……今でも、時折思い出す。
失われていく感覚。
目の前で。手が届いたはずの距離で。
それから衝撃があって。
とても、あつくて。
その直後から、急速に温度が失われて。
カラダが重くなって。
意識が、途絶えていく感覚。
最後に目にしたのは、薬品やクラフトで荒れた、ゴツゴツした指先。
いつも温度を分け与えてくれた、あたたかい手。
……いやだ。
( 大丈夫。カレは嘘をつかない)
いやだ。
( いつだって、約束は守ってくれた)
いやだ。
( だから今度も、きっと目覚めて一番に目にするのは、カレの皮肉げな笑顔)
いやだ。
……千空ちゃんを、ひとりにするのはいやだ。どうして、いつも君ばかり。
ああ、でも。
ごめん、もうさむくて、カラダが動かない。
※ ※
「 ……、い、おい…… 」
声がする。どこか心配そうな、やさしい声。
動けずにいると、おおきな手が身体を揺さぶった。
「 おい!」
荒げられた声に、驚いて目を開ける。
目の前には、篝火のような、あたたかいあかい双眸があって、心配げにこちらを覗き込んでいた。
「 ……うなされてた。大丈夫か?……何か、飲むか?」
どことなく安堵を滲ませた声と、その姿に。感情の堰が切れる。
すうっと全身から熱が引いて。ひどく、寒くなって。震えが止まらなくなる。
大丈夫。大丈夫だ。大丈夫。
あれは夢。ただの夢。
スイカと千空が、ただの悪い夢にしてくれたのだ。だから。
そう、感情を整理しようとするのに制御出来ない。こわい。こわい。こわい。
自分でコントロール出来ない感情が、こわい。縋るように手を伸ばすと、触れる前に強く抱きしめられた。
髪を、あたまを、背を。
おおきな手がなでてくれる。
「 ……大丈夫。大丈夫だ」
呼吸が荒くなる。うまく、息ができない。
「 大丈夫だ。……もう、終わったんだ。テメーが不安に思うことは何もねぇ。だから」
ぬくもりに、ぼたぼたと涙があふれてくる。
止まらない。止められない。
抱きしめたまま、頬に手を添えられて。
呼吸を補助するように何度もくちづけられる。
「 だから、もう感情を抑えなくていい。全部、吐き出していい。大丈夫だ。
……失望なんか、しねぇ」
重なったくちびるが、コトバを刻む。
やさしくて、あたたかくて。ずっと、互いに告げられなかったコトバ。
新しいセカイで、ようやく交わしたコトバ。
「 ……好きだ。俺は、ここにいる。テメーのそばに。……だからもう、大丈夫なんだ。
……ゲン」
このうえなくやさしい声で、この世でいちばんいとしい音を紡ぐように。
そう呼んで、千空はまたくちびるを重ねた。
あたまを撫でてくれるてのひらも。髪を梳いてくれるゆびさきも。
抱きしめてくれる腕も。支えてくれる胸も。
ひどくあたたかくて、だんだん瞼が重くなる。そのぬくもりに溶け込むように、身体を預けて。……彼はまた、目を閉じた。
もう、夢は見なかった。
ただやわらかな温度だけが、そばにあって。
ようやく、呼吸ができる気がした。
すうすうと規則的な呼吸音がし始めたのを確かめて。
……千空はそっと、眠るゲンの額にくちびるを落とした。