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    ふすまこんぶ

    @Konbu_68
    ワンクッションイラスト/小説置き場

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    ふすまこんぶ

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    旦那氏×将軍のオメガバ話
    ほぼ若い時の話ですがクーデターのない平和時空です

    芳香に満ちる(1)ピリカ人には、男女の区別に加え、第二次性徴期頃にもうひとつの性が顕現する。
    身体機能、知能共に優れたアルファ。
    アルファと比較すると能力は凡たるものだが、大多数を占めるベータ。
    そして、力は弱いものの妊娠能力の高いオメガ。
    親族は皆アルファかベータしかいない。だから己も、そのどちらかなのだろうと思っていた。同年代と比べても体は大きく強かったから、もしかしたらアルファかもしれないと若干期待していたところもある。
    しかし、12歳で受けた検査の結果は、そんな淡い期待も、胸の内で温めていた夢も、何もかもを嘲笑うような非情なものであった。



    「えっ、ギルモアってオメガなん?」
    隣の同期から掛けられた声に、不機嫌そうに顔を上げる。更衣室で着替えている最中、最近同じ部隊に配属された茶髪の男だ。
    「……だったら何だ」
    ギルモアは無愛想な声で返した。何故そんな質問をされたかなんぞ分かりきっている。己の首元に嵌められた、革造りの黒いチョーカー。普段は軍服の襟で隠れるそれは、着替えの際はどうしても露わになってしまう。
    「いや、何か意外っつうか。ギルモアってアルファっぽいじゃん?」
    ヘラヘラと笑う男を睨みつけ、バタンと音を立ててロッカーを叩き閉める。
    機嫌悪そうにギルモアが更衣室を出て行った後で、残された男は不思議そうに首を傾げた。

    アルファっぽい。今までの人生で何度も何度も、数え切れない程聞いた。体が大きいから。強そうだから。雰囲気がそれっぽい。そんな理由と共に添えられたその言葉が、ギルモアは心底嫌いであった。
    ギルモアの第二の性はオメガだった。検査結果を目にした時の、まるで足元から世界が崩れ落ちてゆくような感覚を、今でもはっきり覚えている。
    オメガは妊娠能力に特化した性別だ。故に、身体機能に関してはアルファやベータと比較するとどうしても劣る。また、数ヶ月に一度、定期的に発情期(俗にヒートと呼ばれる)を起こすのだ。アルファ性の者を誘惑するため、強いフェロモンを発するようになる。
    ギルモアには幼い頃から叶えたい夢があった。軍に入ってピリカの星を守りたいと、ずっとそう考えていた。代々政界に人材を輩出してきた名家の家系に生まれたが、親や親族たちとは違う道を歩むつもりでいた。
    己が第二性がオメガであると知り、ギルモアは絶望の淵に立たされた。性別の制限がないとはいえ、軍人は須くアルファかベータだ。体が資本の軍隊にオメガが入れるわけがない。
    普通なら進路を変えるべきところなのだろう。しかしギルモアは諦めきれなかった。男ではあるのだから、鍛えればそれなりに筋力はつくはず。それに、今はヒートを抑制するための薬だってある。自分が大人になる頃にはもっと効果の高いものが開発されるかもしれない。
    親の反対も無視し、ギルモアは独断で士官学校を受験した。見事合格の結果を得たギルモアに親もとうとう根負けしたというべきか諦めたというべきか。軍人の道を進むことを認められたのだった。
    とはいえ、アルファやベータの集団にオメガ1人が混ざるのだ、対策は勿論必要である。首に嵌めたチョーカーもそのひとつだ。アルファがオメガのうなじを噛むことで、番という特殊な関係を持つことができる。これによりフェロモンが変質し、より強く相手を求めるようになるのだとか。己がオメガであることを人に悟られたくはないが、自衛の為に首の保護具を装着している。加えて、ヒートの時にフェロモンを撒き散らさないための、毎日の抑制剤も欠かせない。
    オメガという性も、そんな性が発現してしまったこの体も嫌いだ。たかが首を噛まれただけで他人へ熱を上げるような、本能に縛られる性なんぞ真っ平ごめんだ。だが「アルファっぽい」と言われることも非常に不愉快だ。オメガの身でもアルファやベータと並び立てるようにと、血の滲むような努力を重ねてきた。オメガだからと人から見下されたり、任務に就けなくなったりするようなことが起こらないよう、今も成果を出すのに必死だ。アルファのようだ、天才肌だと評価されると、今もなお続けている努力を否定されたかのような心地になる。
    早く宿舎に帰ろう。今日はやたらと苛立って仕方ない。足早に廊下を歩いていたその時、くらりと目眩がした。次いで体が熱を持ち始める。
    ああ、来たのか。
    今日か明日がヒート予定日だった。ついに今始まったのだろう。抑制剤を飲んでいるとはいえ、目眩や微熱などの症状は起こる。幸い任務に差し障りが出ない程度に収まっているが、番のいないオメガは症状が重くなりやすい。
    大丈夫、大丈夫だ。ちゃんと薬は飲んでいるし、ヒートも軽く済んでいる。あと数十年の我慢だ。
    数十、年の……。
    握りしめた拳も、吐く息も、いやに熱く感じられた。



