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    ふすまこんぶ

    @Konbu_68
    ワンクッションイラスト/小説置き場

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    ふすまこんぶ

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    旦那氏×将軍話。
    クーデターの後、旦那氏が誘拐される話です。

    PURPLE(1)老人は弾むような足取りで商店街を歩いていた。左手にはケーキボックス、右手には花束を持っている。
    今日は愛する妻の誕生日。クーデターの後始末に勤しみ、ここ数日はピシア本部に泊まり込んでいた妻も今日の夜は帰って来る。
    誕生日には、花束と何か1つ贈るのが夫婦間のお約束だ。男が抱えている、紫系統のカラーでまとめられた花束は、花屋を営む三女が包んでくれたものだ。もう1つのプレゼントは、1ヶ月前に雑貨屋で見つけた紫色のハンカチ。ラッピングされた状態で書斎に隠している。
    今年は紫で統一してみたんだ。喜んでくれるかな。
    人気の少ない住宅街に差し掛かったところで、男は違和感に気づいた。いつもと何かが違う。うまく説明できないけれど、何かがおかしいと勘が告げている。
    違う道から帰ろうか。
    引き返そうとしたその時、背後に誰かが立つ気配を感じた。咄嗟に振り向こうとしたが間に合わず、後ろから口元に布を押し当てられる。
    強制的に眠らされるように意識が遠のく。抱えていた荷物を地面に落とし、かくりと膝を折ったところで、老人の意識は途絶えた。



    「将軍宛のメッセージだと?」
    執務室の椅子に座るドラコルルは、部下からの報告を聞いて眉をひそめた。
    「こちらが文面です。怪しい添付ファイルなどはありません」
    部下が紙を手渡す。プリントアウトされたメッセージには簡素な文か書かれていた。

    ギルモアへ
    お前のオンナはこちらで預かっている。

    「差出人は?」
    「まだ特定できておりません。フリーアドレスであり、かつ多くのサーバーを経由されて送られているため、解析には時間がかかると思われます」
    ふむ、とドラコルルは顎に手をやった。
    ピシアがクーデターで敗北してから早3ヶ月。今はピリカの復興に尽力しているが、やはりピシアを良く思わないものは多い。脅迫や嫌がらせのメールが届くことはしょっちゅうだ。特に自分とギルモア将軍に宛てられて届くものが多い。
    とはいえ、本人を脅すのではなく「オンナ」を預かったという、他の人間を巻き込むような文面は初めてだ。
    ドラコルルは椅子から立ち上がった。

