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    ふすまこんぶ

    @Konbu_68
    ワンクッションイラスト/小説置き場

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    ふすまこんぶ

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    旦那氏×将軍のオメガバ話。
    ちょっとずつ2人の距離が縮まるターン。

    芳香に満ちる(2)前回は酷いヒートだったが、次はいつも通り、少しの目眩と熱っぽさだけの軽いヒートに戻った。勤務を終えて夜、自室でヒートをやり過ごしている時、夕食のデザートとしてピリレモンのシャーベットを食べていると携帯端末から通知音がした。色白の彼からだった。
    『体調は大丈夫ですか?』
    メールを貰うのは初めてだ。ギルモアは画面をしばらく見つめてから、返信メッセージを入力した。
    『問題ない』
    具合が悪いと言えば悪いのだが、この程度どうってことはない。いささか誇張された表現ではあるが、そのまま送信ボタンを押した。
    ……何だか胸の奥がむず痒くて仕方ない。
    ギルモアはふうと息を吐き、冷たいシャーベットを掬って口の中に運んだ。



    「晩御飯持ってきましたよ」
    開けっぱなしの扉の向こうからひょっこりと色白の男が現れ、ギルモアは気怠そうにベッドから上体を起こした。
    久方ぶりに重い症状が出たため、またしても休暇をとって自宅で過ごすことになった。今回はあらかじめ男に連絡を入れた。「ヒートが来たから今から帰る」という何とも素っ気ない文面ではあったが。
    以前程ひどい症状ではなく、比較的意識ははっきりとしている。ヒートが始まった初日だが、少しなら食欲があるからと男に夕食を用意してもらった。
    フェロモンも出ない、ただこちらの具合が悪くなるだけのヒート。何て不毛な発情期なのだろうとは思うが、おかげでアルファである彼に襲われる心配はない。
    ベッドのすぐ側に置かれた椅子の上にコトリと皿が置かれる。野菜のたっぷり入ったミネストローネだ。
    男は部屋を出て行った。下のリビングで夕食をとるのだろう、と思ったギルモアだったが、再び階段を登る音が聞こえた。また部屋にやって来た男は、その手にミネストローネをよそった皿を持っていた。
    「……ここで、食べるのか?」
    「はい」
    ギルモアの問いに男は頷いた。近くの書き物机(ちなみにギルモアは一度たりとも使ったことはない)から椅子を拝借し、ベッドの近くに置いたそれに腰を落とす。わざわざ皿を持って来て食べるなんておかしな奴だ、と思いつつも、ギルモアは皿を手に取った。スプーンで掬ったスープを口に運べば、穏やかな甘みが口の中に広がった。具材の野菜も小さめで柔らかい。
    両者無言のまま、ひたすらにミネストローネを食す。スープを啜る音と、野菜を咀嚼する音だけが部屋の中に響く。ギルモアがちょうど食べ終わると同時に男も皿を空にし、「じゃあお皿貰いますね」と2つの皿を抱えて下の階へと降りて行った。
    ギルモアは薄手のタオルケットで腹を覆い、ベッドの上に横たわった。開けっぱなしになっていた扉を見つめていると、すぐに男が戻ってきた。男は、ギルモアの額に貼られた冷却シートにぺたぺたと触れて言った。
    「やっぱりもうカピカピだね……変えましょうか」
    ぬるくなったシートを剥がされ、冷蔵庫から出されたばかりの新しいものに替えられる。と、顔のすぐそばまで近づいて来た男から、ふわりと匂いがした。男の体臭にしては角がなく、薄らとした匂いだ。古い紙の匂いも僅かに感じる。
    「そうだ、お風呂入れそうですか?」
    男に尋ねられ、ギルモアはふうと息を吐いた。ヒートの時期は汗をかくため、気分的にも衛生的にも風呂に入った方が良いのだが、今はそこまでの気力はない。
    「……いや、いい」
    「なら、清拭にしておきますか」
    「せいしき?」
    聞き慣れない言葉に、ギルモアは辿々しく問い返した。
    「タオルをおしぼりにして体を拭くんです。結構すっきりしますよ」
    それはもはや介護では、とギルモアは思ったが、小さく微笑む男に「なら、それで良い」と答えるのであった。