    親からメールが届いたのは、それから半月程経ってからのことだった。
    お前の結婚相手を見つけた。顔合わせのために帰って来い。
    その文面を見た途端、思わず携帯端末を取り落としそうになった。こちらは何の話も聞いていない。
    慌てて生家に戻ったギルモアは、すぐさま父の自室の扉を叩いた。
    「結婚とは何の話だ!」
    勢い良くドアを開け、ちょうど机で書き物をしていた父に怒鳴り込む。
    「未婚のアルファの男を見つけた。お前の結婚相手にちょうど良かろう」
    ペンを持つ手を置いて、ギルモアによく似た初老の男は答えた。
    「向こうの家だが、代々優秀な秘書官を輩出する家系だ。身元は問題ない」
    「……それは、確定事項なのか」
    「ほぼそうだ。相手の家はかなり乗り気らしいぞ」
    男は立ち上がり、ギルモアに鋭い眼差しを向けた。
    「今から顔合わせだ。出立の準備をしろ」

    「いやあ、本当にウチの息子はアルファらしくなくて」
    「こちらもですよ、オメガなのにむしろアルファっぽいって言われるくらいで」
    ホホホ、と笑い合うのは両家の母親同士だ。母と父に挟まれ、何が何だか分からぬままに洒落たレストランに連れてこられたギルモアは、向かいに座る人物の顔をちらと窺った。
    背はギルモアより若干小さいくらい、グレーのスーツに身を包んだ、色白で細っこい男だ。歳は変わらないくらいか。白い髪と、青みがかった薄色の瞳も相まって虚弱な人間に見えた。
    ギルモアの知るアルファというのは、体格が良く、自信に満ち溢れ、自身が人の上に立つ人種であることを理解している、そういう存在であった。だが目の前の男は、今まで見てきたアルファと同じ性を持つ者には見えない。オメガだと言われた方が納得するくらいだ。
    だが考えてみれば、己のようにオメガらしからぬオメガがいるわけだから、アルファらしからぬアルファがいたっておかしくはない。
    手元の紅茶を啜る。一体どんなアルファが出てくるのかと思えば己より弱そうな男だった。おそらく、この結婚自体は避けられない。もし相手が横暴な性格で、外で働かず家の中にいるようにと強要されたら、無理矢理番にさせられでもしたらどうしようかと思ったが、その心配もなさそうだ。番になるつもりはこれっぽっちもないし、親が亡くなった頃合いを見計らって離婚してやる。そうすれば自由だ。
    母親同士の話は終わったのか、この場がお開きとなる。椅子から立ち上がったギルモアの耳に、気弱そうな声が聞こえた。
    「……あの」
    声の方を向いてようやく、その声は正面の男から発された者だと気づいた。今までずっと黙り込んでいた彼が、初めて言葉を口にしたのだ。
    「よろしく、お願いします」
    目線は合わなかった。ほんの少しだけ伏せられた男の目には、諦めの色が見えたような気がした。