    そして将軍執務室。
    「オンナ? ワシに女房はおらんぞ」
    ドラコルルの説明に、ギルモアは機嫌悪そうに答えた。ただでさえ忙しいのに、よくある脅しのメールに時間を取られて苛立っているようだ。
    「万が一ということもあります。心当たりのある方はいらっしゃいませんか?」
    ギルモアのプライベートは全て謎に包まれている。既婚か未婚かすらも、1番近しいドラコルルでさえ知らない。自らの私生活を頑なに明かさないのだ。
    「……分かった分かった。一応、聞いてみる」
    ギルモアは私用の連絡用端末を手に、電話をかけた。
    言葉は聞き取れなかったが若い女性の声がスピーカーから漏れていた。
    「……ん、ワシだ……いや、仕事中でな。ところで、お前何ともないか? …………なら良い。切るぞ」
    将軍は女房はいないと言った。ということは……もしかして愛人だろうか?
    どうやら電話の相手は連絡が取れたらしい。ならばあのメールは悪戯か、とドラコルルが思ったその時、ギルモアはまた別の相手に電話をかけた。先程と同じように尋ね、電話を切り、またかける。
    まさか、3人も若い愛人がいたのか……?
    いや、将軍が誰を懇意にしようとそれは将軍の自由。妻帯者でないのであればなおさら、本人と相手が同意していれば周りがとやかく言うものでも……。
    悶々と考えるドラコルルに、ギルモアはため息をついて声をかけた。
    「確認はとれた。ただの悪戯メールだろう」
    「承知しました。メールは破棄──」
    「長官! 将軍!」
    バン、と勢い良く扉が開かれる。ドタドタと足音を立てて入ってきたのは、青い軍服に身を包んだ大きな男だ。
    「副官、何事だ」
    「先程、ピシアにこんなメールが届きました」
    副官と呼ばれた大男は、手元のパッドをドラコルルに見せる。外部からの問い合わせのために設置されている、ピシアの窓口メールの受信ボックス画面が表示されていた。
    副官の指が数多のメールのうち、1通をタップする。送信元は先程のメールを送ってきたアドレスとは異なるが、「ギルモアへ」という一言と共に画像が一枚添付されていた。
    「これは……!」
    倉庫かどこか物置のような、薄暗い場所をバックに老人が床に横たわっている写真だ。口に黒いテープを貼り付けられている。眠っているように見えるが、不自然に後ろ手の体勢をとっているのは、腕を拘束されているからだろうか。
    「……将軍、悪戯ではないようです」
    「何?」
    ギルモアはツカツカと2人に歩み寄り、副官が手に持つパッドを覗き込んだ。
    その瞬間、ギルモアの目がまん丸に見開かれる。
    「……将軍?」
    微動だにしない上官に、副官は恐る恐る声をかける。すると、肩を強い力で掴まれ、大声で迫られた。
    「送り主は誰だ!」
    「わ、分かりません! 現在解析中です!」
    「チッ!」
    ギルモアは忌々しげに吐き捨てると急いで机に戻った。私用端末を手に、誰かに電話をかける。
    「頼む……頼む……」
    弱々しい声で呟く上官の姿に、ドラコルルは驚きを隠せなかった。あのギルモア将軍がひどく狼狽えている。この写真の男と何か関係があるのだろうか。
    待てども待てども電話は繋がらない。ギルモアは青ざめた顔で腕をだらんと下ろした。
    だが、すぐに腕を振り上げ部下2人へ叫ぶ。
    「メールの送り主の居所を調べろ! いますぐにだ! 他の仕事は後回しにしろ!」
    「ええっ?」
    副官は驚愕の声を上げた。
    「将軍、この写真の方とお知り合いですか?」
    ドラコルルがそう問いかけるも、ギルモアは大きな声で怒鳴りつけた。
    「良いからとっとと解析を急げ! 早くしろ!」
    「はっ!」
    ドラコルルは敬礼をして執務室を出ていく。副官も彼に倣って部屋を後にした。
    廊下で並んで歩く2人。副官は頭をかがめ、上司の耳元に囁きかけた。
    「これ、警察に通報した方が良くないですか?」
    「後で私の方からしておく。が、メールの差出人の居場所を警察が特定できるとは思えんな」
    ピシアは情報機関。情報を収集し、操ることに特化した組織だ。その能力は警察より上だとドラコルルは自負している。
    「こちらでも解析は続ける。何にしろ、一般市民があのような目に遭っているのならば一刻も早く救助しなければ」
    「そうですね……まずは、解析チームの編成からですかね? 通信部の部長に声かけてきます」
    「ああ、頼む。私は警察に連絡を入れる」
    廊下の突き当たりで、ドラコルルは右側へ、副官は左へ分かれる。
    そして同時刻、執務室に1人残されたギルモアは、机に肘をつき、両手で額を支え力なく項垂れていた。
    震える声で呟かれた言葉は、孤独な室内に溶けて消えてしまった。



