芳香に満ちる(5)退勤間際にヒートが来た。ぼんやりする頭で何とか仕事を終わらせ、すぐに基地を出て行く。空はもう赤い夕焼け色に染まっていた。正門を出てすぐ、たむろしていた3つの人影のうち1つに声をかけられた。
「あれ、ギルモア?」
1年前から同じ部隊にいる男だ。まだ配属されて日が浅い頃、「アルファっぽい」とギルモアを評した人物でもある。その左右にはのっぽの男と眼鏡の男が立っていた。確か別の部隊に所属している隊員だったか。
「……何か用か」
ぎろりと相手を睨みつける。
「用っつうか……お前、今からどこ行くんだ?」
相変わらずヘラヘラと笑う男だ。ギルモアは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「家だが」
「家!? お前宿舎に住んでるんじゃなかったのか?」
男は茶色の髪を揺らして驚きの声を上げた。
「……宿舎はもう出た」
ぶっきらぼうに告げて、ギルモアは街へ歩き出した。
「なあ、さっきの人さ──」
眼鏡の人物が男の耳元で囁く。その内容を聞いた男は、真面目な表情で頷いた。
人気の少ない道を歩く。熱で足取りがやや不安定ながらも、ギルモアの意識は比較的しっかりしていた。
──服を脱いで触り合いっこしてみるのはどうかな? そうしたら、ギルモアくんもヒートの時どうしたら良いか掴みやすいと思うんだ。
以前聞いた、彼の言葉が頭の中でリフレインする。
ヒートになったら「特別な練習」をする。彼と決めていたことだ。ハグやキスよりももっと密接に触れ合い、己の中の感情や欲求と向き合う。何をしたいか、何をされたいか、欲にどこまで従い、どこからはストップをかけるか。
かつて己はオメガの本能を恐れ、距離を置いていた。今は少しずつその手のコントロールができるようにと、段階を踏んで練習している最中だ。今までは軽いスキンシップが中心だったが、今日、いよいよ、大きな一歩を踏み出す。
早く家に帰りたい。ギルモアはぼんやりとした頭で思った。この熱く気怠い体を休ませたい、というだけではない。もっと違う何かが思考回路を支配していた。
家に帰って、晩御飯を食べて、お風呂に入って、それから、2人で、ベッドに……。
と、突然腕を掴まれる。振り解こうとするも口を何かで塞がれ、すぐ側の路地裏に引き摺り込まれた。何者かに押し倒され、地面に背を打ちつける。
痛みのために咄嗟に瞑った目を開けると、自身の上に馬乗りになっているのは見知らぬ男だった。綺麗なスーツを着た身なりの良い人物で、ギルモアと同じくらいの背丈はあった。
相手を蹴り飛ばそうにも足に力が入らない。男の腕や胸を殴るも、普段通りの威力がないせいか相手はびくともしなかった。
「お前、オメガだろ」
血を這うような声にギルモアは肩を震わせた。
「やっぱりなあ、そんなフェロモンを撒き散らしてちゃ襲ってくださいって言ってるようなもんだぜ」
叫びたくとも、男の手が口を塞いだままでくぐもった声しか出せない。ギルモアは必死に身を捩るが、男はケタケタと笑いギルモアのズボンに手をかけた。
「……!!」
男の目的が何か、一瞬で理解した。腕を振り回すも、すぐに男に組み伏せられてしまう。口が自由になったが、上に重いものが乗っているせいか大きな声を出すことができない。
「やめっ、やめろ……!」
ズボンがずり下ろされる。熱っぽかったはずの体から血の気が引いていく。
相手の男の体から嫌に甘ったるい匂いを感じた。おそらく発情フェロモン、ということは男はアルファだ。
やだ、嫌だ、触るな。
無理矢理犯され、孕ませられるかもしれない。首の保護具を外され、番にでもされてしまったら。
恐怖の中、ギルモアは必死に叫んだ。
「ど、どけっ……やめろ……!」
