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    霊木解体 ( 1 )

    ##企画:colors

    妖精を霊木送りにすることで、霊木は活性化する。
     選ばれた妖精の魂は霊木の中に取り込まれ、魂が擦り切れるまでエネルギー源にされ、霊脈から吸い上げた力と練り合わされ、妖精の命ひとつででいくつかの不死の実を結実する。
     霊木が成長するための呼び水のような存在であり、単独では存在し続けられない霊木という存在を、セッカは「人のようだ」と思う。
     霊木は貪欲に成長し花守山に長寿と仙術という奇跡を提供し続ける。
     本当に花守山にとって必要で人道的なものであるかどうかは疑わしい。
     セッカは身を持って知ってしまった。
     この時代でたったひとりの命を犠牲にすればいいわけではない。ひとりを愛する人がいて、取り巻く人たちがいて、波紋のように届く範囲すべてに影響を及ぼすのだ。
     それゆえに、当事者である霊木の妖精格であるシロツメ公主春玲が「霊木の成長構造を解体したい」とセッカに相談してきた時は、少女に課せられた大きな宿命を感じさせられた。
    「私は霊木に選ばれたために、平穏な生き方を失いました。霊木の妖精格でなければ、いまこうしてアルテファリタの公邸で執政官と向かい合ってお茶を頂くこともなかったでしょう。故郷の畑で花を摘み、嫁いで子を産んで、外を知らずに眠りについたに違いありません」
     シロツメ公主はゆっくりと、女性の薫りを含み始めた横顔で話しを続けた。
     妖精格である自覚をし、番と共にひとつの終結を経た後の表情は引き締まっている。
    「私はみなさまのお力でいまもこうして生きてそれを語ることができますが、これまでの妖精格はそうではありません。花守山数千年に及ぶ歴史の中で一帯どれほどの妖精が犠牲になり、代理人が涙を飲んだのでしょう。私は公主としてこの社会構造に対して疑問を呈します」
    「しかしそれは花守山のエネルギー構造根本を覆すことになるのではありませんか? 代替えのエネルギー提供を考えなくては国民は動揺するのでは」
     執政官ヴィトロはシロツメ公主へ一番の問題を指摘してきた。
    「考えられる影響は、100年の寿命の享受は難しくなり、食事も花と茶だけでは成り立たなくなることでしょう。しかしなにか問題があるでしょうか」
     シロツメ公主は面持ちからは想像できないほどに、大胆な言葉を続けた。
    「霊木の成長構造がある限り、いつ己の愛する人が国のために無為の死を要求され、自由意思を奪われるか分からないことを、平然と受け入れる民であってはならないと私は思います。平等に痛みを分け合い、他国民と同じような寿命を生きることに不満を持つ者がいるとしたら、正すべきことです」
     きっぱりと言い切る唇は一度ぎゅっと閉じた。
     セッカはふぅ、と一度息を吐いた。
     花守山側に相談しないのは正しいと思う。
     反感を持つものに暗殺されることは目に見えている。今花守山は第一王である慈悲王幽達の反旗収束後、国政が乱れているところだ、これ以上の問題を放り込むべきではない。
     まだ若い公主は故郷の力で故郷の悪しき構造を破壊することができないことに強い不満をもっているに違いなかったが、他に伝手もない。
     助力をアルテファリタへ求めたのはセッカがいたから他ならない。
    「セッカなら、私の言っている意味を分かってくれると思ったのです」
    「分かりますよ」
     セッカは即答した。
     代理人でなければ自分の主であった冬清王潤越が無残な死を遂げることはなかった。
    「そして、私がこのような大きな問題に早急に動き出したのには、自分の経験を次の代に繰り返したくないからというだけではありません」
    「うん?」
    「若木の存在があります」
    「わかぎ…?」
     言葉のまま受け取ると、それは若い芽のことだがセッカは初耳の表現だった。