    ベッドの縁に座った状態で、温かい蒸しタオルを腕に当てられる。すぐ目の前の椅子に座る男は、優しい手つきでギルモアの体を拭った。首の保護具とパンツ、タンクトップだけを纏ったギルモアは、黙ったままそれを受け入れた。次いで顔、首周り、胸、腹、背中、脚と全身を蒸しタオルで拭かれ、すぐに乾いたタオルで水気を拭き取られる。
    たかがタオルと思ったが、これが意外と気持ち良く、風呂上がりの後に近い、すっきりとした感覚を得られた。
    男がタオルを畳み、椅子を元の位置に戻すなど後片付けをしている最中、ギルモアの瞼が重くなる。満腹感と清拭の心地良さに眠気が誘われたらしい。
    「眠いですか?」
    「んー……」
    呻くように言葉を返す。目を何度も瞬かせるが、眠くて仕方がない。ずり落ちていたタオルケットを胸元までかけられる。
    「おやすみなさい」
    こちらを見下ろす2つの目は優しい色をしていた。穏やかな声を聞いてすぐ、ギルモアの意識は眠りの底に落ちていった。



    目を覚ましたギルモアの耳に、小鳥の鳴き声が聞こえた。もう朝か、と目を擦り、ゆっくりと扉の方に寝返りを打った。と、ベッドのそば、床の上に何か大きいものが転がっていた。それが何か理解した瞬間、寝ぼけていた頭が覚醒する。
    そこにいたのは寝袋の中で眠る男だった。
    お前の寝室は隣にあるだろう、何故ここに。
    熱っぽさと気怠さは昨日と変わらずで、立ち上がる気力のないギルモアはそのままベッドに身を委ねた。寝転がったままずりずりとベッドの端に寄り、寝息を立てる男を見つめる。
    細身で、色白で、気も弱そうなアルファの男。共に過ごした時間も、言葉を交わした回数もごく僅かで、お互いのことは何も知らない。ただ、書類上は夫婦というだけの己を、ヒート真っ最中のオメガを甲斐甲斐しく介抱する世話焼きだということは分かる。猫を被っているだけの可能性も否めないけども、多分それは違うだろう……自分が、そう思いたいだけなのかもしれないが。
    と、男の目がゆっくりと開かれる。ぱちぱちと眠たげに瞬いた彼は、やおらにギルモアの方を向いて驚いた顔をした。
    「……あ、起きてたの?」
    男は寝袋から身を引き摺り出し、ベッドのすぐそばで膝立ちをした。
    「おはよう。気分はどうですか?」
    「……怠い」
    男の手がギルモアの頬に触れる。ヒート中で体温が上がっているせいか、男の手は人肌より冷たく感じられた。
    「まだ熱っぽいですね……冷却シート持ってきます」
    寝起きのせいか少々よたつきながら部屋を出て行った男は、冷却シートと水の入ったコップを手にギルモアの元へ戻ってきた。一晩経って乾いたシートを貼り替えてもらい、渡されたコップの水を飲み干す。ふうと息を吐いたギルモアは口を開いた。
    「……お前、寝室は隣だろう」
    椅子に座っていた男はきょとんとした顔をした。
    「床の上で寝て、どうするつもりだった」
    起きてから時間が経ってきたからか、次第に体温が上がってくる感覚を覚えた。思考の端も霞みがかってくる。
    「……ひとりにしておけませんから」
    一瞬の空白の後に、男は穏やかな声音で答えた。
    「朝ごはん食べれそうですか?」
    空になったコップを手に、男は立ち上がった。
    「……シャーベット」
    ぼんやりした頭で精一杯の言葉を絞り出す。
    「分かりました。持ってきますね」
    にこりとした男の微笑みだけが、熱で朧げな世界の中で確かに見えたのだった。