パン、と頬を叩かれる。
「うるせえ、静かにしろ」
男の目はぎろりと血走っていた。完全に興奮状態にあるようだ。
ズボンを膝の辺りまで下げられる。そして男の手がパンツに触れたその時、脳裏に彼の顔が浮かんだ。
こんな見知らぬアルファに体を暴かれるぐらいなら、さっさと彼に番にしてもらうべきだったのだ。彼ならきっと、こんな乱暴にはしないだろうし、それに……。
いや、彼でなければ駄目なのだと、彼と番になりたいのだと認めてしまえば良かった、言ってしまえば良かった。いつも側に寄り添ってくれる彼と唯一無二の結びつきを築けることに本当は喜びを感じていたのに、先送りにしてしまった臆病な自分を殴りたい。
目の端から涙がぽろりと零れ落ちた、その時。
「てめえ何やってんだ!」
誰かの怒鳴り声が聞こえたかと思うと、体の上に乗っていた重量が消えた。圧迫されていた体が解放された感覚に、反射的にゴホゴホと咳き込む。動くな、やめろ、と人が揉み合い、叫ぶ声もした。
「ギルモア、大丈夫か!」
駆け寄って来た人影に目を向ける。膝をつき、心配そうな顔で覗き込んできたその人物は、先程基地の門前で会った茶髪の男だった。
「ギルモアくん!」
病室の自動扉が開く。ベッドに横たわり、窓の外の黄昏空を見ていたギルモアは、目線を声の方へと向けた。
「ギルモアくん、大丈夫!?」
見慣れた顔、聞き慣れた声。ギルモアはベッドの側に駆け寄って来た彼に、やおらに手を伸ばした。そして、力の入らない腕でぐいと抱き寄せ、体を密着させる。ギルモアの胸の上に、立ったままの男が上体だけ乗っかる形となった。
「ギルモアくん?」
穏やかな甘さを含んだ、安らぎの匂い。いつもより塩っぽさが感じられるのは、彼が汗をかいているからだろう。慌てて駆けつけてくれたらしい。
ギルモアは何も答えない。が、小さく鼻を啜る音を耳にした男は、強い力でギルモアを抱き返した。
「フェロモン量が多いですね。平均の4倍くらいはあります」
翌日、ギルモアの病室に訪れた医師は手元のパッドを見ながら言った。
見知らぬアルファに襲われ、病院に搬送されたギルモアだったが、背中や腕を軽く擦りむいたり、叩かれた頬が腫れたりしたぐらいで特に大きな怪我はなかった。しかし、発情したアルファに暴行を受けたことから、ギルモアから強いフェロモンが出ているのではないかと医師が判断し、ひとまず検査を受け、ヒートが落ち着くまでは入院することとなった。
「最近、抑制剤の効きが悪かったということですが、ヒートの際に強い発情状態になっているのだと思われます」
ベッドに腰掛けるギルモアは、腑に落ちない顔で傍の椅子に座る男を見て、また医師に目を向けた。
「先程、旦那さんに検査を受けていただきましたが、フェロモンへの感度がとても低いことが分かりました。なので、ギルモアさんがヒートになってもフェロモンを感じ取れなかったのかと……今はどうですか?」
男は静かに目を瞬かせた。
「……いつもよりちょっと強く、甘い香りがするとは思います」
「ふむ……」
医師はパッドに目線を落とした。
「以前は薬の効きは良かったんですよね? いつ頃から悪くなり始めましたか?」
ギルモアは頭の中の記憶を探った。
「2年程前……結婚してしばらくまでは、若干熱っぽさがあったり軽い眩暈がする程度でしたが、それから時々、休みを取る必要がある程症状が重くなることがあり……1年程前からは毎回寝込んでいました」
医師は何か考え込んでいるようだった。目線を彷徨わせてから、意を決したように口を開いた。
「夫婦仲と絡むお話になるので、その、もし気を悪くされたらすみません」
先に断りを入れ、医師はギルモアとその隣の男を見つめた。
