シリウス、プロキオン、ペテルギウス時刻は夕方。関東某県、のりまき支部。
支部のメインルームに併設されているプラネタリウムは、今日も変わらず満点の星空を天井へと投影している。
「はいリバース!次みれーくん!」
「えっ、えっ、いま赤持ってないよおれ」
「そしたら一枚引いて、そのまま僕の番になるかな」
美しく輝く冬の大三角形を一瞥もせず、大熊満央、二五和海、青木深鈴の三人は有名カードゲームに熱中していた。
「よし。これで全部出した」
「フッフッフ……かずみーん!ウノっていってなーい!」
「あー、しまった」
にんまりと笑いながら大熊は二五を指さし、二五は照れたように笑いながら、ペナルティ分のカードを山札から引いていく。そんなふたりのやり取りを見ながら、深鈴は妙に強張った表情で、口火を切った。
「あっ、あっ、あの、ふたりとも」
「どうしたの深鈴くん、どうかしたの?」
「あ、みれーくんもあと一枚じゃん。ウノって言お、ウノって」
きょとんとした顔で、大熊と二五は深鈴を見つめる。
「う、うのじゃなくて……うのはしてるけど……」
以前よりはましにはなったが、それでも一度に注目を集めるのはまだ慣れないのか、前髪で不器用に視線を隠しながら、言葉を一生懸命に紡いでいく。
「……えっと、ほら、きょうって、チョコが安い日だから」
「もうちょっとロマンのある言い方しよ!バレンタインデー、バレンタインデー!」
「それで、どうかしたの?あげたいひととか、もらいたいひとがいる…とか?」
ふたりの問いかけに、深鈴は頷いた。
「あげたいひとが、いて」
その一言に、きゃあきゃあと大熊は色めき立ち、二五はどこか慌てたような素振りをみせる。
「かーー、ついにか!!ついにかみれーくん!!」
「えっ、そ、そうなの。俺、それ聞いちゃっていいのかな」
「うわわわわわわいたたた」
大熊に背中をばしばしと叩かれながら、深鈴は足元の自分の鞄をごそごそと漁る。
「その、どうぞ、……えーっと、あのつまらないものですが」
「……えっ、マジ?」
「俺たち、もらっていいの」
驚いたふたりの反応を直視しないまま、深鈴は早口でまくしたてる。
「友チョコっていうの、あるって聞いて、い、いらなかったらいいんだけどごめんおれからのなんていらないですよねそうですよね」
恐らく近くのドンキで買ったのだろう、学生の身分でも手が出る、けして高価ではないチョコだ。気味悪がられたかもしれない、深鈴はその包みを慌てて鞄の中に戻そうとする。しかし、
「だーもー、ストップストップみれーくん」
「なんだか、考えてることっていっしょなんだなあって、ちょっと面白いね」
ふたりはそれを制して、お互いの鞄から似たような包みを取り出す。
チョコレートの包みを。
「ほらー、あーしからのチョコだぞー?ありがたく受け取んなー?」
「呉井支部長と月城さんの分も持ってきたから、あとでいっしょに渡しに行こうよ」
ぐい、と深鈴の胸に突き付けるように渡してくる大熊。嬉しそうな表情を浮かべ、両手で丁寧に渡してくる二五。
それらを黙って受け取りながら、深鈴は噛み締めるようにふたりに告げる。
「……ありがと」
それはチョコを受け取ってくれたことの礼でもあり、贈ってくれたことの礼でもあり、---なにより、友人になってくれたことへの感謝であった。
その賑やかなやりとりの間もなお、冬の大三角形はやはり無言で美しく輝いているのである。
―END―