ヘルプミー、ヘルプユー段々と陽が落ちるのも遅くはなってきたものの、それでも二月半ばの夕暮れはすっかりと暗くなる。
寒い寒いと両手をこすりながら、駐車場に戻り、自分の愛車であるセダンを見つけて乗り込む。
「いや~、今日もマジで忙しかったなぁ……と」
愛車のシートに深く座りながら、斎藤裕彰は先ほど取材してきた内容を確認し直す。スマートフォンに録音したインタビュー音源を再生しつつ、文章校正用のソフトを立ちあげる。
今日は何か所も取材場所を巡ったし、インタビューをお願いした人たちの年代、職種もバラバラだ。しかし、それでも話題は共通していて。
「ホテルプログレスのビュッフェに、各桟デパートの限定スイーツ、簡単に作れる手作りレシピ……毎年恒例とはいえ、この時期は楽しい話題一色になるからいいよねん」
勿論、バレンタイン、である。
バレンタインに限らないことではあるが、斎藤はこういったイベント毎に関する取材をすることが好きだった。職業ごとの苦労や大変さなどを抱えながらも、どこか浮き立つ気持ちや明るい気持ちにさせてくれる力を持っている、イベントというものの力を好いていた。
とはいえ、腐れ縁のどこかの記者は在り来たりだ、とかそういったつまらないことを言うのが目に浮かぶのだけれど。
そこまでちょうど考えたところで、インタビューの音源を遮るように、メッセージの受信を告げる通知音が届いた。
「ん?」
画面上部を占有する、メッセージの簡易表示のポップアップには、送信者の名前と、簡単なメッセージ。
『たすけて むかえにきて 詩島隼人』
「えっ!?ハヤミン!?」
間が良いのか悪いのか、腐れ縁のどこかの記者、詩島隼人からの連絡であった。しかし性根が捻って捻じれている彼が、素直に助けを他者に求めているとは珍しいことこの上ない事態である。斎藤は作業を中断し、慌てて隼人に電話をかける。
電話は数コールしたのちに、繋がった。
「どうしたのハヤミン!?なんかおっかないヤツに追われてる!?」
繋がったと同時に声を掛けるが、しかし返答がない。もう一度ハヤミン、と名前を呼んでからしばらく経ったあと、うめき声とともに、電話口の相手はこう言った。
「……最近って、チョコのカクテルって流行ってんだね……」
「あ、飲んじゃったんだ」
その返答でなにもかもを納得した斎藤であった。詩島隼人という男はヘビースモーカーでこそあるものの、アルコールはてんで弱い性質である。恐らく彼も、自分と同じようにバレンタイン絡みの取材に行き、その先で気付かずにチョコのカクテルを試飲したのだろう。酔うと即座に嘔吐感や強い酩酊へと直結する彼だ、かなり憔悴しきっていることだろう。
「すぐ迎えに行くから!いまどこにいるの?」
そう尋ねれば、とある公園を告げた。外の風に当たっているそうだ。直ぐにその場所をカーナビに打ち込めば、二十分もかからずに到着できそうだった。
「おっけー☆イイコにして待っててねん」
普段なら皮肉のひとつでも帰って来そうなものだったが、おう、と弱弱しい返事がひとつだけ帰ってきて、そして通話が切れた。
「よーし、お迎えに上がっちゃおうかな」
スマホを助手席に置いて、シートベルトを締める。
エンジンをかけハンドルを握り、アクセルをゆっくり踏み込んでいく。
なぜか心が浮き立っていた。それはバレンタインというイベントという日に、自分も煽られたからかもしれないが。
「待っててね、ハヤミン!」
きっと一番は、助けてあげたい相手から助けを呼んで貰えたことなのだろう。斎藤裕彰の白いセダンは軽快に走り始めた。
ーEND-