予定は未定、不確定2月14日。バレンタインデー。
クリスマスに次ぐ、恋人のイベントとして人気の高いこの日は、逆に言うならばそう。
「---ぜんっぜん当たらねえ」
ナンパをするのに、これでもかというほど向いていない日でもある。
この後は予定がある、そんな月並みな断わり文句を残していったショートカットの女性の後ろ姿を見送ったあと、浅倉暁は悪態を吐きつつ壁に寄りかかる。そしてぼんやりとひとの賑わう通りを見やる。家族連れや友人連れ、勿論ひとりで通り過ぎていく人間もいるけれども、それでも暁にとってこのあとに予定がある、というのは羨ましいことだった。少なくとも、短い時間でも、孤独ではないということ。別に独りが耐えきれない訳でもないし、四六時中誰かといっしょにいたいなってメンヘラ染みた依存気質な訳でもない。そしてその理由の在り処を恋愛に求めている訳でも、当然ない。
だけど、ひとより上手く生きてこれなかった自覚のある暁にとって、どんな些細なことでも「絶対に行われる」と確信を持てることが、少し、羨ましく感じられた。
行きかう人混みが、やや色失せて見えだした頃、
「あはは、僕も僕も」
困ったような顔を浮かべながら、常盤要がこちらを覗きこんできた。それは一瞬、自分の考えていたことを読み取られたのかと焦ったけれど、冷静に考えれば最初の独り言に対する返事なのだろう。
「そーかよ」
そっけなく相槌を打つものの、常盤は意に介した風もなく、くるくると表情を明るく変える。
「ねえねえ、暁くん。今日って空いてるよね」
「見て分かんねえかよ」
「ふたりでなんか食べ行こうよ。あったかいものがいいよね」
僕調べるね、さっさと言うと常盤はスマートフォンを取り出して、勝手に近くの飲食店を調べ始めた。
「おいこら、勝手に決めんな」
「でもさ、今日たぶん女の子たち足も止めてくれないよ?そしたらその分外にいると寒いしさ」
「あのなあ、オレにも予定ってもん―――」
予定。
その言葉を口に出した瞬間、そして真剣に店を探す常盤の横顔をなぜか、妙に腑に落ちた。
ああ、オレはもう普通に予定ってものを持ててたのか。
「……常盤」
低く、常盤を呼ぶ。
「わっ、急に怖い声出さないでよ。…あ、ここで帰るとかなしだからね。予約ボタンもう押しちゃうから」
いつになく早口でまくしたてる常盤に対し、
「さみーから鍋が良い。んで日本酒がうめーとこな」
壁から背を離しながら、注文を付けた。
常盤は一瞬ぽかんとしたあと、
「……ふふふ、もちろん!任せといて」
嬉しそうに、整った指先をスマートフォンの画面に滑らせた。
店の予約は直ぐに取れて、一時間後の開店とともに入れるそうだ。弾んだ声で常盤が告げるのを聞いて。
「これが一時間後の『予定』ね」
本来の目的とは大きく逸れたものの、どこか楽しみという感情が湧いてしまう浅倉暁であった。
―END―