    風が強い外の道を、ギルモアはずんずんと力強く歩いていた。
    たまたま有休が取れた。元々の休日と続けて三連休になった。そう、たまたま。たまたまだ。だからヒートが辛い時にしか帰らない自宅に今日、帰るのも、別に帰りたいだとかではなく、偶然スケジュールが空いたからに過ぎない。百貨店に寄って焼き菓子を買ったのもそんな気分だったから。
    しかし嵐が近づいている時に連休とはツイていない。今の空は灰色だが、そのうち雨が降り出すだろう。家に篭りきりの休みになりそうだ。
    数える程しか帰ったことのない我が家に着く。鍵を使って開けると、家の中はやけに静かだった。
    あいつ、いないのか?
    リビングへ足を向ける。外が曇り空であり、照明もついていないためか、部屋の中は夕方のように薄暗かった。
    あの男は出かけたのだろうか。壁のスイッチを押すと、パッと部屋の中が明るくなった。と同時に、ソファの近くに目を向けたギルモアは顔を青くして駆け出した。
    「お、おい! しっかりしろ!」
    ソファの後ろの床に、色白の男が倒れていた。うつ伏せの彼を仰向けに転がし、頭を揺らさないように肩を叩く。
    「……んん……」
    男は顔を顰めて目を開けた。不機嫌そうな、眠そうな半目のまま、色の薄い瞳がギルモアを捉える。
    「……あ、れ? もう、そんな時期……?」
    ギルモアはほっと息を吐いた。だがいつまで経っても起き上がらない男に訝しげな表情を向け、覗き込むように尋ねた。
    「おい、どうしたんだ」
    男は額に手を当てると、苦しげに眉間に皺を寄せて言った。
    「……ちょっと、体調悪くて」
    「まさか、倒れたのか?」
    「……や、いつの間にか寝ちゃってただけで」
    「床の上でか?」
    「はい」
    「本当か? 頭を打ったりしてないだろうな?」
    「だいじょーぶ……」
    男の声はひどく弱々しかった。
    「もしかして頭痛か?」
    額を押さえる様子から、ギルモアはそう聞いた。
    「うん……」
    ギルモアは立ち上がり、キッチンの奥にある冷蔵庫へ向かった。両開きの扉を開け、内側の収納にボックスで置かれた冷却シートを見つける。1枚取り出し、男の額に貼り付けた。少し斜めになってしまったが、男の表情が微かに和らいだ。
    「ありがとう」
    男はふうと息を吐いてから、ゆっくりと身を起こした。
    「……まだ、ヒートの時期じゃない、ですよね?」
    男はすぐ隣で膝をついているギルモアに向かって言った。
    いつもヒートの時、それも症状が重い時にしかギルモアは家に帰らなかった。だから、ヒートの頃でもないのに帰って来たことを不思議に思っているのだろう。
    ギルモアは頷いて答えた。
    「ああ」
    「じゃあ、何か、用事でも……?」
    胸の奥がチクリと痛んだような感覚を誤魔化すように、ギルモアは声を荒げた。
    「何だ、用がないと帰ってきてはいかんのか。俺の家だぞ」
    男はしまったとばかりに顔を強張らせ、顔を俯かせた。
    「そ、そうですよね。すみません……」
    沈黙が流れる。滅多に帰らないものの、確かにこの家はギルモアのものである。しかし、具合が悪い相手に怒鳴るようにして主張するものではなかった、と密かに反省したギルモアは、しゅんと萎れた花のように項垂れる男に声をかけた。
    「……具合が悪いなら、上で寝てきたらどうだ」
    「そう、します……」
    男はそう答えたものの、立ち上がろうとしてすぐにまたうずくまってしまう。
    「おい、本当に大丈夫なのか」
    ギルモアが声をかける。男は目を瞑って、何かに耐えるように自身の肩を抱き締めていた。致し方ない、とギルモアは男の肩と腰を掴んで、無理矢理立ち上がらせた。なるべく揺らさないようにソファの上へ移動させる。2人用の小さなソファの、肘置きの場所に頭を寝かせた。横を向き、小動物のように背を丸めて横たわる男を見下ろし、ギルモアは尋ねた。
    「病院に連れて行ってやろうか?」
    いつも己を世話してくれる男が、こんなにも弱っているのを見るのは初めてだ。何か、彼の体の中で良くないことが起きているのではないかと不安に思えた。
    と、男の目が細く開かれた。
    「いい……いつもの、こと、だから」
    それだけ呟くと、男はまた目を閉じた。

    頬は赤くない。体温を測ったが、平熱より若干高いものの微熱にも及ばない。なのに頭痛が酷いらしい。ギルモアは男の様子を見て、首を捻らずにはいられなかった。
    いつものことだと言っていたから、頭痛持ちというやつだろうか。ヒート以外で体調を崩したことのないギルモアにはよく分からなかった。
    「そういえば、痛み止めはないのか?」
    「……テレビの横」
    それは取ってこいということだろうか。ギルモアは内心ムッとしつつも、男が示した場所を漁り始めた。扉付きの小さな収納ボックスを、一つずつ開けて中身を確かめる。3番目に開けた扉の中に、薬類の入った籠が置かれていた。ローテーブルの上に置いて薬を探す。病院で処方されたのか、粉薬の袋が束になって入っていた。更に奥の方をまさぐると、何やら固いものに手が当たった。引き出してみれば、鎮痛剤と書かれた箱であった。中から一錠取り出し、キッチンでコップに水を入れて持ってきてやる。小さく喉を鳴らして薬と水を飲んだ男は、「ありがとう」とか細い声で礼の言葉を述べた。