    「霊木にはいくつか自身の保守機能があるようです。自己進化機能の「代理人と妖精格」の構造。自己複製し問題発生時に己の代替えとして機能する構造、私はそれを「若木」と呼ぶことにしました」
     シロツメ公主は二人の叡智との間に挟まれたテーブルに三国の地図を広げた。
    「ここに、その若木があります」
    「アシュタルですか」
    「先代ミンカラ様の墓所に若木はあります」
     霊木の機能をそのまま有した若木がアシュタルで根を張ることに今は問題は見られないが、まだ未熟な若木であるからだとシロツメ公主は言う。
     霊木はこれまでひとつだけだったが、複製である若木が成長し、自己進化機能を発現させた時は地上に妖精と代理人が二組誕生することになる。
    「霊木という機能だけでいうならば、地上に富と長寿をあまねく広める素晴らしい宝であると思います。問題となるのは内部進化構造です。悪しき構造を若木に継承させてはならないのです。そのためにも今、霊木の解体が必要なのです」
    「ヴィトロ、お前ならだいたい霊脈がどこにどう流れているか把握してるんじゃないのか」
     セッカがペンを渡すと、ヴィトロは一度黙したあと、地図にざっくりとした線を引いた。川の流れのように大陸を横切り、線はいま三人がいるアルテファリタにも、シロツメ公主が若木があると指したアシュタルの先代ミンカラの墓地の上にも横たわっていた。
    「解体しないとこの線上のどこかに、また若木が生えてくる可能性があると、んー…よろしくないなそれは」
    「念の為にお聞きしたいのですが、我が国に若木はありますか?」
     ヴィトロの危惧はごもっともだ。
     まるで外来種植物のような行動をする霊木の機能は国の運営に大きな影響を及ぼす。
    「ありません。私は執政官のように、しっかりとした形で霊脈を把握することはできないのですが、ここは若木が育つ環境ではない吹き溜まりの、海流のようにうねる器のような形があって」
     説明しづらそうに語るシロツメ公主に、ヴィトロは頷いた。
    「そうです。我々は堝と呼びますが霊脈の流れが滞留する場所です」
     ヴィトロの表現に適切な答えを見つけたようにシロツメ公主は大きく二度頷いた。
    「はい、霊木は実際には「自然界の木」とは違うものなので、とても抽象的な表現ですが、霊木は根を張ることができません。アルテファリタという場所は霊的にとても荒ぶる場所だと私は思います」
     セッカは「俺は感知できないからなぁ」とぼやきながら指先で地図を叩いた。
    「墓所は滞留のない若木が育ちやすい場所だったと」
    「40年ほど前に複製をおくと霊木が定め、6年前に先代ミンカラ様が崩御されその場が墓所となったことで、急激な成長をして私が感知できるほどになったと思います」
    「先代ミンカラの影響か、死んでも迷惑な鳥だな」
    「しかし40年前は公主はまだ生まれていないのでは? よく時期までおわかりになりますね。妖精格はわかるものですか」
     ヴィトロの質問に17歳の少女は微笑んだ。
    「話を少しだけ戻します。代理人と妖精格の話です。国主は40年ほど前に宮中地下から花守山始祖である錬金術師花悠の亡骸を発見し、当時のアルテファリタ執政官の助力を得て、地上に彼の王を復活させました。目的は、彼を代理人として機能させ霊木を再生させるためです。代理人と妖精の選出方法は今をもって不明ですが最初の代理人となったのは、錬金術師花悠王です。彼の肉体が現世に再現されるならば、もっとも適合性があってしかるべきと判断されたのでしょう」
    「40年前の…人体錬成……代理人適合……」
     セッカはシロツメ公主の話を追いながら、指を鳴らした。
    「慈悲王幽達か」
    「そうです。彼は霊木本体の代理人には選出されず、選ばれたのは冬清王殿下でした。彼は存在するすべての理由を失い、国主に見放されたのだと思います。でも本当は…慈悲王幽達は選ばれていたのです。新しい霊木の若木に。ただまだ若木は「種」の状態であり誰も感知できなかった。そうでなくては、説明がつかないのです。それでもまだ推測でしかありませんが、そういう訳で40年前には若木誕生の兆しはあったはずなのです」
