案件【オル相】「はい、イレイザーこれあげる」
時間は深夜に差し掛かろうという頃、人もまばらになったり雄英高校の職員室でパソコンに向かっていた相澤を背後から抱き締めるように腕を回したのはミッドナイトだ。今更至近距離に顔があろうが乳を押し付けられようが一切どぎまぎしない間柄になって久しい。
徹夜のしすぎで疲れたのかといちいち奇行に突っ込む元気もなく、目の前に現れた白い棒状のものを見た。
何の前触れもなくミッドナイトが視界に差し出した白い塊は、チューブ状をしていた。その形から歯磨き粉だろうかと相澤は何気無く受け取る。
何の記載もないそれをひっくり返した。そこに書いてあったのは「ベビー」と「馬油」の文字。
自分に何ひとつ結びつかない単語に相澤は首を傾げた。
「なんですか、これ」
「え?ケアにいいのよ」
「なんの?」
「……言ってもいいの?」
ミッドナイトは相澤が聞き返したことの方が意外な風に瞬きをして周囲を見回した。オールマイトは今日は警察から直帰したし、マイクはラジオに行っていない。13号だけが先程から隣の印刷室でテストを刷っている。もう他の人は帰ったらしい。
それでもミッドナイト何か慮って、相澤の耳に手のひらと唇を寄せた。
「彼氏に弄られ過ぎて真っ赤に腫れ上がって痛痒い乳首のケアに、いいのよ」
血の気が引くと同時に反射的に両胸に手を当ててしまったのだから、もう否定はできない。
無言で見返したのを、にたぁっと目を細めて笑うミッドナイトのしてやったりの顔は一生忘れないと相澤は思った。
「これねえ、授乳期のママさんが使うやつだから効き目はあると思うわ」
「な、ん……で」
ロッカールームはそもそも男女別で、相澤は乳首に保護目的で絆創膏を貼ってから人前で着替えなどしていない。見えてもいないものがどうしてわかるのか。
手を当てた些細な刺激ですら、落ち着いていた体を叩き起こす。表情に出してしまったのをミッドナイトは見逃さず、しかし一定の距離を保ったまま近づこうとはしなかった。
「今日はもう帰って、それ塗ってもらいなさいな」
「なんで気付いたんです」
「愚問ね。私が乳首絆創膏案件を見逃すはずないじゃない!」
何の説明にもなっていないのに、あまりにも自信満々に勝ち誇るものだからこれ以上の詰問は無意味だと相澤は肩を落とした。
隣の部屋の13号に聞こえていないのを切に願う。
「弄られ過ぎて皮膚が割れたり染みるほどの傷になっていたら治るまで遊ぶのはダメよ?」
「……はい」
粛々とパソコンの電源を落とし帰宅準備を進め、相澤は貰った馬油をしみじみと眺めてポケットにしまった。
「有難く頂きます」
「オールマイトによろしくね~」
指をひらめかせて微笑むと、ミッドナイトは背を向けて印刷室の方へ歩いて行く。
職員室を出て暗い廊下を歩きながら取り出したスマートフォンの画面の眩しさに目を細める。光量を調整してからオールマイトに今から帰るとメッセージを送った。すぐに返信が飛んで来る。
部屋に来ない?と誘うそれに下心は見え見えだ。なのに抗いようのない力がある。
あの指が指先に乗せたとろりとしたクリームをどんな仕草で塗り込むのか。
指遣いを想像しただけで触れてもいないのにじんと疼き出す胸に服の上からそっと触れて、絆創膏の縁に沿ってなぞる。
外の寒さに白く染まって甘く溢れた吐息にもう引き返せない道に足を踏み入れたことを理解して、相澤は自分の意思で足早にオールマイトの部屋へ向かった。