5656【オル相】 まじまじとオールマイトに顔を覗き込まれ、相澤は思い切り眉を寄せた。あからさまにこちらを「観察する」視線の理由がわからなかったからだ。しかしオールマイトは目が合っても相澤が眉間に皺を寄せても一向に気にする素振りもなく、じっと見つめて来る。
「……何か、俺の顔についてますか」
心当たりがなさすぎて見つめ合う沈黙に耐え兼ね、とうとう問いかけざるを得なくなった相澤に、目的を達成できなかった面持ちでオールマイトが観察をやめた。
「私達、お付き合いしてそれなりに長いと思うんだ」
「…………そうですね」
突然始まった回顧に相澤は更に困惑を深くする。
長きに渡る交際が今日終止符を打たれるのか?と思ったけれどオールマイトに限ってそれはあるまい。オールマイトがどれだけ相澤を慈しんでいるか、自惚れではなく教え込まれた事実が胸の中に確かに在る。
「昔私が猫になっちゃった時に君が一晩面倒見てくれたじゃない?あの夜の君の表情や声色、結局その後の私には一回もしてくれないなあって思って」
「するわけねェだろ」
食い気味に口汚く反論してしまった。相澤の顔は赤い。
その昔、まだ寮に住んでいた頃オールマイトが猫になってしまったので戻るまで一晩世話をした。飯を食べ、部屋に連れ込み、脱走されても困るしわけもわからないだろうし、不安で寂しい思いはさせたくないといそいそと残業もしないでたくさんおもちゃで遊んでたくさん毛繕いをして一緒のベッドで寝た、後にオールマイトが全部覚えてるよと言った「あの夜」のことだ。
時が経ち、今の今までついぞ忘れていたことを瞬間的に全部思い出させられて、誰にも見せたことのない猫に対する態度を全部見られていた羞恥と逆ギレが条件反射で出てしまった。
しかし当のオールマイトは相澤に怒られたことでしゅんと肩を落としている。悪気ゆえの発言ではないとわかってしまって、噛み付いた手前、相澤は更に居心地が悪くなってもぞもぞとソファの上で尻を動かした。
「ずるいよ。私も君に猫ちゃん扱いされたい」
そもそもなんで急転直下そんな話になっているのかと思えば、二人が腰掛けたソファの正面にあるテレビに映る犬猫大集合の番組があった。
「論点がズレてますよオールマイトさん。俺は猫でもないあなたを猫と思って話しかけたりはしませんし、あなただって俺を要救助者の赤ん坊だと思って扱ったりしないでしょう?」
「ごろにゃん!」
業を煮やしたオールマイトは拗ねた口ぶりで猫の鳴き声を真似、実力行使に出た。隣に座る相澤の膝に強引に頭を乗せて猫になりきり始めたのである。
「……いや、あの」
頭を太腿に擦り付け握った拳で顔を洗う仕草をしたところまでは、何やってんだこの人還暦近えのにという感想しかなかったが、鳴らない喉をゴロゴロと口に出して表現した辺りで雑な猫の真似に耐えられなくなって笑ってしまった。
「そういう顔、もっと見たいなあ」
「……猫よりたくさん見れてると思いますがね。あなたは」
照れ隠しの咳をして表情をきりりと戻そうとする相澤の腹に顔を擦り付けてオールマイトは言う。
「私は欲張りだからね、全部欲しいのさ」
だから取り敢えずしばらく猫ちゃんとして接してくれよ、と朗らかに宣言して甘え出す恋人を見下ろして、確かに恋人の多面的な表情という面では、突然猫の真似をし出す元平和の象徴というのは自分にしか見られない景色だなと納得して、相澤は大きな猫の鼻面を指の側面で擽った。