    「なるほど、だから幽達は他の者たちより霊木や構造に詳しいのですね」
     ヴィトロは納得した様子で続けた。
    「若木が成長すれば、若木の代理人である幽達が妖精格を見つけ出し殺害することで力を得ることができる。危ういと公主はお考えなのですね」
    「そうです。慈悲王幽達に力を与えてはなりません」
     シロツメ公主はきっぱりと言い放ち、地図に落とした視線をあげた。
    「彼はいま執政官の管理下にあります。霊木の進化構造解体にお力添えを頂けなくても、彼に若木の代理人として行動させないで欲しいのです」
     シロツメ公主は立ち上がり頭を垂れた。
     長い白金の髪が流れて重力に沿う。
    「顔を上げてください。私は彼に多くを不幸にするための力を得て欲しいとは思っていません」
     ヴィトロの言葉に沿って顔を上げる公主に、セッカは視線を合わせた。
    「逆を言えば、霊木の進化構造を破壊すれば、若木なんかたかがしれてるってことだ。解体しない理由はない。解体をするということは逆算をするということで構造を把握できるということ、俺は楽しいけど。ヴィトロはどうする? 執政官がそう簡単に決められないかな? 現時点ではアルテファリタには何の害もないもんな。若木が生えてくる可能性もないみたいだし」
     まるで明日お茶に行こうというような誘い方だったが、知的欲求から来るその軽い誘いが、逆に事態を重く捉えずに済むように思える。
    「あなたがやりたいというのなら」
    「お前の不利になるようなことはしないよ」
    「私も花守山の錬金術師たちが作った霊木というものの構造を把握したいとは思っていました」
    「ありがとうございます。おふたりのご助力を頂けるならば、叶うはずです」
     シロツメ公主はやっと年頃の表情に戻り、いつものように下がり眉に似合う微笑みを投げてきた。
    「霊木という管理構造に干渉するには、現行の妖精格である公主と代理人の助力が必要不可欠だ。考えてみればこんな研究チャンス二度とないぞヴィトロ」
     セッカは楽しそうに手元の地図を引き寄せてすでにシロツメ公主には分からない言語でなにかを高速でメモしだした。地図は持って帰ろうと思ったが、このままセッカに渡した方がよさそうだ。
    「若木の代理人が幽達だというのは間違いないのですね」
    「はい、彼がおとなしく流刑に処されても受け入れたのは、若木という切り札をもっているから他なりません。彼が自身が代理人であると気づいたのは……おそらく妖精格と強くつながった瞬間ではないかと思います」
    「ん? もう妖精格が出てきてるんですか?」
    「若木は先代ミンカラ様を苗床にしています。若木に成長するための意思があるとすれば先代ミンカラ様を基礎としている。そして、ミンカラという存在には構造を補佐する古い家門があります」
    「カルバルですね」
    「そうです。アシュタルにあり、先代ミンカラにとって自身のエネルギー源として機能する存在カルバルが、妖精格として選出されることはごく自然の流れです」
     シロツメ公主は深くため息をついて、額に手を添えてしばし黙した。
    「ジブリール・カルバルが、若木の妖精格でした。今日会って確信しました。私と同じ霊木に選ばれた妖精格です。彼にはもう霊木の妖精としての影響がではじめている気がします」
    「幽達に殺されてもいいと?」
    「はい、彼がいないともう飛べないと、彼を」
     シロツメ公主は言い淀み下唇を噛んでからゆっくりと続けた。
    「慈悲王幽達を愛していると言っていました」
     ヴィトロとセッカはゆっくりと視線をあわせ、シロツメ公主と同じように暗い表情をみせた。
    「よりにもよって、あの2人」

     サンルームに差し込む光は暖かったが、向き合うジブルールとシロツメ公主の間の沈黙はとても重かった。