    ドラコルルは通信司令室中央のスクリーンテーブルの傍らに立ち、パッドを手にピシアに届いた脅迫メールの一覧に目を通していた。部下たちがカーソルを叩く音が鳴り響く部屋の中、思考をフル回転させる。
    今日、将軍を名指して届けられたメールは2件。「『オンナを預かっている』」という文面のメール、そして画像が添付されたメール。送信元のアドレスは違うが、同じ犯人から送られていると見て良いだろう。
    疑問点は2つだ。
    おそらく「オンナ」とやらはこの老人のことだ。だがどうして男ではなく「オンナ」と書いたのか。確かに細身に見えるが、写真で見ただけでも男だとすぐに分かる体格をしている。
    そして、何故何も要求してこないのか。人質の解放と引き換えに金銭を要求というのがベタなパターンだが、犯人はギルモア将軍に何も求めていない。淡々と行動を知らせているだけだ。
    ギルモア将軍を名指しした意味も何かあるはずだ。将軍の態度から顔見知り以上……いや、あの動揺っぷりからすれば、ひょっとしたら親友やそれに近い間柄かもしれない。
    シュウン、と通信司令室の自動扉が開かれる。入ってきたのはギルモアだった。
    「まだ犯人の居場所は掴めんのか!」
    怒号に部下たちがヒッと身を竦める。ドラコルルは短く言葉を告げた。
    「今解析中です」
    「くそっ!」
    ギルモアは苦々しく呟くと、スクリーンテーブルの縁を拳で叩いた。
    突然、ピピピッと感高い電子音が鳴る。
    「ドラコルル長官! 発信者不明の映像通信です!」
    「繋げ!」
    部下の声にドラコルルはすぐさま指示を出した。カタカタとキーが叩かれ、部下があるキーを叩くと、壁いっぱいに埋め込まれた液晶に何かが映し出された。
    薄暗い場所のようだ。廃材が沢山置かれている。その場所にドラコルルは見覚えがあった。例の画像と同じ場所だ。
    部下から手渡されたマイク付きヘッドフォンを手に、口を開く。
    「誰だ」
    『……お前、ドラコルルか』
    聞こえたのはボイスチェンジャーで加工された声。年齢も性別も読めない。
    「いかにも。お前は何者だ」
    『ギルモアはそこにいないのか?』
    向こうはこちらの質問に答える気はないようだ。ギルモアはドラコルルにドスドスと歩み寄ると、マイクの近くで大声を上げた。
    「貴様! どこにいる!」
    『さて、どこだろうな』
    相手は愉快そうに笑い声を漏らした。
    「お前の目的は何だ」
    ドラコルルがそう厳しい声を飛ばすと、通信は一方的に切られてしまった。
    「逆探知失敗しました!」
    部下の声にギルモアは拳を震わせた。
    ドラコルルはヘッドフォンを外し、顎に手を当てて考える。
    今の犯人の行動。もしかして、将軍の様子を知ることが目的だったのではなかろうか。何を要求するでもなく、ただこちらを翻弄することを楽しんでいるようにも思えた。
    ドラコルルは解析チームのリーダーに声をかける。
    「失敗した原因は何だ?」
    「途中まではネットワークを辿れたのですが、その先が途絶えてしまっているのです」
    「辿れたサーバーの一覧を見せろ。メールの方もだ」
    「はっ!」
    男が手元のコンソールを操作すると、画面に文字がずらりと並ぶ。ただの人間が見ても数字と記号の羅列にしか見えないそれを、ドラコルルはじっと見つめた。
    そのうちのいくつか、数字の組み合わせに既視感があった。
    「……過去の、自由同盟の通信傍受ログを見せてくれ」
    「はっ!」
    部下が昔の記録を画面に映す。クーデター中、宇宙と地下に分かれた自由同盟が通信に使っていたサーバー情報をまとめたものだ。
    「同じサーバーがないかチェックだ」
    過去の記録と、たった今取得した犯人の手がかりを比較する。
    すぐに結果が出た。一致率100%。犯人が使ったサーバーは全て、過去に自由同盟が使っていたものだということだ。
    ドラコルルはニヤリと口角を上げた。

