どうかこの声を聞いて【オル相】「……今日という今日ははっきり言わせて貰いますが」
相澤は前置きをした上で、オールマイトにゆらりと詰め寄った。
「な、なんだい」
寮に帰る道すがら、消灯時間はとっくの昔に過ぎていて外を歩く人影はない。背にした校舎も全ての窓の明かりは消えていて、今二人を照らすのは街灯のみだ。
その、街灯と街灯のちょうど狭間。
一番暗く表情の読み取りにくい位置で足を止めた相澤に釣られて一歩先で立ち止まったオールマイトは、向けた視線の先の相澤の表情の険しさにぎゅっと心臓を掴まれた。
「どんなお説教かな……」
視線を泳がせ気持ちだけ逃げるオールマイトの前で相澤は目を細める。
「いい加減、返事貰えませんか」
その言葉を聞いてオールマイトは反射的に目を閉じた。触れたくない話題ナンバーワンがそれだ。ずっとのらりくらりと躱していたのにこんな逃げようのない状況で相澤が詰め寄って来るとは想定外だった。
「そ、そのことなら」
「別にあんたが俺のこと好きじゃなくてもいいんです。強制してるわけじゃない。付き合えないならそう言えばいい。なんでイエスもノーも言わないんです?それは大人として卑怯じゃないですか?」
相澤が正論で殴って来る。全てがごもっともで、その通りですと項垂れたい気持ちでいっぱいだ。
「そう、なんだ、けど」
詰め寄る相澤の勢いを止めたくて、捕縛布の上から肩に触れた。何故止めるのかと振り解こうとする相澤の手がオールマイトの手首に乗った。頼むから少し抑えてくれという願いが伝わったのか、しばしの均衡の後ふと此方に向かう力が緩む。
「……なんでさっさと終わらせてくれないんです」
悔しさと悲しさを混ぜて、絶望でコーティングした相澤の声にオールマイトは奥歯を噛み締める。
「それは」
「面白がってんですか。俺の気持ちなんて、あんたにとっちゃ応えるに値しないどうでもいいものですか」
「そんなわけないだろ」
「なら」
涙に濡れた目がオールマイトを睨み上げる。
さっさと引導を渡せと迫る。
「……私、嘘は吐けないんだ」
真摯に、答えた。
それが何を意味するか、相澤はオールマイトと合わせた視線を逸らすことなく言葉の裏を、真意を読み取ろうと瞳の奥へ探って来る。
嘘などない。隠すものもない。
告白を断らない、断れない。
嘘は吐けない。ここにあるのは言えない事実だけだ。
相澤の表情がほんの僅か、歪んだ。
「……それが、あんたの、答えだと?」
「君の言う通り私は卑怯者だよ。君に何も言えないのに、どうにかして君を留めておこうとしている。君の気持ちを貰っておきながら、何も返せない私は」
相澤の手が不意に持ち上がり、オールマイトの垂れた前髪を掴んで引き下ろす。
「っ?!」
言葉を途中で遮られ、息を呑んだオールマイトの唇にかさかさの肌が触れて離れた。
「……」
相澤が髪から手を離す。自然と持ち上がる上背の視界に、むくれた相澤が唇を手の甲で拭う仕草を見る。
「あい」
「今のは出世払いの利子と腹いせでやらせてもらいました」
オールマイトの横を相澤が先に歩き出す。
「あんたの事情は知りません。望みがあるなら俺は待つだけです」
顔も見ずにそう早口で呟く頃にはもう背中しか見えなかった。
「あいざわくん」
か細いオールマイトの呼びかけは相澤の足を止めるに至らない。
追いかけて何を言えばいいのだろう。
その答えは知っている。
ただ一言で全ては丸く収まる。
でも考えるべきことが多過ぎて、恋人なんかにうつつを抜かしている暇はなくて、それよりも守らなければならないものが世界には溢れている。
自分の恋心を押し殺して、そのくせ嘘は吐けなくて、相澤の幸せを願うなら君のことは好きじゃないと言えばいいだけなのにその一言が絶対に言えない。
相澤はオールマイトの気持ちに気付いた。その上で待つと言った。
もう、潮時なのかもしれない。
「……君が、好きなんだ」
誰も聞いていない独り言は秋風に攫われる。
無意識に意識的に他人のためだけに生きてきた自分が、もし自分のためにこの手に望みを掴むことを許されるなら。
去り際の相澤の、垣間見えた赤らんだ目元を思い出せば、足は勝手に走り出す。
闇の中に見えなくなった相澤の後姿を追って、オールマイトは必死に石畳を蹴った。