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    於花🐽

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    すれ違いお付き合い済みサマイチ

    ##サマイチ

    今もまだ恋してる





    #左馬刻



     一郎が家で待っているというのにつまらない用で思ったより帰宅が遅くなってしまった。
     今晩は泊まっていくと聞いているので一郎が帰ってしまう事はないが、会える時間が減るのは不本意だ。
     マンションのエントランスからエレベーターまでいつもより心持ち向かう足が早くなる。
     玄関を開けると奥から「おー、おかえりー」と一郎の声がした。呑気な声は左馬刻の心をいつでも癒す。眉間の皺も和らぐ。
    「遅くなって悪かったな」
     一郎の声は洗面所からしたきた。
    「怪我なく帰ってくりゃそれでいいよ。俺こそ好き勝手してて悪いな」
     そういう一郎は風呂上がりらしく、洗面台の前で髪を乾かしていた。
    「待たせてんだし、ここでは好き勝手していいって言ってんだろ?」
    「おう」
     一郎が快活な笑顔を見せる。一郎の明るい笑顔が好きだ。
     左馬刻も洗面所に入る。ちょうど髪を乾かし終えたらしい一郎に手土産を渡して洗面台の前を譲ってもらい、自分は手洗いうがいを済ませる。
    「何だこれ?」
    「焼き鳥。帰りにもらった」
    「いいな。一杯やる?」
    「おう。ビールもらうわ」
     一緒に台所に向かう。
     オーブンで焼き鳥を軽く温めている間に冷蔵庫から缶ビールを取り出す。一郎は冷凍庫で冷やしているグラスをテーブルに並べる。
    「白米あるか?」
    「〆に茶漬け食うの?」
    「おう」
     左馬刻の問いかけに慣れた調子で一郎は返す。
     焼き鳥を皿に並べたらビールと共にテーブルへ。
     二人はダイニングテーブルに向かい合わせに座る。
     プルタブを開けてビールをグラスに注ぐ。冷凍庫で冷やしていたグラスの霜が、ビールが注がれたところから溶けていく。
     黄金色のグラスを二人で掲げて、こつんと小さくぶつける。
    「お疲れさん」
    「おう、お疲れさん」
     二人でビールを呷る。
    「~」
    「染みんなぁ」
     こうやって二人で酒を飲むのも考えれば感慨深いものだ。
     出会った頃は酒も飲めなかった子供が大人になった。顔を合わせないほどお互いを憎んでいた時があった。その二人が今や恋人で差し向かってビールを飲んでいる。
     幸せとはこういうものじゃないのだろうか。
     左馬刻は自然と顔が弛む。
    「なぁ、塩の鶏皮食っていい?」
    「好きなの選べや」
    「やった」
     一郎はぱくりと一串にかぶりついた。
    「かりかりしてて美味い」
     いつも一郎は美味そうに食べる。この顔も好きだ。
     ビールを一口口に含むと一郎はへにゃりと眉尻を下げて笑った。気の抜けた笑い顔だった。
     一郎が眉尻を下げて笑う顔を見たのは、付き合ってしばらくしてからだった。
     左馬刻が幸せだなと思っている時に一郎はよくこうやって笑う。
     一郎の幸せな時の笑顔はこの笑顔なんだろう。
     TDDにいた時、あれだけ近くにいたのに左馬刻はこの笑顔を見た事はなかった。
     あの頃、自分は一郎の全てを知っていると信じていた。
     けれど違った。
     一郎に『お前、親は?』と尋ねた事があった。『戦争で死にました』淀みなく答えられた言葉にこれは何度も訊かれて答えた言葉だからだろうと思った。違った。淀みなく答えたのは用意している言葉だったからだった。
     萬屋を始める時、未成年だけで借りられる物件なんてあるのかと疑問には思ったが、後見人なんて金で買おうと思えば出来る時代だった。自分はそうしてきた。だから訊かなかった。
     一郎の言動の違和感を左馬刻は深く言及しなかった。
     だからあの時はこの笑顔をみられなかったのだと思う。
     言い訳ではないが、あの時の左馬刻も余裕がなかった。
     別れや裏切りは初めてではないが、簓との別れは左馬刻にそれなりの影を落としていた。
     そこに自分の元に唯一残った一郎は、思った以上に気が合って、それから左馬刻はあの時すでに一郎に恋をしていたのだと思う。恋の熱病は色んなものを見えなくさせて、自分の都合の良い解釈に変えてしまう。
     今、一郎への想いは恋なんて可愛いものじゃなく、愛している。
     一郎の何もかもが愛おしい。
     後悔なんてしたくないし、過去にもしもなんて事はないけれど、あの時、恋じゃなくて愛してやれていたらもっと幸せでいさせてやれたんじゃないだろうか。
    「左馬刻はモモ?」
     一郎がタレのかかった串をこちらに向けてくるので口を開いて一郎の手で食べさせてもらう。
    「美味いな」
    「な」
     目の前で笑う一郎を愛している。