    結婚は人生の一大イベントと謳われるものだが、ギルモアにとっては入籍届にサインをするだけのひどくあっさりしたものであった。後は生家に置いてある荷物をいくつか新居に移したくらいで、新生活に必要なものはほとんど親と結婚相手が手配していた。
    形ばかりの式を挙げ、終わった後は宿舎へ帰った。慣れ親しんだベッドに顔を埋めると、僅かに心が安らいだ。本来は所帯を持てば宿舎を出ていく決まりだが、色々と屁理屈を捏ね特例として宿舎暮らしを続けられることになった。
    あの男はどうやらこちらに興味はなさそうだし、襲われたとしても筋力の差で余裕で打ち負かせそうだ。それでも、他人同然のアルファとひとつ屋根の下で過ごすのは御免被りたかった。
    それからも以前と変わらない日々が続いた。与えられた仕事をこなし、宿舎に帰る。休みの日には外に出て息抜きをする。書類の関係だけの配偶者と連絡を取り合うこともない。
    だが、平穏というものは思いもかけず破られるもので。

    「……ッ、ハァッ、ハッ」
    ギルモアはのろのろとした足取りで新居へ辿り着いた。激しい運動もしていないのに体は汗をかいており、息は荒い。
    ヒートが来た。だがこれまで経験したものより症状が重く、上官から休暇を取るよう勧められた。せっかくだから旦那のいる新居に帰りなさいとタクシーまで用意されては断ることもできなかった。
    タクシーを降りてから玄関までの短い距離ですら、今のギルモアには長い登り坂のように思えた。鞄の奥に仕舞い込んだままであった鍵を久しぶりに取り出す。よろつきながらも家の中に入ると、リビングの扉が開かれた。
    「ど、どうしたんですか!?」
    色白の彼が驚いた様子で立っていた。そう言えば連絡を入れていなかったな、とぼんやりとした頭で思い出す。心配そうな顔で寄ってきた相手を睨みつけてふと、ギルモアの心に疑問が浮かんだ。
    「……お前、何ともないのか?」
    「え?」
    彼はフリーのアルファだ。薬で抑えているとは言え、これだけ間近にいれば多少なりともこちらのフェロモンを感じ取れるはず。今まで出会ったアルファには、離れた場所にいてもオメガのフェロモンはすぐに分かると豪語する者もいた。
    「……分からない、のか」
    そう呟いてすぐ、逃げるように2階への階段を登る。自室に飛び込み、使ったことのないベッドに倒れ伏した。
    向こうがこちらに対して、性的な興味や欲求を抱いてこないこと自体はありがたい。だが、こちらがヒート中であるにもかかわらず、あの男は何ともなかった。アルファを誘惑したいとはつゆにも思わないが、本来はアルファと生殖行為を行うためのヒートのはず。誘惑できないなら、このヒートに、この苦痛に意味はあるのか。
    フェロモンが出ないならいっそのこと、こんな忌々しいヒートもなくなれば良いのに。
    背を丸め、ベッドシーツを握りしめていると、コンコンと扉がノックされた。何も言わないでいると、扉が開かれる音がした。
    「もしかしてヒートですか?」
    頭上から降ってくる声はとても穏やかだったが、ギルモアはその声に背中を向けた。
    「お昼は食べました?」
    「……食べとらん」
    「食欲は?」
    「……」
    ヒートが起きたのは朝起きてすぐ、帰されたのは昼前。ちょうど今は昼食の頃合いだが、ヒートのせいで食欲は皆無だ。
    「リゾットはどうですか? それかゼリーか、アイスか」
    「……」
    返事をしないでいると、相手は無言で部屋を出て行った。しん、と静かになった空間に、熱っぽい吐息だけが虚しく響く。体の熱が上がってきた感覚があるが、体温計を持ってくるのを忘れてしまった。
    覚束ない手つきで胸元の襟を緩めていると、再び扉が開かれた。
    「冷却シート貼りますね」
    肩を掴まれ、ゆっくりと声の方に振り向かせられる。薄く目を開けると、額に冷たいものが触れた。冷蔵庫で冷やされたもののようだが、火照る体にはひんやりとした良い心地に感じた。
    「ピリカレモンのシャーベット、食べますか?」
    おずおずと差し出されたのは、手のひらサイズの小さなアイスカップだった。怠い体を無理矢理起こす。コンビニで見たことがあるような気もしたが、少なくとも食べたことはない。
    色白の男が容器の蓋をかぽりと開ける。ただシャーベットが詰められただけのものだが、ほんの少しだけ柑橘系の香りがした。
    これくらいなら、食べれる、気がする。
    ぼうっとした頭で手を伸ばす。アイスとスプーンを手渡され、ギルモアはゆっくりとそれら2つを握った。スプーンでシャーベットの中心を抉り、口の中に運ぶ。
    熱を持った口内にスッと冷たさが染み渡り、何とも心地良い。爽やかなピリレモンの風味で僅かながら食欲が刺激されたのか、もっと食べたいという欲求も湧き起こってきた。
    しゃく、しゃく、とシャーベットを口に含んでは飲み込む。その間ずっと、色白の男はベッドの横から動かなかった。
    ギルモアが最後の一口を食べ終えると、カップとスプーンを柔らかな手つきで取り上げられた。
    「他にも何か食べれそうですか?」
    「……いい」
    冷たいものを食べたおかげか、少し火照りが収まった。だがヒートの山場はこれからだ。おそらく明日が最も辛いだろう。
    ベッドに横になり、介抱人に背を向ける。足音が遠ざかり、最後に扉が閉められる音がした。