「番のいらっしゃらないオメガの方はヒートが重くなりやすい傾向にあります。それは、無意識に、あるいは本能的に、パートナーを探すためだと言われています」
ギルモアと男はじっと医師の言葉に耳を傾けた。
「それに加え、意中の方がいらっしゃるオメガの方は、ヒートの際に強くフェロモンが発されます。こういった場合には、平均値を大きく上回るフェロモンが出ることもあります。ここまで多いと、アルファだけでなくベータでも薄らと感じ取れることがありますが……お相手の方が何も反応しないと、オメガの方はどんどんフェロモンを出して強い発情状態になるんです」
ギルモアと男は目を見開いた。ならば、これまでのことは。
「で、おふたりのお話と検査結果から考えられるに……旦那さんがギルモアさんのフェロモンを感じ取れなかったため、ギルモアさんの体はより強いフェロモンを発し旦那さんの発情を誘発しようとした、それに伴いヒートの症状も重くなっていった、のではないかと……あくまで、私の推測ですが」
ギルモアは呆然とした表情で医師を見つめた。
「フェロモンやヒートの強さは、体調やストレス、本人の気分によっても変化します。個人差もありますが……」
「……その、強い発情というのは」
ギルモアの隣で、男が口を開いた。
「どうしたら治まるんでしょうか」
いつもより元気のない声だったが、医師は「そうですね」と顎に手を当てた。
「きちんと安心できればヒートも落ち着いてきます。意中の方と結ばれるのが1番ですが、もし事情があって叶わなかったとしても、心に区切りをつけられた場合はヒートの症状も軽くなります」
「そう、ですか……」
暗い顔をした男に、医師は声をかけた。
「旦那さんも、ご自身のことで不安な点などあればアルファ科の医師を紹介しますが……」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
その口調はきっぱりとしていて、医師は意外そうに目を丸くしたが、それ以上尋ねることはしなかった。「お大事に」と告げて医師が病室を去ってから、男はギルモアの方に向き直った。ギルモアが男の方に目を向けると、彼は俯いて、何かに怯えるような顔をしていた。
「……ギルモアくんのヒートが重くなっていったのって、僕のせい、だよ、ね」
彼は震える声で言った。
「僕がもっと早く気づいていれば、病院に行っていれば、僕に問題があるって分かっていれば、ギルモアくんのヒートもここまで重くならなかったし、それに、それに──」
堰を切ったように男は早口で喋り出した。
「ギルモアくんが他のアルファに襲われることもなかった」
男は膝の上で両拳を固く握りしめていた。
「ごめん、こめんなさい……」
鼻声の謝罪が、狭い病室の中に響く。ぐすぐすと鼻を鳴らす男の頬に、大きな手が触れた。
「見知らぬアルファに組み伏せられた時、お前の顔が浮かんだ」
ギルモアは男の頬を優しく摩りながら言葉を続けた。
「お前と番になりたいと言えなかったことを後悔した……本当はもっと前から、自分の気持ちは分かっていたのに、行動に移せなかったのは俺が臆病者だったからだ」
男は顔を上げ、涙に濡れた瞳をギルモアに向けた。ギルモアは覚悟を決めたように、真っ直ぐに男を見据えた。
「好きだ、ダンダ」
男の目がまん丸に見開かれる。
「俺と番になってほしい……なりたい……それとも、未遂とはいえ傷モノは嫌か?」
一瞬呆気にとられていた男だったが、すぐに目をぱちぱちとさせ口を開いた。
「な、なる! 番になる!」
ギルモアの肩に手を置き、興奮した声で言った。
「あと自分のこと傷モノとか言わないの! 分かった!?」
「わ、分かった分かった……」