     慈悲王が自分の命を刈り取り、霊木の代理人となることで再度力を付け復権を願うと告げるのはシロツメ公主も本意ではなかった。だが黙ったままいることに何の意味もなかった。
    「王様には誓約が刻まれていると聞きました。再度花守山に足を踏み入れることはできないと」
    「そうです。流刑に際して刻まれました。でも霊木の力を持ってすれば書き換えも可能でしょう」
     シロツメ公主の言葉に、ジブリールは震えていた。
    「ジブリール、こんなことを言いたくはありませんが、慈悲王はあなたを愛してなどいません。かつて私を利用して霊木を再生させようと目論んだように、今度はあなたを利用して再度世界を混乱させようとしているのです」
     うつむいた虹色の髪を持つ鳥人は膝の上で握りしめた手を震わせたまま、しばらく言葉を紡げずにいた。
     だが、絞り出すように「それでも、あの人を愛しています」とこぼし、目に涙を溜めたまま呻いた。
    「シロツメ公主、私は、あの人を愛しています」
    「霊木の妖精はみなそのように代理人を思うのです」
     本当に個としての自分が思う気持ちであるのかを自問自答しながら、自分の意思で番を愛していると信じて、恋い焦がれる。
    「あなたはやり直すことができるのです。どうか彼に力を貸すようなことはしないで。彼と距離をとってください」
    「あなたにはできるのですかシロツメ公主、ヴルム卿と離れてそれで生きろと言われてできますか」
     無理なことを言っているのはわかっている。
     シロツメ公主が答える言葉を見つけられずにぎゅっと目を閉じる。
     どくどくと体中に流れる血潮が、無慈悲な言葉を伝えるしかない自分を責め立ててくる。
    「幽達様はどうしてそこまで、王であることを望まれるのでしょうか。私たちは宰相夫妻に負けました。新しく生きていこうと、どうしてできないのでしょう」
    「彼が代理人であるからではなく、もっと根本的なもの。作られた時に国主によって刻まれた宿。花悠の写し身であるからでしょう」
    「シロツメ公主は妄執がなくなれば、幽達様は復権を望んだりはしないとお思いになりますか?」
    「花悠王の妄執というものは根深いものです。再度命を地上に得たのならば、再び王として執政をする。王にとって呼吸をするよりも自然な思考に違いないのです。肉体に刻まれた妄執を断つには同じ様に霊木の力でなくては……」
     シロツメ公主はそこまで言って、霊木の自己進化構造を解体する際に共に断つことができるのではとふと思った。
     霊木という巨大なエネルギーに接続したら、幽達の中にある亡霊の意思を消すこともできるだろう。
     ただ簡単なことではない。幽達は大きなダメージを受けるに違いない。
    「お願いですシロツメ公主、彼を奪わないでください。私の中には彼の──」
     ぽつり、ぽつりとジブリールの眼鏡に涙が落ちる。
     悲痛な表情から、彼の手が腹部に寄せられる様を追う。
    「彼の子供がいるのです」
     こども
     あまりに想定外の言葉だった。
    「幽達様は子を産んでいいと言ってくれたのです。子を得て生きる未来を私に与えたのです」
     慈悲王幽達にとって子孫を残すということに、どんな意味があるだろうか。
     今の彼にとって子供などどうでもいいことのはずだ。
     大局を見ることを重視する彼が、大事を前に子供を残そうとするとは思えない。
     彼には家族も子供も兄妹も、天秤にかける必要のない道具で、意味のないものだということはシロツメ公主がよく知っていた。弟を惨殺し養女を拷問し道具にし、たくさんの人を傷つけ利用した男なのだから。
     そんな彼が子供を与えたということは、なにか変化があったと考えるべきではないだろうか。
     ジブリールという存在が、慈悲王の「個」の意識に働きかける力がある。
     若木と霊木の自己進化構造を解体以降の未来に、大きく影響を及ぼすのではないだろうか。