    あつい。せかいがぐにゃぐにゃする。もっとあついのがほしい。あつくて、きもちいいやつ。
    ……つめたい、のが、さわってくる。おでこも、つめたいのが、きた。ほんとうは、あついのがほしい、けど、つめたいのも、わるくない。
    だれかが、こっちをみてる。だれ、だったっけか。
    ……まって、まってくれ。いかないで、ここにいて。
    ひとりにしないで。

    目を覚ます。ギルモアは目線を彷徨わせてからむくりと起き上がった。枕元の時計は、翌々日の9時を示していた。
    ヒート1日目の昼からの記憶がほとんどない。朧げに見えたあれは夢だったのか、現実だったのか、それすらも曖昧だ。熱に魘されて妙な夢を見た。そういうことにしておこう。
    ぐう、と腹の音が鳴る。最後に食べたのは1日目のシャーベットだったか。昨日は丸一日何も口にしていない……とは思うが、それにしては口の中は乾いていなかった。ベッドの傍らにはいつの間にか椅子が置かれており、座面に水の入ったコップと体温計が置かれていた。
    ベッドから足を下ろす。ゴミ箱には十枚程の、使い終わった後の冷却シートが捨てられていた。
    階段を降りて1階のリビングに向かう。物音のする方を見やれば、キッチンで男が洗い物をしていた。こちらに気づいた男は、蛇口の水を止めてから尋ねてきた。
    「体、大丈夫ですか?」
    「……問題ない」
    リビングの中央近くに置かれた、2人用ソファの真ん中にどっかりと座る。まだ体力は回復しきっていないが、立って歩くくらいは何ともない。
    「良かった。食欲ありますか?」
    何かを答える前に、ぎゅるるると腹が盛大に鳴る。腹を手で押さえてハッと後ろを振り向くと、男は穏やかに微笑み、安堵の表情を浮かべていた。(続)
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