    『なるほど、それで自由同盟の通信手段が知りたいと』
    通信司令室の画面の中、黒髭を蓄えた治安大臣は腕組みをした。その隣には少年大統領もいる。
    この事件を解決するには自由同盟のリーダー、ゲンブとパピの力が必要だ。そう考えたドラコルルは、大統領の官邸へと通信を入れた。
    かつての敵対する組織のリーダー同士。だが、今はともに手を取り、ピリカの復興を成し遂げるため力を尽くしている。
    「確か、自由同盟の基地や装備はそのままになっているものが多いはずだ。それを悪用されている可能性がある」
    ドラコルルは言った。
    パピとゲンブは顔を見合わせる。少年が頷くと、ゲンブは画面の方を見て口を開いた。
    『以前、衛星基地と地下のアジトとで連絡を取るため、ピシアに傍受されないような通信方法を編みだす研究をしていた。結局使うことはなかったのだが……』
    「仕様書などは残っていないのか?」
    『あるとしても基地だ。今から取りに行くしか方法はない』
    ゲンブとドラコルルの会話にギルモアが叫びを上げた。
    「そんな悠長なことをしている暇はない!」
    「話の分かる技術者をこっちに寄越すことはできないか?」
    ドラコルルの問いにゲンブが答えた。
    『元技術班のメンバーに声をかけよう。確か開発に携わっていたのは10人程のはずだ』
    「今すぐ呼び出せ! さっさと来させろ!」
    苛立ちの声を上げるギルモアに、パピ大統領は尋ねた。
    『誘拐された方の身元は分かっているんですか?』
    ドラコルルは隣のギルモアを見た。そういえばドラコルルは誘拐された老人のことを何も知らない。ピシア式の捜査に支障はないため、知らずとも何とかなる。
    ギルモアは少し俯いて、覇気のない声で途切れ途切れに告げた。
    「名は……ダンダだ……ピリポリス郊外に住んでいる……」
    「ご友人ですか?」
    ドラコルルは尋ねた。ギルモアは一層下を向いて、小さな声で言った。
    「……ワシの、夫だ…………」
    ドラコルルはサングラスの下で目を見開いた。ギルモアの言葉が思い出される。
    ──オンナ? ワシに女房はおらんぞ
    そうか、将軍にいたのは妻ではなく夫。だからあの時そう言ったのだ。夫であるというのら、あの狼狽えぶりも納得がいく。
    ピリカは男女共に体内に子宮と排卵期間を備えている。男性も、女性より可能性は低いが妊娠することが可能だ。故に男同士で婚姻を結ぶことができる。だが、男同士の夫婦というのは数が少ない。特にギルモアのような高齢な世代では、男2人の夫婦の数は全体の1%にも満たない。
    ずっと仕えてきた男は、その1%にも満たない数字に含まれる人間だったのだ。
    大統領と大臣も、ギルモアが苛立っていた理由を察したらしい。かつて姉を人質に取られたパピは、力強い声でギルモアに語りかけた。
    『すぐに元自由同盟の技術者を召集します。一刻も早く旦那さんを助けましょう』
    顔を上げたギルモアの横で、ドラコルルは言った。
    「協力、感謝する」
    通信が切られる。ドラコルルは上司の方を向いて尋ねた。
    「ギルモア将軍、他のご家族と連絡はとれますか?」
    「ここに来る前に全員確認済みだ」
    「つまり、旦那様だけが狙われたと」
    考え込んだドラコルルに、ギルモアは呟くように言った。
    「あいつは……背丈はあるが、細っこく体が弱い。体力もない……ワシより歳もいっとる……攫いやすかったんだろう……」
    「将軍……」
    ここまで弱った将軍を見るのは初めてで、ドラコルルは、それが礼を欠いたことであると頭では分かっていたが、哀れみの情を抱いた。
    クーデターは自らの意思でやったことだ。その結果も、その責も、全て背負うことを覚悟していた。だが無関係な身内が巻き込まれたら? きっと自分も耐えられないだろうとドラコルルは思った。
    今、副官が探査球を用いた捜索チームを率いてピリポリス内外の怪しい場所をしらみつぶしに調べている。警察も足を使って捜査をしているはずだ。
    犯人は予想以上に手強い。もし将軍への怨恨が理由で夫君が誘拐されたのなら、その恨みを直接ぶつけられる可能性もある。ピシアが先か警察が先かなどと言っている場合ではない。
    ドラコルルはくるりと踵を返し、部下に指示を下した。
    「警察とC連隊に通信を入れろ!」
    (続)
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