予想外に捲し立てる男にギルモアは驚きつつも頷いた。と、男がギルモアの背中に腕を回し、ぎゅうと抱きしめる。
「嬉しい……」
感極まった男の声に応えるように、ギルモアも男を抱き返した。その温もりの心地良さに浸っていると、少しだけ男が身を退けた。顔と顔を至近距離で突き合わせ、男が尋ねる。
「ね、キスしたい」
「今か?」
「今……」
男の触覚の先は薄らと赤らんでいた。
今まではハグにさえ許可を求めていたのに、強請るなんて珍しい、とギルモアは色の薄い瞳を見つめる。
「……いいぞ」
男の表情がパッと明るくなる。いつものように頬か額にでもしてくるのだろう、と思ったギルモアのすぐ目の前に、男の顔が迫る。少しばかり恥ずかしさの感情を抑えきれなかったギルモアは目を瞑った。
直後、きゅっと横に結んだ唇に、柔らかい何かが触れる。
思わず目を開けると、恥じらいがありつつも嬉しそうに微笑む男の顔が見えた。
口に、唇に、キスされた。
そう頭で理解した瞬間、熱っぽい顔がさらに火照ったような感覚に陥る。
「あ、お、おま、お前……!」
口にするなら口にすると言え、と続けるつもりだったギルモアの言葉を遮り、個室の扉の開閉音と共に陽気な声が響き渡った。
「やっほーギルモア! お見舞いに来たぜ〜」
入って来た3人の男の顔は、ギルモアには見覚えがあった。同じ部隊の茶髪の男、そして昨日の夕方に彼と門の前にいた2人だ。
ギルモアは目の前の男と抱き合う手をパッと離した。男も、突然人が入って来たことに驚きギルモアの背中に回していた腕を後ろに回した。
「あれ、先客?」
軽い態度でベッドに近づいてきた男は、ベッドの側にいる白髪の男を見て首を傾げた。
ギルモアは腕を組み、大きくため息を吐いてから答えた。
「……夫だ」
ギルモアの隣の男──夫のダンダは、ハッと息を呑んだ。そしてほんの微かに笑みを浮かべると、椅子から立ち上がって軽く頭を下げた。
「へーえ! 初めまして」
茶髪の男たちは夫に簡単な自己紹介をして、すぐにギルモアの方を向いた。
「よ、調子どう?」
馴れ馴れしく声を掛けてくる男に苛立ちを感じるも、ギルモアは苦々しい顔で答えた。
「……昨日程悪くはない」
「そりゃあ良かった。昨日はマジでしんどそうだったもんな」
「……お前、よくあの場に居合わせたな」
夫は不思議そうに2人のやり取りを見つめていた。
茶髪の男は腕を組んでギルモアの問いに言葉を返した。
「ギルモア、ヒートだったろ? こっちが家に帰れるか心配になるくらいフラフラだったからなあ。ちゃんと家に帰れるか心配になって、やっぱタクシー呼んだ方が良くねって思って後を追いかけたんだよ」
「何故俺がヒートだと分かった」
「そりゃあ、あれだけフェロモン出してりゃ、いくら俺たちがベータっつっても分かるからな」
「……そうか」
2人のやり取りを、ダンダを不思議そうな表情で見つめていた。
「何だギルモア、俺たちのこと旦那さんに説明してねえんかよ」
茶髪の男は首を傾げた。
「説明?」
ダンダは隣に座る妻の方を見下ろした。ギルモアは嫌そうな表情で口を開く。
「……昨日、アルファに襲われている最中、こいつらに助けられた」
「えっ!?」
夫は目を見開いて茶髪の男たちの方を見た。
「アルファの男制圧して警察と救急車呼んだくらいだけどよ」
相変わらずヘラヘラした態度で笑う男の右手を、ダンダはがっしりと掴んだ。
「あ、あなたたちが妻を助けてくださったんですか!?」
「まあ、一応ね」
一層手に力を込め、ぶんぶんと上下に腕を振る。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
それから、のっぽの男、眼鏡の男と順に握手を交わす。「良いってことよ」とケラケラと笑う茶髪の男は、ギルモアの方を向いて言った。
