……人間が自然の理に反し、あらゆるものを汚し、破壊したために自然界の怒りを買い、このままでは高天原も中ツ国も共に滅んでしまう。……人間と言う種、それ自体が絶滅してしまう。それを防ぐには、五つの勾玉を集め、自然の怒りの中心でどうにか世界を維持している、天照のもとに向かう必要がある。
王都である、神王宮の城下町で、風の精霊はゲンにそう告げた。
あまりに容赦のない現実。現実感のない絶望。脳裏を、走馬灯のように大切なひとたちが過っていく。
どくん。どくん。……いやに、鼓動が大きく響いた。
滅ぶ。……死ぬ?みんな、消えてしまう?
親しい友人も、家族も、仕事で関わった人たちも、…………も?
……どくん。
一際大きな鼓動に、心臓が凍りついたような錯覚を覚える。
いやだ。そんなのは耐えられない。わるい夢のようだ。たすけて。
「 そしたら、……言う通り、勾玉を集めて天照のところに向かえば、……そうすれば、高天原も中ツ国も助かるの?本当に?」
たすけて。
「 ……きっとだね!?そうすれば、みんなも……っ、千空ちゃ…… 」
たすけて。死なせないで。誰か、大丈夫だって、言って。
溢れ出す感情を堰き止められず、息をすることすら忘れて捲したてるゲンの背から、力強い腕が回されて。
背後から包み込むように、抱きすくめられる。伝わるあたたかさに、ようやく呼吸が出来る気がした。
「 たすかるんだろ 」
反駁を許さない、強い口調で。
そう言って千空は目の前の精霊を睨みつける。
「 ……たすかるって、いえよ……!!
じゃねぇと、フェアじゃねぇだろうが。何でもかんでもこいつに押し付けんな」
ふつふつと怒りが垣間見えるような、低く重い声と同時に、抱きしめる腕に力がこもった。その言葉に、声に。堰が切れたように、ぼろぼろと涙が溢れる。目の前の精霊は、千空の顔を見た瞬間、なぜかひどく青褪めて。
……何事かを小さく呟くと、姿を消した。
城下町を包んでいた有毒な大気を、一時的にでも払ったことで、ゲンは改めて奇跡をもたらす存在として認知されることとなった。
歓声を上げ、群がってくる人の群れを避けるように、千空はつい、と身を離す。
─── ……たすかるんだろ。
─── ……たすかるって言えよ。
そう、精霊に突きつけた声に。包み込んでくれた温度に。
とくん。とくん。
胸が、高鳴る。……あたたかくなる。
その背中を見送りながら、ゲンはまた、泣きそうになった。
数日後、買い物から戻ると手持ち無沙汰に神官が部屋を片付けていた。
クロムが何でも持ち帰ってしまうため、収納に手を焼いているようだ。
「 ……あれ?千ちゃん、千空ちゃんは?」
そこに千空の姿が見当たらないことに気づき、問いかけると、知らねぇ、どっか行った
と淡白な答えが返される。
「 まあでも、居心地悪りぃのはわかる気すんぜ。……俺たちの中で、勾玉持ってねぇのアイツだけだもんな」
クロムの言葉に、一瞬、その場がしんと静まり返った。
空気を切り替えようとしたところで、扉を叩く音がして。
神王宮からの使いと名乗る男が、供を引き連れて入ってきた。
伝説の地平の少女(ホル・アクティ)が城下に現れたとの噂を聞き、城主であるイバラより賓客として招待したいとの申出だ。
……出来れば、関わりを持ちたくない。
断ろうと切り出しかけたところで、神官に肩を掴まれた。
「 ……招待だ賓客だと耳触りのいいこと言ってやがるが、詰まるところ脅迫だ。断れば何をされるかわからねぇ」
そこで、一拍置いて。
「 だが逆に、野郎の懐に入り込むチャンスでもある。……ふいにするには惜しい」