    「お願いです。シロツメ公主」
     シロツメ公主はジブリールの言葉に決心した。
    「あなたが本当に彼を愛し、彼と慎ましやかな生活こそ全てだと願うならば、私の提案を聞いてください」

     アシュタルとアルテファリタを行き来することが増えた。
     シロツメ公主は幽達とジブリールの様子を伺いながらも、セッカとヴィトロと共に霊木の自己進化構造を解体法についての方法模索を続けていた。
    「霊木の内側に招かれる方法は、現状ひとつしか方法がない。妖精の霊木送りの瞬間だ」
     セッカは手にした本の表紙を指でカツカツと叩き、歩きながら部屋に集まった4人へ説明をはじめた。
     部屋にいたのはアシュタル宰相ヴルムとシロツメ公主、ジブリールとヴィトロだ。
    「霊木送りされた瞬間だけは外側からのエネルギーに対して霊木は開かれる。内側から構造を書き換えることができるはずだ。自己成長を遮断する方法はアルテファリタの錬金術師たちの技術を応用する。構築して箱庭試験をするとして、あと1年は欲しい」
    「どうやったら幽達様に植え付けられている妄執を断ち切ることができるのですか?」
     ジブリールが前のめりになるが、シロツメ公主は慌てて体を押さえた。
     傍から見てもわかるほどジブリールの肚は膨らみ、子供の存在を感じさせた。
    「子供が生まれるまでは幽達様を押し止めることはできるでしょう。でもそのあと押し留めることができるかどうか」
    「あの鬼畜幽達でも、産後日も経ってない妻を置いて復権の行動を起こすことはないだろう」
    「わからんぞ、あいつは弱ったところで霊木送りにしようと考えているかもしれん」
     ヴルムは慈悲王幽達という存在に対して最大限の警戒を解くつもりはないようだ。
     それは皆同じだ。
    「話を戻すが、内側が開かれている間、霊木の能力に代理人はフルアクセスができるはずだ。もともと霊木に妖精を送ることで代理人は霊木の力を直接行使できる権限が付与される。ヴルムが慈悲王に干渉をすれば花悠王の執念を焼き切ることができるはずだ。だけどそんな器用なことが、短時間で脳筋宰相にできるとは思わねぇから」
    「なんだと?」
    「話の腰を折るな。──できないだろうから、シロツメ公主の補佐とジブリールには慈悲王を抑えてもらう必要がある。もはや冒険って感じだな。うまくできなきゃ人格まるごと蒸発して廃人になりかねない。うまくやってくれよ宰相。お前は奇跡のかたちだ。冬清王の肉体的素質を引き継いでいるから、できる」
     信頼しているのかしていないのか分からない投げ方をして、セッカはヴルムの肩を二度軽く叩き、また歩きながら説明を続けた。
    「肝心の内側へのアクセスには、宰相とシロツメ公主の精神力が関わってくる。宰相は公主を霊木送りにする意思をもって公主に傷を負わせる必要がある。霊木から「妖精をよこせ」と強い干渉が行われるはずだ。絶対に振り切らないといけない。流されてシロツメ公主を殺したらそこで計画は終わる。公主の魂はそのまま霊木に捕らわれてしまう」
    「僕はシロツメを殺したりしない。傷つけるとしてもこれが最初で最後だ」
    「その気概で頼む。公主は宰相に傷を負わされても、絶対に死んではいけない。代理人に殺されたいという誘惑も振り切らねばならないし、霊木からの誘惑も打ち勝たねばならない」
    「わかっています。私は絶対に生きます」
    「ヴィトロがふたりのサポートをしてくれる。心配ないですよ」
     内部構造書き換えについての詳しい話が一時間ほど続いたが、休憩中に入るとジブリールは疲れた顔をしてソファに横になった。
     身重の身で精神的に苦しい話なのは否めない。
     シロツメ公主とヴィトロは代わる代わる体を撫でた。
    「でも……解体が出産後でよかったです。負担になりますものね」
    「そうですね。ある意味、妊娠で解体検証のための時間稼ぎができてよかったです」
    「幽達様……とても、優しいのですよ」
