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    ふすまこんぶ

    @Konbu_68
    ワンクッションイラスト/小説置き場

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    ふすまこんぶ

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    ワンライで書いた将軍と長官のお話
    お題:炬燵といいつつ炬燵ほぼ出てこない

    炬燵とミカンと「あ〜……寒い寒い」
    年老いた体に、冬の寒風は堪える。玄関の扉を開け、手を擦りながらリビングルームへと入る。臙脂色の地に黄土と茶色の紋様が描かれた絨毯に、グレーの柔らかなソファ。本がぎっしりと詰められた棚とテレビ。寛ぐためにインテリアを構築したその部屋の中央には、絨毯とよく似た色合いの炬燵が鎮座していた。
    空調装置と炬燵のスイッチを入れる。しばらくすれば部屋に温風が巡り、炬燵の中も暖かくなってきた。
    冷えていた手先が柔らぐ。ケトルで沸かした湯で茶を飲めば、体の芯からホッと温まる感覚がした。
    自分の人生を賭けて夢を叶えようとして、そして敗れた。牢屋にぶち込まれてもおかしくなかったが、どういう訳だか星の復興のために働けとの命を受け、監視はあるものの以前とほぼ変わらない生活を送っている。
    今日は久々の休日だ。先程スーパーで購入したミカンをふたつ、炬燵の上に取り出して剥く。
    ぺり、ぺり。
    ふと、ある子供の声が思い出された。「ギルモアさん」と、遠慮がちに己を呼ぶ、まだ声変わり前の幼い少年の声。
    かつて、自分には優秀な部下がいた。年はひとまわり離れていたが、まだ30いくつの若さで己の補佐職に就いていた。彼は妻を早くに亡くしており、幼い息子と共に暮らしていた。ところが彼は、流星落下注意区域への出張中、流星の墜落事故で殉職した。当時、流星へ対する防衛システムは完璧とは言えず、撃ち漏らした流星がピリカへ落ちてくることがあったのだ。
    彼の葬儀に、上官として参列した。他にも多くの軍人が、彼へ別れを告げに訪れていた。彼は一見冷たい雰囲気を放っていたが、お人好しな一面もあり多くの人間に慕われていた。ふと葬儀場の隅に目を向けると、小さな子供が椅子に座っていた。まるで彫像のように、ぴくりとも動かずにいた。もしやと思い子供の顔を見てみる。彼と同じ鮮やかな赤い髪に、切れ長の目。彼が写真で見せてくれた息子の顔そのものだった。歳は7か8か、写真で見たより随分大きくなったなと思った。子供は魂が抜けたかのように、ただ椅子に座って呆然としていた。
    喪主に聞けば、彼も、彼の妻も、実家との折り合いがひどく悪かったようで、子供は養護施設に行くことになっているとのことだった。それを聞いた時、咄嗟に口走った言葉を今でも覚えている。
    「ならば俺が引き取る」

    あの子を引き取ったのは何故だったか。あまりはっきりとしたことは覚えていないが、衝動的に決めたことは確かだった。養子縁組手続きをし、宿舎から、部下とあの子が暮らしていた家へ引っ越した。
    最初は困惑していたあの子も、時間が立つにつれて慣れてきたのか、「ギルモアさん」と己を呼んでくれるようになった。ふたりで同じ飯を食い、同じソファに座り、同じベッドで眠った。そしてある冬の日、炬燵に入ってミカンを食べていると、あの子が珍しいことを言ったのだった。
    「お膝に乗っても良いですか」
    たかが8歳の子供が上に乗ったぐらいで潰れるような鍛え方はしていない。良いぞと許可を出すと、あの子は控えめながらも嬉しそうに笑った。炬燵に入っているのに、さらに人間がふたりでくっついたら暑くなる。炬燵の温度を下げると、あの子はミカンの皮を剥き始めた。
    「ミカンどうぞ」
    小さな手から手渡されたミカンの房を口に放ると、甘い、甘い味がしたのだった。



    は、と目を開ける。時計に目をやると、時刻が1時間ほど進んでいた。いつの間にか、炬燵の暖気で眠ってしまっていたらしい。
    ふと、右に目を向けると、そこには男がひとり座っていた。
    「うわあああっ!?」
    驚きのあまり炬燵から飛び出す。
    「な、何故ここに!」
    「ここは私の家でもあるのですから。帰って来るのに理由が必要ですか?」
    赤毛の男──ドラコルルは淡々と答えた。彼の手元を見れば、ちょうどミカンを剥いているところだった。
    「それはワシのミカンだぞ!」
    男は意に介した様子もなく、ひょいひょいとミカンの房を口に運ぶ。
    全く、仕事では従順な素振りをするくせに。
    諦めて冷めた茶を啜っていると、彼がこちらに手を伸ばした。
    「どうぞ」
    その手には、半分になったミカンが乗せられていた。ふん、とミカンを奪い取り、房をちぎって口に放る。
    甘い。寝落ちる前に食べたミカンはこんなに甘かっただろうか。彼の方を見やると、子供の頃と変わらない微笑み方をして、こちらを見つめていた。



    久々に実家に帰ってみると、炬燵に突っ伏して眠る人がいた。ミカンを手元に置いたままで。
    懐かしい。まだ子供の頃、この人と炬燵でミカンを食べていた時、ちょっとしたお願いをしたことがある。
    私の実の父は、私が子供の頃に亡くなった。だが、膝の上によく乗せてもらったことを覚えていて、それで……ほんのちょっぴり、甘えたい気持ちになったのだ。
    すやすやと炬燵で眠る人の横顔を見つめ、口を開く。
    「父さん」
    小さく呟いたつもりだったが、ぴくりとそのまぶたが動くのが見えた。
    普段言わないことを言ったからか、炬燵の温度が高いからか、顔が熱く感じる。まあ良い。今はミカンでも食べて落ち着こう。
    そうっとミカンを奪い取る。私が食べ終わるのが先か、父が目覚めるのが先か。
    口元に控えめな笑みを浮かべ、ドラコルルはミカンの皮を剥き始めたのだった。(完)
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