そう耳打ちされて、ゲンは頷く。
そうだ、今は情報が欲しい。荒廃の元凶と目されるイバラの元から引き出せる情報ならば、値千金だろう。
「 ……わかりました。では、彼らも共に。彼らは私の天つ神。共にもてなしていただけるのであれば、伺いましょう」
そう答えると、使いの男は手際良く即座に移動手段を確保した。
中ツ国で言う、ヘリのような乗り物。
「 あと一人、連れがまだ戻っておりません。……お待ちいただきたいのですが」
「 心配ありません。……そのかたには、あとから来ていただけるようお伝えしましょう」
卒なくそう返されて、促されるままに空遊機で神王宮へと向かうことになった。
城に着くと、シェルターに覆われた象牙の城とその周りだけが澄んだ空気に満たされていて。逆に胸が悪くなる。
……ここが、神王宮。
諸悪の根源と目される、宰相イバラが牛耳る城。
入口で、一度振り向いて。
千空が来ていないか、気配を探る。
けれど、彼の気配は杳として追えなくて。
一刻も早い合流を望みながら、城内に足を踏み入れた。
その頃、当の千空は城壁内部に潜んでいた。本来ならば、二度と近づきたくなかった場所。けれど、情報の密度も濃度も。
ここを超える場所は、少なくとも王都の中にはない。……ゲンの望みを叶えるためには、どうしても情報が必要だ。
忍び込んだ先で、不意に気配を感じ。
剣の鞘をはらった。
「 誰だ⁉︎ 」
振り下ろそうとした刃の先には知った顔があった。イバラの腰巾着、八代だ。
……なんだか胸騒ぎがする。
この男がこの場にいると言うことは、まさか。
「 ……アイツらをどうした?」
「 はて?アイツらとは?」
「 惚けんな。……地平の少女とその一行だ」
「 イバラ様の命令で、神王宮へお招きしました」
言葉に、千空は目を瞠る。……よりによって。
「 ……テメーら、何が目的だ」
殺意さえ込めて睨みやると、八代は身をすくませる。
「 …………じゅ、十九号っ 」
「 俺を番号で呼ぶんじゃねぇ」
射殺しそうな千空の視線に、一拍置いて。
「 イバラ様が莫大な賞金までかけて、あなたを探しておいでです。……あの少女の身が心配なら、神王宮へ来ることです……!」
突き付けられた言葉に、千空は苦い表情で空を仰いだ。
「 ……ようこそ、みなさん。我が神王宮へ」
大広間に通されて、奥の玉座に視線を向けると、狡猾そうな面差しの男がにこやかに相好を崩した。
……おそらく、この男が宰相のイバラだろう。
「 ようこそ、地平の少女。お待ちしておりました」
あ、やっぱり少女に見えてるんだ。
なんだか久しぶりのリアクションに、この世界の神の性癖を疑ってしまう。
ふいに、重い扉が開いて。
大勢の女官たちが、恭しく頭を下げて料理を運び込んできた。
「 イバラ様、お食事の支度が整いました」
年嵩の女官の言葉に頷いて、イバラは配膳の指示を出す。
「 さあ、みなさん、自分の家だと思ってくつろいでください。食事も……そうだ。
部屋も用意させましょう。
どうぞ好きなだけここにいてください!」
わざとらしいくらいに好々爺然と振る舞うイバラに、冷めた視線を向けた。
……城下はあんなことになっていると言うのに。けれど、情報を引き出すためには懐柔も必要だ。愛想笑いを浮かべていると、ふと。
神官の背後で配膳をしていた少女が手を滑らせた。
ガシャン!!と高い音を立てて、水晶硝子の器が砕け、中の液体が飛散する。
「 ……大丈夫か?」
そばにいた神官は、少女の脇に膝をついて、怪我がないか検分した。
「 ……ご、ごめんなさい」
