千ゲクリスマスネタ ……最近、冷え込みが厳しくなってきたなあ。
このあたりはもともと、特に豪雪地帯ではなかったはずだが、やはり四千年近く経つと気候も変動してしまうのだろう。
もこもこの袖に両の手をすっぽりしまって、足早に歩を進める。
「 ……それにしても、こんな時間に千空ちゃんの用事ってなんだろう?」
また何か、ドイヒー作業だろうか。
けれど冬備えには色々必要だし、そこは仕方ないのだろう。
千空が作ったストーブのおかげで、幸い屋内は暖かい。
とはいえ、出来ればお手柔らかにお願いしたいところだが、さて。
あちこちに思索を巡らせながら、少し歩いて。ラボの前に着いた。
「 あれっ?千空なら天文台の方だぜ?」
顔を見るなりそう告げるクロムに、あちゃ〜、と苦笑する。
「 ありがとクロムちゃん。行ってみる」
一礼すると、踵を返して、天文台に向かった。
空を見上げると、降ってきそうな星空。
ああ、これでは天文台は納得だ。
きっと、千の空を見上げ、星に手を伸ばすあのこは今頃、夜の帳に目を凝らしているのだろう。
天文台に着くと、千空の思惟を妨げないように、気配を最小限に絞りながら梯子を上った。
「 ……あ"ぁ。来たのか、メンタリスト」
にもかかわらず、あっという間に気配を悟られてしまう。
なぜなのかは、よくわからない。
「 お呼びだって聞いたからね〜。……うん、それで今日はどんなドイヒー作業のお呼び立て?」
「 あ"ぁ?」
軽い口調で問いかけると、千空が怪訝そうに眉を顰めた。
「 誰も、んなこと言ってねぇぞ?……それとも、ゲン先生はなんかドイヒー作業やりてぇのかよ?」
ククク、と意地悪く笑われて心配になる。
「 えっ⁉︎ いや、俺はドイヒー作業は、当分いいかな〜。……えっと、じゃあ今日はどうしたの?」
改めて問うと、手招きされて。
つい、と目の前に耐熱ガラス製のグラスが差し出される。りんごとシナモンの香りが、湯気に混じって鼻腔をくすぐった。
「 とりあえずそれ飲め。……今日はいつもより冷えるしな」
わざわざ、こんな小洒落た飲み物を用意してくれるなんて、どう言う風の吹き回しなんだろう。……いや、深い意味などないのかもしれない。
寒い中訪れた、自分に対する労いと配慮。
おそらく、そんなところなのだろう。
……千空ちゃんは、ほんと、優しいね。
受け取ったグラスで両手をあたためながら、中身に口をつける。
すり下ろしたりんごと、ぴりりと香る肉桂(シナモン)、仄かに生姜。ポカポカとあたたまる組み合わせだ。
しかし、この味はもっと、馴染みのある…………。
「 えっ、コレってもしかして、コーラ?」
「 あ"ぁ。……ホットコーラだ。欧米じゃ割とポピュラーな飲み物だぜ」
日本じゃ、いまいち馴染みがなかったがな。
そう言って、冷めないうちに飲むよう、視線で促した。
それを受けて、ふーふーと冷ましながら、手の中のコーラを飲み切る。
……確か、欧米じゃ風邪予防に飲むんだっけ。そう、思い当たったところで。
そう言う意図で、千空がこれを作ってくれたことに気づいた。
「 ありがとう、千空ちゃん。……ゴイスーあったまった。ジーマーで」
「 そりゃ良かった。……そっちは、ついでだからな」
そう言って、千空はもう一度手招きをする。
望遠鏡の側まで行くと、隣にスペースを空けてくれた。
「 ……よ〜く見てろよ」
念を押されて、夜の帳にじっと目を凝らす。
「 時間だ」
先生がそう告げた瞬間、小高い丘の上に、きらきらと。
地上の星々が生まれた。
……そうか、あの場所は。
ゲンが合流した最初の年に千空が作った、クリスマスツリーのある場所だ。
「 あ〜〜、そっか、もしかして今日って……クリスマスか」
「 あ"ぁ。偶然にもな。……電飾は、……アドベントっつったか。チビどもが毎日飾り付けしてたらしいぜ」
「 そっかあー、偶然だね!……うん、でも偶然千空ちゃんが呼び出してくれたおかげで、見られてうれしいよ♬」
白々しいゲンの態度に、少しだけ目の縁を赤くして。千空はふいと顔を逸らした。
その体勢のまま。
「 おい、ゲン。……手ぇ出せ」
そんなことを言われて、なあに?と両手をお椀型にして差し出した。
その手のひらに、ことんと小箱が置かれた。
「 やる。……一年間お疲れさんの、……まあ、感謝の証とか思っとけ」
「 ええええ⁉︎ ジーマーで ⁉︎ もらっていいの?開けちゃうよ ⁉︎ 」
衝撃のあまり、しつこく問いかけると、千空はさっさとしやがれと辟易した様子だ。
……箱を開けると、爪切りとヤスリ、小型の鋏やピンセット、それに加えて小さな瓶がいくつか入っていた。
「 コレって……ネイルケアセット?」
「 おう。テメーはいっつも、手、キレイにしてたかんな。……使えそうなら使え」
俺の用はそんだけだ。
そっけなく振る舞っているが、そんな気持ちがうれしくて。
満面の笑みを浮かべてしまう。
「 ありがと千空ちゃん!ゴイスーうれしい!」
そうかよ、そりゃあおありがてぇな。
そっぽを向いたまま、千空がそう答えた。
早速、ささくれた指の先の甘皮の処理をして、爪を整え、ヤスリをかける。小さな瓶は、ネイルオイルとベースコートだろうか。
付属の小さな筆で、オイルを丁寧に爪に塗布した。ベースコートを塗って、乾くまで待つと、瓶の中の液体は無色であるのに、ほんのりピンク色になった。
キラキラと、細かいラメも入っている。
「 うわー……キレイだねぇ」
爪に見入っていると、どれ、と手を取られて、指先を凝視された。
「 ……あ"ぁ、やっぱこの色が一番映えるな」
そうひとりごちて。
千空はそっと、爪の先にくちづけた。
「 ……メリークリスマス 」