「なるほど結婚したから宿舎出てたんだな。お前も隅に置けねえなあ」
ヒートでなければ、そのにやけヅラに拳をくれてやるのに。
和気藹々と話す4人を横目に、ギルモアは深々とため息をついた。
ギルモアは、今回の一件について家族に連絡を入れていなかった(というよりも入れるのをすっかり忘れていた)が、どこから聞きつけたのか、入院4日目に母親から電話がかかってきた。
体は大丈夫なのかとひどく心配された。現状を説明すれば安心はしたものの、夫と番になっているのかと聞かれ正直に答えたところ、電話の向こうから烈火の勢いで怒られた。早く番になりなさいと口酸っぱく言われたが、どうにか通話を終わらせる。それから、他のきょうだいやら親戚やら、夫の家族からまでも身を案じるメールが届いた。夫の方も親を含め各所から連絡が来たため、2人揃って1日をメールの返信に費やすこととなった。
ようやく終わったと個室のテレビをつければ、ギルモアが暴行を受けた事件のことがニュースに取り上げられていた。被害者であるギルモアの情報については伏せられていたが、加害者側であるアルファの男は顔も名前も報道されていた。とある有名企業の御曹司で、その父親であり企業のCEOがマスコミに向かって謝罪する映像もばっちり紹介されていた。
正直、ギルモアが襲われたことは、事件としては比較的小さいものだ。地面に押さえつけられ服を脱がされたが、性交は未遂に終わっている。あれ程大きな企業なら、揉み消そうと思えば揉み消せるはず。しかしこうも大きく報道されたということは、スキャンダルニュースを放送して視聴率を稼ごうとするマスメディアの意図だけでなく、もっと強い力が働いたのではないか。父はマスコミや法曹界、警察にも知り合いが多い。何かしらの手を回したのだろうということは容易に想像できる。それが真実か否かはともかく、もうあのアルファの男は当分表舞台には出てこられないだろう。父親が経営する企業の方も、倒産はしないと思うが少なからず苦難を強いられるはずだ。
本当に父が手を打ったのならこの程度で終わりはしない。この先彼らがどのような目に遭うか楽しみだな、とギルモアは悪どい笑みを浮かべた。
ふと隣の夫を見やる。どこか苦しげにテレビを見つめる彼の頬を、ぐにと摘んで引っ張る。
「ふぁ、ふぁに!?」
何、と驚いた男の、頬を引っ張られた間抜けな顔を見てフフンと笑う。ニュースは次の話題へと切り替わり、アナウンサーは観光地の花畑が見頃になったことを知らせていた。
ギルモアは夫の顔から手を離した。例のアルファの男、せっかくならば己が手を下したいものだ。民事で訴えて慰謝料をふんだくってやろうか。どうせならマスコミも呼ぼう。ニュースが落ち着いたところにまた国民の関心という火を付けてやるのだ。別に金が欲しいわけでも相手の謝罪が欲しいわけでもない。復讐心もあるが、奴の名誉とプライドをけちょんけちょんにしてやりたいという思いが強かった。
ぽかんとした顔の夫を見て、機嫌良さそうに笑みを浮かべたギルモアは、ベッドの上にどさりと身を倒した。
それから3ヶ月経ってギルモアは次のヒートに入り、あらかじめ決めていた通りに休暇を取得した。
「いつもより体調は良さそうだね」
風呂上がりのソファで、2人並んで座る。隣の夫に声を掛けられ、ギルモアは答えた。
「そうだな」
ヒートの1日目にしては、以前程体調は悪くない。もう必死にフェロモンを出さなくても大丈夫なのだと、体が判断したのかもしれない。
だって、ずっと求めていたものは、今から貰えるのだから。
「ベッドに行こう?」
とくんと胸が高鳴る。差し出されたその手を、ギルモアは強く握りしめた。(続)