイクはこの経験があるからミスタにここまでの対応をしているのだろう。折角だから存分に甘えて「
ヴォックス!!!今絶対僕の話してたでしょ!!」
ドスドス足音を鳴らしながらアイクが帰ってきた。
「どこまで言った!?どこまで聞いた!?」
「アイクが昔可愛いかったという所までだよ」
「それ絶対全部言ったでしょ!?ミスタ忘れて!!」
ミスタは立ち上がり、アイクに抱きついた。
「今日は一緒に寝てもいい?アイクの事抱き枕の代わりにしちゃうかもしんないけど……俺、アイクがいっぱいぎゅってしてくれたから寂しくなかった。一緒にお兄ちゃんになる練習付き合ってくれてありがと」
「ミスタ……!!」
ぎゅーっと二人でハグする。シュウとルカは静かに笑顔で見守り、ヴォックスは尊すぎる光景に涙を流していた。
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二人で同じベッドに入る。向かい合わせになり、ぎゅうぎゅうくっついた。
「ねえミスタほんとは嫌じゃない?」
「嫌じゃないけど……なんで?」
「だってしつこいかなって」
「うーん…….でもアイク言ってたじゃん。してもらって嬉しかったことをしろって。アイクもヴォックスにこうやって世話してもらったんだろ?」
「うん、まあ、そうだけど…….」
「どうだった?」
「どうだったって……」
「嫌だった?」
「嫌では……なかったけど……」
「ヴォックスのこと嫌い?」
「……嫌いじゃない」
「じゃあ好き?」
「……う…….うん……何言わせるの…….!!」
アイクは両手で赤くなった顔を隠した。それを見たミスタが笑って続ける。
「一緒ってことだよ。アイクがしてもらって嬉しかったことをしろっていうように、俺もアイクがヴォックスに思っているのと同じ気持ちだってこと!」
「……ほんと?」
「ほんとほんと!」
アイクが指の隙間からミスタを覗いて尋ねる。
「……僕のこと好き?」
「クソ!仕返しのつもりか!?大好きだよ!!でも俺もいつか恥ずかしくなってアイクにツンデレ発揮しちゃうかも!」
「ツ、ツンデレじゃないもん!それにそんなの嫌だ!」
「じゃあアイクもヴォックスにデレてみれば?」
二人が眠る部屋から「ミスタの意地悪ー!」「あはは!」という声が漏れ聞こえる。しばらく楽しそうなやり取りが聞こえていたが、だんだん小さくなっていき最後は聞こえなくなった。