少女は恥じ入ったように俯く。そこに、激昂したイバラが畳み掛けてきた。
「 貴様、よくも王宮を汚すような真似を!それにその食器は貴様の給金の何百倍もの値打ちがあるんだぞ!」
頭上からあるじに叱り飛ばされて、少女は震えるように身を縮める。
「 ……すみません 」
「 コイツは当分食事抜きだ!いいな!!」
あまりに厳しい沙汰に、神官は秀麗な眉を顰めた。
「 ……それは、ちぃっとやりすぎじゃねぇのか、オッサン?」
低く凄みのある声でイバラに詰め寄ろうとする神官の腕を引いて、少女は首を横に振った。
「 いいの!逆らっちゃダメ!!」
あるじさまは、こわいひと。唇の動きだけで、そう伝えて。
少女はふわりとほほえむ。
「 でも、ありがとう……!」
なんだか、とてもよく知っているような。
芯が強くて、やわらかな笑顔。
「 ……神官様、お名前をうかがっても?」
恩人の名前を覚えておきたいの。
そう添えられて、神官はペールグリーンの髪を掻き上げながら、千空、と名乗った。
「 ……せんくう……、千空様、……千空さん、……うーん……千空ちゃん!お仕事の時はきちんとするから、こっそりそう呼んでいい?」
本来なら、出会ったばかりの相手に。しかも、大切な幼馴染にしか許したことのない名で呼ばれたら、不快でしかないはずなのに。
……なぜか、不思議とそんな気持ちにならなかった。
「 あ"ぁ。好きにしろ」
神官の言葉に、少女はパッと表情を輝かせて。割れた食器の後始末を終えると、一礼して他の女官たちと共に退出した。
「 ……イバラどのに伺いたいことがある」
宴席に着いて、食事を終えたあと。
タイミングを見計らって、神官が慎重に口火を切る。
「 なんだね?」
「 この世界の異変は、天照様がお隠れになったことが原因と伝え聞いている。……貴方ほどの方なら、天照様の行方をご存知なのではないかと…… 」
イバラは口元を軽く拭うと、一瞬、探るような目をこちらに向けた。
そして、何事もなかったかのように応えを紡ぐ。
「 ……残念ながらわからん」
そこで、一拍置いて。
「 わたしも妹の身を案じて、夜も眠れない日々を送っているのだが…… 」
思いがけず明かされた、衝撃の事実にゲンたち一行は顔色を変える。
……この男が。諸悪の根源とされる、宰相イバラが、天照の実兄。
戸惑う一向に、イバラは噛んで含めるように説明を添えた。
「 左様。天照はわたしの妹。下々にはそれと知らぬ者も多いが、高天原の最高位たるわが神王家は、代々、男子が宰相として国を治め、女子が巫女となって祖先を含め人民を守る役目を果たすのだ」
「 ……その妹の行方がわからぬ今……わたしが妹のぶんまで高天原を守っていかねばならないのでね 」
せっかく賓客としてお招きしたというのに、碌なもてなしが出来ず申し訳ない。
そう告げられて。
情報を咀嚼する間、互いの思惑を探り合う。
「 ……貴重なお話いたみいる。こちらでも色々情報を整理したいのだが、書庫を拝見しても?」
神官が切り出すと、イバラは鷹揚に頷いた。
「 いいとも。……王宮の中は自由に歩かれるがよい」
「 イバラどののご厚情、感謝する」
神官は恭しく一礼すると、宴席を辞去した。
そのあとに、一行も従う。
「 まあ!おかわいらしい」
通された部屋で、ゲンは女官たちの着せ替え人形になっていた。
いいのかな〜、みんなには小さい女の子に見えてても、俺一応まもなく成人の男の子なんだけどなあ。
複雑な心境で、それでも無碍にできず着せ替えに付き合う。
触れただけで高直なものだとわかる、すべらかできらびやかな着衣。
