先着五千名様【オル相】 その日、ひっそりと駅に貼り出された広告は事前告知も何もなかった。長年平和のアイコンとして活躍したオールマイトは引退後、醸し出す熟年の色気から従来とは違うファン層を獲得していて、今回もそちら向けの需要に応えるために企画されたものであることに間違いはなかった。
退廃的なグレーの強い背景、コンクリートを思わせる無機質な暗がりに置かれた椅子に足を開き体を低くして腰掛けた、スーツを纏ったオールマイトがカメラに視線を向けている。光源の妙は痩せこけた顔の中でも目の青を際立たせ、通り過ぎる人の視線を惹きつける、或いは足を止めさせるに十分だった。
そのオールマイトの前に一人の後ろ姿があった。右腕が腰を抱いている。癖毛に見える黒い髪を高く結い上げていて後頭部しかわからないから、顔立ちを窺い知る事はできない。同じくスーツを身につけており、シルエットからは男性と推測はできた。真っ直ぐに立つ彼は細身ながら服の下にしっかりと筋肉を身につけていて、スタイルがいいのは一目瞭然だ。
右隅に小さく印字された文字でそれを広告だと主張しなければ、オールマイトが恋人を自慢しているようにも見えるし、口紅のひとつでも塗ればそのまま化粧品の広告にも使用できそうな魅力があった。
「ところでイレイザーこれ知ってる?」
就業時間終了のチャイムがとっくに鳴った職員室の中、マイクは自分のSNS画面を業務中の相澤に見えるようにひらひらと揺らしている。その間にも拡散と好意の記号の脇でカウントしている数字は刻一刻と上がり続けているが、相澤はちらりと画像を確認しただけで特に表情を変える事がない。
「オールマイトさんの新しい広告がどうかしたのか」
「すっげえバズってるぞ。大人の色気が凄い!とかこの顔出ししてない人誰?!とか、恋人みたーい!!とか」
「暇だな」
「平和ってのは良いことだろ?広告モチーフのノベルティ狙いに旦那や彼氏のスーツ作らせようとしてる女の人で店に行列できてるってさ」
「知らん。興味ない」
それ以上この話題に触れようとせず話を打ち切ろうとする相澤にマイクはなおも続けた。
「てか、元々これ女性モデルだったのにマイティたっての希望で謎の男に変更になったんだってなァ。話を聞こうにも肝心の本人がいねーけど」
「逆だ」
世間話に珍しく相澤が端的な反論をする。
「逆?」
問い返したマイクの前で相澤はさかさかと帰り支度を始めている。
「オールマイトさんが女性モデルと絡むのが面白くないから、顔出ししない条件で俺を使ってもらった。欲しいならやるよ」
相澤が机の引き出しから出してマイクに差し出したA5サイズのミニクリアファイルはさっき言っていた店舗で配っているノベルティだ。
差し出されるままに受け取って、それよりも今相澤が告げた言葉が、お前も早く帰れよと残して去っていく後ろ姿が職員室の外に消えるまでマイクの脳内で理解に至れずにいる。
「……えっ、ひょっとして俺今、惚気られた……?」
呆然としたまま訊ねる。
横にいた13号はどちらとも取れる愛想笑いをした。