     ジブリールはどこか自虐的にほほえみ、自分の腹を撫でながら二人へ視線を投げた。
    「いつもは辛辣な方ですが、腹が膨んでからは特に、優しいのです」
    「花守山の男は妊婦には優しいんだよ。出生率低いからな。労ってやるのが普通だ。こうやって休憩時間いれてるのだって思いやりなんだぞ」
     セッカが顔を挟んでくる。
     そうですねセッカは話し出すと休憩なんか入れてくれませんもんね、とヴィトロが遠い目をしてくるので、察せられた。
    「ジブリールは栄養をしっかりとってください。デーツをもって来たのですよ」
     アルテファリタの果物をヴルムとシロツメ公主は差し出した。
     ヴィトロとセッカがじゃあお茶をと言って入れ替わりでテーブルに花やお茶を並べていく。
    「シロツメ公主の大好きな花びらの砂糖漬けですよ」
    「ありがとうヴィトロ様、とてもきれいです」
    「執政官、それをあとで土産にいくつか持たせてくれないか。最近シロツメの食が細い」
    「公主の方こそしっかり食べないといけませんよ」
    「大きな役目を前に今から緊張をしているのかもしれませんね。だめですね」
     話しながらも、お茶を前にしたシロツメ公主の表情がだんだんと曇っていく。
    「ごめ、ごめんなさい」
     口元を抑えると白詰公主は夫の胸元にもたれて身を丸めた。
     背を震わせて吐き気を催したところで、セッカは膝を付いてその背に触れて、腕を掴んで脈をとった。
    「セッカ、なにか病気の類いか? ここのところ特にひどい」
    「だ、だいじょうぶ、大丈夫ですヴルム様。皆様もごめんなさい」
     妻を胸に置いたまま身を乗り出すヴルムにセッカは一拍置いた。
     口を開く前にジブリールが先に唇を震わせた。
    「──懐妊ではありませんか」
     ジブリールは自分の腹に手を置いて続けた。
    「妊娠初期に私にも経験がありました。薫りがだめでした」
    「そうだ。吐き気を催して受け付ける茶が少なくなり、花しか食えなくなるのが花守山の妊娠の兆候だ。おいやったな宰相」
     セッカがぱっと右手を上げるので、ヴルムは状況に置いていかれた表情のままだったが反射的に手をあげた。
     その手へ、思い切り手のひらを叩きつけてやる。
    「おめでとう! 経過観察を必要以上にした方がいい。鳥人の子ってどういう妊娠経過になるかわかんしな。花はたくさん食べないとダメだな。アシュタルにはあんまり栄養になる花が咲かないんだよなぁ」
    「子…」
    「子供、ですか」
     当人たちが一番状況に追いついていない。
    「おめでとうございます、シロツメ公主」
     ジブリールの言葉に、シロツメ公主は顔を真っ赤にして夫の胸の中に潜り込んでしまった。毅然として問題に取り組もうとする公主ではなく、そこにいたのは小さな春玲だった。
     ジブリールが同じ言葉をヴルムへかけると、彼は実感が沸かないという顔をしながらもしっかりと一度頷いた。
    「欲しかったんだ、めでたいことだ」
    「はぁ、そりゃそうだよな。むしろ宰相と公主に子供できてなかった方がおかしいよな。新婚でもなし」
     セッカはすぐにお茶を下げ、薬草茶をもってくる。
     何種類か色の違うお茶を入れて、シロツメ公主に薫りを嗅がせた。
     口を付けられるものを厳選していった結果、セッカは「懐妊だな」と改めて結論を出した。
     ヴィトロはじっと、奇跡のかたちを確認するようにシロツメ公主を見つめていた。
    「ジブリールのときにも思いましたが、腹から生まれるということの奇跡のはじまりをこの目で見ることができて嬉しいです」
     アルテファリタの民のほとんどは、灰から生まれて灰に還る。
     妊娠出産というものが全くの未知ではないにしろ、そう目にする現象ではなかった。
     だからだろうか。より一層の未来をヴィトロの目は見つめていた。
    「霊木解体まで一年あってよかったです。ジブリールと幽達の子と、公主と宰相の子は同い年ですね。必ず成功させ、共に未来を紡ぎましょう」
