……何がどうしてこんな状況になっているのだろう。気がつくと、ラボの壁際に追い詰められていた。いわゆる壁ドン状態だ。
目の前には千空がいて。
いつも理知的な光を宿している目が、あかく。どこか熱っぽく、まっすぐゲンの姿を捉えていた。
徐々に詰まる距離に、意外と積極的な態度に。すっかり混乱してしまって、手のひらで軽く押し返すジェスチャーをする。
「 千空ちゃん!ちょっと待って」
「 あ"ぁ?」
言葉に、千空は怪訝な顔をした。……それはそうだろう。きっと、もう。
彼はこちらの気持ちに気づいているのだろうから。こちらからぐいぐい距離を詰めておきながら、逆の立場では及び腰になってしまうなんて、カッコ悪いにもほどがあるけれど。
……あの顔面がいきなり至近距離に来たら、端正すぎて呼吸が止まりそうになるし。
私的な場で、あの声を至近距離で聴いたりしたら腰が砕けてしまう。
ちょっと待ってほしい。
「 こ、心の準備が…… 」
ようやく、赤い顔で視線を逸らしながらそれだけ捻り出した。
千空は、少し考えるように黙ったあと。
そっと二人の間を遮る手を取って、てのひらと、次いで手首に触れるだけのキスをした。
肌に触れた感触が千空のくちびるだと認識した瞬間、石のようにぴしりと固まってしまう。鼓動が、急激に速くなって。
うるさくてほかになにもきこえない。
顔が熱い。じっとりと、耳の後ろに汗が滲んできて。毛細血管の隅々まで、凄まじい勢いで血流が巡っている感覚があった。
なにいまの。なにいまの。なにいまの。
わかんないわかんないわかんない。
混乱のまま、よろめいてドン、と背後の壁にぶつかる。
その壊れっぷりに、自分の行動を思い返して恥ずかしくなってきたのか。
千空の側も、耳まで真っ赤になって顔を覆った。
「 あ"〜〜〜〜……忘れろ」
これが恋愛脳ってやつかしょうもねぇ……と苦い口調で呟く千空の声に、なんだか微笑ましくなって。茹で蛸のような顔でわらうと、一拍置いて、千空もひでーツラ、と笑い返してくれた。