「こっちじゃないかな?兄さん。」
律は兄の茂夫の前を歩きながら小声で言った。ここは塩中の図書室。今日はあまり人はいないが大声を出すのは禁止されている。放課後廊下で偶然遭った茂夫と律は茂夫が宿題に使う資料を借りたいというので連れだって図書室に来ていた。大きめの本が書架に並んでいる一番奥の通路に二人は入っていった。
「ありがとう律。こんな奥にあるんじゃ僕一人だと見付けるの大変だったよ。」
「大した事ないよ。僕も用事あったし。」
一番下の棚にある目的の本を取ろうと茂夫がしゃがむと律もその隣にピタリと張り付くようにしゃがむ。茂夫がどうしたのかと律の方に顔を向けると額がぶつかりそうな距離に律の顔があり…驚く間もなくそのまま頬に手を添えられ口付けられた。
「ンッ…、ぁ…」
あまり音の無い図書室で、自分の微かな声も律の吐息も口の中で舌の擦れあう水音もやけに響く気がした。茂夫の律の肩に置く手に力が籠もるが突き飛ばす事は出来なかった。ぼんやりとこの間犬川に押し付けられたエロ本にこんなシーンがあった事を思い出す。放課後学校の図書室で、というやつだ。もちろんその本ではキスだけでは済まなかったが。
しばらくすると満足したのか茂夫の唇は開放された。律とキスをするのはこれが初めてではない。が、真面目な弟がいつ誰が通りかかるかもしれない場所で強引にキスをしてくるなんて信じられなかった。
「どうしたの律…その、したいなら家に帰ってからだって良いのに。何もこんな所で…」
「あの雑誌みたいに?」
「律!!どうして知って…」
「シッだよ兄さん…この間兄さんの部屋に置いてあった雑誌こういう゛写真があったでしょ?折り目付いてたかこういう゛シチュエーション好きなのかと思って。流石にあそこまで出来ないけどね。」
そう言うと律は兄に向かってウィンクをした。軽やかに笑う様子はいかにもイタズラ好きの弟といった雰囲気だ。
「あ、あれは犬川くんがくれたやつで、僕が買った訳じゃなて…お、お母さんも知ってるのかな…」
最後の方の言葉は口の中にモゴモゴと消えた。
「ふふ、焦らなくても良いのに。母さんはどうだろ?僕は言ってないけど…」
耳元で囁やきながら律は兄の手の甲をすーっと人差し指でなぞる。そのゾクゾクと背筋を抜ける官能の気配に、茂夫は律が自分の部屋でどうやって犬川から貰った…彼らの年齢では本来まだ見てはいけない雑誌を見付けたのか、聞くのを忘れてしまった。