    「……顔、マシになったな」
    男が薬を飲んでから1時間半。苦しそうな表情が和らいできたことにギルモアは気づいた。
    「薬が効いてきたみたいです」
    男はソファから身を起こした。
    「すみません、あまりにもしんどい時、逆に薬飲むの忘れちゃうんですよね」
    申し訳なさそうに笑った男に、ギルモアはフンと鼻を鳴らした。
    「全く、帰って来たらお前が床に倒れているから何事かと思ったわ」
    男は申し訳なさそうに微笑み、目を窓の外に向けた。
    「……僕、子供の頃から、天気が悪いと体調を崩しやすいんです。気温や気圧の変化に弱いみたいで」
    外は大雨だ。まるで世界から隔絶されたかのような、この世でたった2人きりになってしまったのかと錯覚するような、そんな強く激しい雨が降り続いていた。
    「でも、お医者さんが言うには病気ではないらしいんです。ただ、体が環境の変化に左右されやすいってだけで、どこにも悪いところはない、健康だって……」
    男は遠くを見ていた。窓の向こうの景色よりももっと遠い、どこかを見つめていた。
    「毎日、体を元気にするための薬は飲んでるんですけどね。今日みたいに嵐が近づいてくる時なんかは、それでも頭痛や目眩がひどくなっちゃうんです」
    男はゆっくりと、家の中に目線を戻した。
    「だから、その……今日と、多分明日も、僕寝込んで何もできないと思います、すみません……」
    俯いた男に、ギルモアは言った。
    「俺がお前なしでは何もできない男だと思うか?」
    男は顔を上げた。
    「フン、ヒートの時ならまだしも、今の俺はすこぶる調子が良い。自分の世話くらい自分でできる」
    ギルモアはテーブルに置いていた紙袋の中に手を突っ込み、取り出したものを男の膝の上に放った。
    「お前はそれでも食っていろ。ワシは夕飯を作る」
    男が放られたものを手に取った。貝の形をした、オレンジ色の焼き色がついた焼き菓子であった。
    「これ、僕に?」
    「気に入らんならここから探せ」
    ギルモアはソファの前のローテーブルに紙袋をドンと置き、キッチンへと向かった。いつも男が食事を作ってくれていたから勝手はよく分からないが、冷蔵庫の中を確認し献立を考える。ついいつもの癖で1人分のレシピを組み立ててしまうが、頭を横に振って2人分に組み直す。
    料理の最中、体が弱い、と告げた男の横顔が頭にちらついた。見た目からして体育会系ではないだろうなと思ってはいたが、まさか虚弱体質だったとは。それならば、名家のアルファにも関わらず未婚だったのも頷ける。
    頑健なオメガとひ弱なアルファ。正反対な2人なれど、体に振り回される苦労を味わってきたという意味では、我々は似た者同士なのかもしれない。いや、どうだろう、子供の頃からしょっちゅう体調を崩していたというなら、彼の方がより長い期間苦しんできたと言える。
    だからあんなにも世話を焼いてくれたのだろうか。自分の意思ではどうにもならない体の問題を抱える辛さは分かるからと、食事を用意し、冷却シートをまめに取り替え、体を拭ってくれたのか。
    ヒートで大変な時、ギルモアは帰宅して男に面倒を見てもらっていた。しかし、家にひとりきりでいる彼は……。
    包丁で野菜をザクザクと切るギルモアは、対面キッチンからちらりとソファの方を見やったが、肘置きからはみ出した男の頭頂部が見えるだけであった。

    時刻が夜の6時を回った頃、ソファに横たわる男がぼんやりと天井を見つめていると、ことりとローテーブルに何かが置かれた。
    「わあ……!」
    男は上体を起こして目を輝かせた。具沢山の温かいシチューとライスが2人分並べられていた。
    「……何だ、菓子は気に入らなかったか」
    男の手に未開封の焼き菓子が握られているのを見て、ギルモアは声をかけた。
    「いや、その……あまり食欲なくて……でも、シチューなら食べられると思います」
    男は焼き菓子をローテーブルの上に置いた。
    「お菓子は明日頂きますね」
    ギルモアは、男の隣にそっと腰を落とした。ソファに2人並んで座るのというのは初めてのことで、体格の良いギルモアには少々狭く感じられた。
    手を合わせ、シチューにありつく。隣を窺うと、男は鈍いスピードながらも一口ずつシチューを味わって食べていた。
    「美味しい」
    こちらの視線に気づいたのか、男は手を止めて微笑んだ。
    「……そうか」
    胸の奥がむず痒い。しかし決して不愉快ではない。
    かぶりついたシチューの味が、いつもよりほんのりと甘く感じられた。(続)
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