花や宝石で飾られて、ほんのり薄づきの化粧までされて。
高天原の住民には、おそらく花のような美少女に見えているのだろう。……胡散臭い顔のヒョロガリ男が本体で、メンゴね、ジーマーで。
絶対、この仕組み考えた神様ってすさまじく性癖歪んでる。
「 とってもよくお似合いですわ!」
「 ルーナ様のお衣装と、サイズが同じで何よりです!」
はしゃぐ女官たちに、曖昧な笑みを向ける。
……ルーナ様って誰だろう。
「 では、わたくしたちはこれで」
「 何かご用があれば、いつでもお呼びください」
女官たちはそう言って笑顔で一礼すると、部屋を出て行った。
上等な絹を潤沢に使った、華やかなドレスを身に纏った自分の姿を想像した直後に、なぜこれが想い人の幻ではないのかと責めるような神官の眼差しを想像して、溜息をついてしまう。
「 千ちゃんのためにも、早く幻ちゃん見つけないとなぁ……うう……千空ちゃんと同じ顔で睨まれるの、ゴイスー怖い…… 」
地平の少女という触れ込みなのに、なぜ自分の恋人ではなくゲンがその立場にいて、……いや、それはともかくとしてなぜ自分の恋人はこの場にいないのか。さっさと探せとせっつかれるたび、心臓が縮み上がりそうになる。けれど、それだけ彼女にとって、幼馴染の少女は大切な存在なのだ。
「 ……なんで『高天原の民には少女の姿に見える』なんて無茶振りしてまで、俺かなぁ……。幻ちゃんの方が条件に合ってるんだから、幻ちゃんが選ばれた方がよかったよねぇ、ジーマーで」
ふと、鏡に映った姿を見て。
……千空なら、こんな時なんと言うのだろうと想像した。
── ……ククク、何だそりゃ。仮装大会かよ。さっさと着替えて帰んぞ。
その声を思い浮かべると、ひどく心細くなって。こつんと窓ガラスに額をぶつける。
「 あとから来るように伝えるって言ってたけど、大丈夫かなあ、千空ちゃん…… 」
そうつぶやいた直後に、バサバサと軽やかな羽根の音がして。
金の髪の少女がストンと部屋に降り立った。
「 わあ!ゲン、とってもキレイなんだよ!」
「 ふふ、ありがと、スイカちゃん。……でも、こう言うのはきっと、スイカちゃんの方が似合うよ」
そう言って、髪に挿した花を一房取って。
そっとスイカの髪に挿してやる。
金色の髪に、薄いピンクの花飾りがよく映えた。
「 ほら、やっぱり。スイカちゃんの方が、ずっとかわいい」
微笑みかけると、スイカはもじもじと頬を染める。
「 で、でも、ゲンすごくキレイなんだよ!千空がいたら、きっと千空もそう思うんだよ!」
スイカの言葉に、ゲンはまたわらって。
それには応えないまま、優しくスイカの頭を撫でた。
……コツン、コツン。
薄暗い回廊を、神官はランプを手に進む。
「 ……ええと、書庫は………… 」
どこまでも同じ景色の繰り返しで。
どうやら迷ってしまったらしい。
何やら紋様の刻まれた石の壁を発見して、足を止める。
「 ……これか?」
その壁に手を伸ばしかけたところで、ふいに。背後から肩を掴まれた。
「 ──……それ以上、進んじゃダメよ! 」
「 !」
強い声に、弾かれたように振り返る。
「 ……テメーは………… 」
「 ……あ!千空ちゃん!」
先ほど配膳に来ていた少女の姿を視界に捉えたのと同時に、親しげに名を呼ばれた。
「 どうしたの?こんなところで。……この部屋には、近づいちゃダメ。いつも、ひどく叱られるの」
「 ほーん……何の部屋なんだ?」
あまりに強い口調で言われて、逆に興味が湧いてしまう。問いかけに、少女はふるふると首を横に振った。
「 知らない。……それに、その扉は絶対開かないの。
