幕間の楓恒⑮───貴方にしか頼めないの。
姫子が絞り出すように出した声は落ち着いているようでその実慌てているようにも聞こえた。
姫子に案内されるままピノコニーのある一室に通された丹楓は小さな溜息をこぼす。
ノスタルジックな照明で照らされた室内の中、ドリームプールに丹恒は居た。
仲間を助けるためだと列車を降りた丹恒は、力が必要になったのか飲月の姿でドリームプールに入っていた。
プールの仄かな明るさが丹恒の体に当たり、姿も相まって丹楓から見ても神秘的な雰囲気を醸し出している。
ぱしゃ、と体に当たる水を気に欠けることなくドリームプールへ入った丹楓はゆっくりと丹恒の体を見渡した。ゆらゆらと水の中で揺蕩う髪、濡れてしまったが故に肌に張り付く服、閉じられた瞼。
一見すれば蠱惑的である。だが、今の丹楓にとってそれらは些事でしかない。
───丹恒が目を覚まさないのよ。
「丹恒」
仲間を助け他の者たちが目覚める中丹恒だけが目覚めぬという。既に丹恒だけが起きぬまま2日は経っているそうだ。まだあちらにいるのだろうかと1日探し回っても見付からず、二進も三進も前に進めなくなり丹楓に助けを求めに来た。
今の丹楓は言わば丹恒の力でできている存在。この体が崩れぬ限りは丹恒も無事であるはず。
だが、目の前で眠り続けている姿を見て何も思わぬわけではない。
そっと差し伸べた手で頬に触れる。想像よりも温かな体温に、ふ、と息を吐き出した。
「なぜ目覚めぬ」
声をかけただけで起きるのであれば既に起きているはずだ。もう2日も経っているのだから。
「丹恒」
体温もあり呼吸もある。だが、目を覚まさない。それだけがこんなに不安になるとは。
丹恒の頬を両手で掴み、おでこを触れ合わせる。力を送るためでも体温を測る為でもなく、より近い距離で丹恒の様子を見たかったのだ。
「起きよ、丹恒」
至近距離で唇が触れてしまった気がしたが、丹楓はじっと丹恒を見つめ続けた。
目を開け、口を開き、体を動かす。どれでも良いから、ただ丹恒が生きているのだと知りたかった。
ぴくっ、と丹恒の瞼が震えた気がした丹楓は顔を覗き込む。
瞼が震え、ゆっくりと開いていく。丹恒の瞳は焦点があっていないのかぼんやりとしていて、目の前にいる存在が丹楓だとは気づいていないようだった。
「丹恒」
「……ぅ、」
徐々に丹恒の瞳に焦点が戻る。ゆらゆらとしていた瞳がしっかりと丹楓に向けられている。
「た、んふう……?」
「……遅すぎだ、この痴れ者が」
それでも目が覚めた丹恒に丹楓は小さく笑い返すといまだ濡れたままの丹恒の髪を優しく梳いた。