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    kei

    DONEhttps://poipiku.com/1425184/3449166.html
    ⇒ 繕うものたち
    二胡を弾く手を止めたのは、シロツメ公主の夫、アシュタルの護国卿ヴルムだった。
     気分よく聞いてくれていると思っていたので、驚いて弦を落とした。
     落ちた弦を夫が拾うが、ヴルムはシロツメ公主へ手渡さない。
    「聞きたいことがある」
    「な、なんでしょう、ヴルム様」
     一呼吸置いて、ヴルムは自分が感情的にならないように、意識して続けた。
    「お前に冬清王という婚約者がいたのは聞いてる。それがお前の目の前で死んだという話も聞いた」
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     シロツメ公主の視界が暗くなるのがヴルムにも分かったが話は止めなかった。
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    kei

    DONEhttps://poipiku.com/1425184/3457535.html⇒ 引き離せないもの三国を探し歩いても、これほど同じ顔の人間などいないものだ。
    「何だお前は」
     向き合うヴルムとセッカは同時に同じ言葉を発した。ヴルムは敵対心を持って、セッカは既視感を持って。
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     しかも今シロツメ公主はこの男をヴルム様、と呼んだ。
     護国卿ヴルム、シロツメ公主が嫁入りした男の名前だ。
    「セッカ、離してください」
     シロツメ公主はヴルムの姿を認識すると、セッカへ警戒心を強めた。
     慈悲王がシロツメ公主に直接使者を送り、使命の遂行を即したことが一度だけあった。
     使者は冬清王と暮らした冬ノ宮で、短いながらも幸福な時を一緒に暮らした侍女だった。年が同じであったから再会した時は13歳で、彼女も嫁入りを控えていると、祝い事であるはずが暗い顔をしていた。
     「あなたが慈悲王から託された使命とやらを果たさなければ、実家も未来の夫の未来がない」と泣きながらすがりついてきたのだ。
     動揺するシロツメ公主の心が激しく揺れているうちに、その侍女一族は戦時中の反逆行為の濡れ衣を着せら 6140

    kei

    DONEhttps://poipiku.com/1425184/3485521.html ⇒引き離せないもの(2)四十歳になったとかいう話を数年前に聞いたが、花守山の仙人たちはまるで衰えがない。ジブリールの報告を受け、思慮に更ける慈悲王は鋭い眼光のまま、黙していた。
     色素が薄く、空の雲と並べば溶けてしまいそうなほどに白い彼らは、その色の印象のままに清らかでいようとするし、争いと血の穢れを忌避し、残忍を良しとしない。
     ──と、いうが、後者は建前上のものではないかと、ジブリールは思った。
     この慈悲王という存在は、花守山において特に異質だと感じていた。
     穢れを忌避する姿勢はあるが、残忍で無慈悲なところは、花守山の民の本質からかけ離れている。身内で政権を奪い合う国主一族においても存在自体が異質に思えた。
     普通の人間であれば、個より全という帝王学を叩き込まれていてもここまで残忍な行いはできないと思う。彼は愛というものを知らないのだろう。
     シロツメ公主の教育過程を見ていたジブリールはそう結論づけていた。
     手心を知らないこの無慈悲な王に、失敗の報告をするのは恐ろしいが、避けては通れない。今後の方針を聞かずに独断で判断すればもっとひどいことになる。
     慈悲王幽達から託された霊木再生の施策──代理人に 6027