    ■■■■■




    #一郎



     兄弟三人で夕食を食べ終えると左馬刻の家に向かった。今晩は恋人の家にお泊まりである。
     左馬刻の家に着くと左馬刻はまだ帰っておらず、もらっている合鍵で中に入った。
     スマホに通知がきていた。開いてみると左馬刻からで二時間ほど遅くなるという。
     一郎は左馬刻の家で左馬刻を待つのが嫌いではなかった。
     左馬刻の家は大画面、音響設備の整ったテレビがあるのでそこでアニメを観るのも楽しいし、広いソファーに寝っ転がってラノベやソシャゲするのも楽しい。それに左馬刻の気配がする空間が何よりも居心地が良い。
     二時間、今日は何をしていようか。二時間となると日付が変わる前の時刻になってしまう。家主は何をしてもいいと常日頃言っているので先に風呂をもらう事にした。
     風呂上がり、髪を乾かしていると左馬刻が帰ってきた。
    「おー、おかえり」
     洗面所から玄関に向かって叫ぶと左馬刻も洗面所に入ってきた。
    「遅くなって悪かったな」
    「怪我なく帰ってくりゃそれでいいよ。俺こそ好き勝手してて悪いな」
     左馬刻は職業が職業だから心配はある。けれどあの左馬刻が怪我するなんて事はないという信頼もある。だから呑気に好きに過ごさせてもらって家主より先に風呂に入ってしまった。
    「待たせてんだし、ここでは好き勝手していいって言ってんだろ?」
    「おう」
     いつも通りの応酬。
     手洗いうがいをする左馬刻に場所を譲ると、紙袋を渡される。
    「何だこれ?」
    「焼き鳥。帰りにもらった」
    「いいな。一杯やる?」
    「おう。ビールもらうわ」
     手洗いうがいを済ませた左馬刻と一緒にキッチンに入って晩酌の準備をする。
    「白米あるか?」
     左馬刻は晩酌の後にお茶漬けを食べる事が多い。
    「〆に茶漬け食うの?」
     冷凍ご飯があるので後からそれを解凍して出そう。
    「おう」
     焼き鳥と缶ビールとグラスをテーブルに並べて向かい合わせに座った。
     ビールをキンキンに冷えたグラスに注いで二人で乾杯する。
    「お疲れさん」
    「おう、お疲れさん」
     自分の手元に戻したビールを呷る。
    「~」
     風呂上がりに冷えたビールが美味い。
    「染みんなぁ」
     半分に減ったビールグラスをテーブルに置くと、左馬刻が一郎の事を目を細めて見つめていた。
     一郎は左馬刻のこの表情が少し苦手だった。
    「なぁ、塩の鶏皮食っていい?」
    「好きなの選べや」
    「やった」
     左馬刻の視線から逃げるように焼き鳥を頬張った。焼き鳥は美味しい。
    「かりかりしてて美味い」
     美味しくて笑顔になるけど、上手く笑えなかった。一郎は左馬刻の前で表情を繕うのが苦手だ。
     左馬刻と付き合い始めてから左馬刻はよくあの表情をする。慈しみ、みたいな表情だ。
     TDDにいた時も決別していた時でも左馬刻が一郎を見る時の目はいつもギラギラしていた。一郎を欲している目だった。
     今はキスだってセックスだってするけど、あんな獣みたいな目では見てくれない。
     一郎は自分がどんどん我が儘になっている自覚があった。恋は人をどこまでも傲慢にさせる。
     左馬刻にもっと求められたい。その欲求にきっと果てはない。
     見つめくるだけの左馬刻の視線から逃れたくて一郎は焼き鳥を一本手に取った。
    「左馬刻はモモ?」
     一郎はタレのかかった串を手に取って左馬刻に出す。左馬刻は受け取ろうとせずに、一郎に串を持たせたまま、肉を一つ齧っていく。
    「美味いな」
    「な」
     そんな風に俺も齧り取って欲しいなと思いながら一郎は笑った。
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