押しても引いても、びくともしなくて」
ということは、すでに試したのだろう。思ったより、行動力がある。
改めて顔を見合わせたところで、ふいに首から提げた勾玉が熱を持って輝いた。
あたりが一面、眩しい光に覆われて。
「 え……!?」
それが収まって目を開けると、それまでそこにあった扉、それ自体が消滅していた。
「 ……扉が消えてる。……テメー、今なにし……うわ!」
振り返った拍子に、床石の隙間に足を取られて。神官は少女もろとも、派手に石の床に倒れ込んだ。
どうにか、下敷きにはせずに済んだようで。
さらりと長い髪が、顔の前を掠める。
「 あ!……あーあ、髪の毛解けちゃった。ごめんね下敷きにしちゃって」
そう言いながら、しげしげとこちらを眺めて。もう片方の髪も解いてきた。
「 千空ちゃん、髪解いてた方がいいよ。……こっちのが、断然カッコいい」
「 ……解くとちぃっと紛らわしいんでな。……と、灯りどこだ?」
薄暗い部屋を見回すと、床に敷かれた魔方陣に気付く。……なんだこれ。
検分するように覗き込んだ瞬間、魔方陣から暴風が捲き上がった。
方陣が、強い光を放つ。
眩しさに目を細めながら視線を上げると、少女の胸の前で青い勾玉が光っていた。
「 テメー……それは……天つ神の勾玉、か……?」
咄嗟に、自分の首から提がっているものと見比べる。……どう見ても、同じものだ。
少女はしばらく目を見開いて硬直していたが、ややして、快活そうな瞳に光が戻った。
「 ……………… 」
記憶を手繰るように、一瞬思索に沈んで。
それから、パッと顔を輝かせた。
「 ……千空ちゃん……!」
どうしたの?なんでここにいるの?なんで男の子なの?
と一息に捲し立てられて、流石に面喰らってしまう。
─── ……え?
「 えっ!?ひょっとしてわかんない?俺だよ千空ちゃん!千空ちゃんの幼馴染の、浅霧幻!」
えっと……石神さんじゃなくて千空ちゃんだよね?
ダメ押しのように問いかけられて、もう迷う余地はなかった。
「 ……ゲン。やっと、会えた……!」
感極まって抱きしめると、華奢な腕が抱き返してくる。自分がいるなら、必ず幻もいるはずだ。そう疑わなかったけれど。
探そうにもこの世界は広く、勝手がわからない。しかも、神官として授けられた神通力のひとつである水鏡は、あちらのゲンのため以外の……私的目的での使用に関しては能力が制限されているようで、自分で思うように探せないのがもどかしかった。
けれど、そんなのはもういい。無事にまた会えた。それだけでいい。
そこで、はたと。
「 ……待て。つうことは、あのジジィ、俺のゲンにあんな態度取りやがったのか。……やっぱり殺す」
「 千空ちゃん千空ちゃん、ステイ!」
逆上した恋人を、満面の笑顔で幻は制止した。
「 とりあえず石神さんたちと合流しよ!……あ、そうだ!あとねぇ」
「 うん?」
「 千空ちゃんは男の子になっても、ジーマーでゴイスーかっこいいね♡」
にこにこしながら告げられた言葉に、笑みを刷いて。神官はくしゃくしゃと銀の髪を撫でた。
「 あ"ぁ。……とりま、神の野郎とっ捕まえたら、まずテメーの外見元に戻させるわ」
「 外見?」
「 髪が白くなってんの、こっちの仕様じゃねぇのか?」
「 あ!……そっかそっかメンゴ!あの頭だと目立ちすぎるから定期的に染めてるの。……でも、千空ちゃんと合流出来たから。あとで染料落としてくるね!」
「 おう。……髪、長ぇのも悪くねぇな」
言葉と同時に、長い指が髪を梳く。
「 お互い、なんか一粒で二度美味しい感じだよね♬帰ったら伸ばそうかな」
「 今のままでも、長くても、テメーが一番かわいいコトに変わりねぇし。俺はどっちでも歓迎だぜ?」
言葉に、幻は頬を染めて。
「 ……すぐそーゆーこと言うんだから」
困ったように、くるり踵を返した。
「 あ、この勾玉、灯りの代わりになりそう。ちょうどよかったね、千空ちゃん」
勾玉の光で辺りを照らしながら振り返ると、それまでは薄暗くて見えなかった、部屋の全体像が照らし出される。
中心には、モスクを思わせる背の高い廟があり、周囲の壁面はぐるりと掛け軸のようなもので囲まれていた。
「 ……千空ちゃん、これ、なんだろ…… 」
ただならぬ雰囲気に、幻の声が緊張を帯びる。それをしっかりと抱き寄せて、神官はそこに記された文字に目を走らせた。
……何だか眠れなくて。
夜の回廊を散策していると、がさりと植え込みが揺れて。
その影から、待ちわびていた姿が現れた。
「 千空ちゃん……!」
声に気づいたのか、怜悧な視線がこちらに向けられて、ふぅっとやわらかくなる。
なんだかほっとしているように見えた。
「 せん…… 」
「 久しぶりだな」
改めて呼びかけようとしたところで、その声はねっとりとした男の声に遮られる。
弾かれたように、千空は声の方角を振り返った。遠くに見えるのは、背の高い人影。
「 十九号」
……そう、あれはイバラだ。
千空と知り合いだったのだろうか。
そう思いながら、息を詰めて様子を視線で追った。
「 八代から聞いて驚いた。……ずっと、探していたのだぞ」
イバラの言葉に、千空の表情がだんだん険しくなる。
「 ……かならず、ここにもどってくると信じていた────……!」
……え。ということは、もともと千空はここにいたのだろうか。つまり、この街に来た時に千空が会いたくないと言っていたのは、この男のことなのだろうか。
どうにも気になって。
気配を悟られないぎりぎりの位置で、聞き耳を立てた。
「 あれはたしか、お前が六歳のとき……なぜこの神王宮から逃げ出したのだ?
なに不自由なく育ててやった私を置いて…… 」
「 ────……なぜ?」
「 そりゃ、こっちが聞きてぇもんだな。テメーにとって、俺は何だった?なんで、俺は"十九号”だったんだ」
そこで、ひと息ついて。
千空は燃え立つような目で、イバラを睨み据えた。
「 なんであの頃、俺には"名前”がなかったんだ……!」
※ ※
「 ……千空ちゃん」
周りを取り囲む、経文のような掛け軸の山に、幻は訝しげに周囲を見回した。
「 なにかびっしり書いてる……読める?」
促されて、ミミズののたくったような字を視線でたどる。
「 ……あ"〜……『 高天の原に神々の黄昏訪れし時、地平線の少女、五つの宝珠とともに昼と夜の間に降り立つなり』…… 」
「 なあんだ、それならジーマーで、耳にタコできるくらい聞いたことあるよ。この国に伝わるおとぎばなし。……聖獣を従えた伝説の少女が、世界を救ってくれるんでしょ?」
「 今回男だけどな。……浅霧が伝説の少女でこの国の連中にはキッチリ女子に見えてんだと。この国の神、性癖やべぇ」
「 えっ浅霧さんて浅霧さん?あの?それは……バイヤー……本人ゴイスー困ってそう」
「 ジーマーでバイヤーな感じになってて面白ぇからあとで見てやれよ。……と、なんだこれ続きがあんのか」
文字を辿っていくと、これまで伝説として聞かされていた内容と異なる展開が記されていることに気づいた。
「 ほーん……誰も知らねぇ、もうひとつの終末伝説か」
そこで一度言葉を切って。にやりと秀麗な口元を歪める。
「 ……唆るじゃねぇか」