晩夏の暑い日だった。
二人で学校の課題を済ませた図書館からの帰り道。強い日差しに、僕とルルーシュはすぐに玉の汗を額に首筋に浮かべていた。
通学路の途中には自販機がある。
お互い少ない小遣いを出し合って、一本だけ冷たい飲み物を買うことにする。
種類は、二人とも好きな紅茶にした。
「ルルーシュ、先に飲みなよ」
ベンチに座るルルーシュに促すと、ちょっと躊躇うようすをみせたが、すぐに頷く。
こういうことで遠慮しても、僕が決して譲らないことをよく知っているからだ。
僕は、まだ二次性徴期を迎えてはいない未成熟ではあるけど、すでにアルファの診断を受けている。
そして、ルルーシュはオメガの診断を。
男女の性別と、更にアルファとオメガの性別。
僕とルルーシュは、複数の性別を持つ珍しいタイプなんだそうだ。
それが、どういうことなのか。
子供の僕たちにはまだよくわからないが、親や学校の大人たちのナーバスな態度からなんとなく察してはいた。
二次性徴を迎えると、男女の性別しか持たないベータの人間とは違って、かなり激しい性衝動が起こるらしい。
実際、ルルーシュがこの町に越してきたばかりの十歳のころ、僕はようすがおかなしなぐらい性急に友達になろうとしてルルーシュを怒らせている。
子供の特殊性専門の担当医は、オオカミの求愛行動に例えてアルファとオメガの関係を説明してくれた。
人間だけど、性愛に関しては動物みたいになってしまうこと。
抑制剤でコントロールしないと、性衝動を止められないこと。アルファは本能的にオメガを支配しようとするし、オメガは支配されたがること。
あまりルルーシュには知ってほしくない内容をひととおり語ったあと。担当医は、最後にこう結んだ。
でも、お互いの同意があれば、素晴らしい関係を築けると。
僕たちの親と学校側と担当医が、何度も何度も話し合って同じ学校に通う準備を整えて、受け入れを決めたことを知っている。そして、本当はすごく心配していることも。
まだ、ふたりとも子供だから。
二次性徴が来るまでは、大丈夫。
大人たちが話しているのをこっそり聞いてしまった。
だから、僕はなるべくゆっくり大人になりたい。成熟したアルファには、まだなりたくなかった。少しでも長くルルーシュと一緒にいたいから。
最近、喉元のコロコロした骨が大きくなっている気がすることも。関節が痛くて、夜眠れないことも。ルルーシュのことを考えるとき、下半身がムズムズするおかしな感覚が起こることも。誰にも言わない。
「スザク……」
名前を呼ばれて振り向けば、思っていたよりずっと近くにルルーシュの顔があった。
あんまり近づかないで欲しい。
特に、今みたいにたくさん汗をかいてるときは。
すごくいい匂いがするから。なんだか心の浮き立つような。うっとりする匂い。
これはまるで。
そっと目を伏せると、すぐ近くにルルーシュの白くて細い首筋が、制服のシャツから覗いていた。その白鳥みたいにすんなり長い首筋を透明な汗の球がひとつ。目の前で、つうっと滑り落ちていく。
なんとなく不味い気がして、つい目をそらしてしまった。
僕があからさまに避けるものだから、ルルーシュはちょっと傷ついた顔をした。それから、当たり前だけど機嫌が悪くなる。
ぐっと、ジュースのペットボトルを押しつられた。
「半分、やる」
横目で盗み見ると、白い眉間にきゅっと深い皺が寄っていた。そのようすでさえ、僕にはなんだか悩ましく見えてしまってしかたない。
ペットボトルに口をつけて、甘くて冷たいジュースをごくりと飲み込む。最近その存在を主張してきている喉元の軟骨に、ルルーシュが気づきませんように。
舌先に、甘い液体が絡みつく。
今、ルルーシュの舌も僕と同じ味がするんだろうか。
「スザク」
「ん、なに?!」
慌てて、思ったよりも大きな声を出してしまった。
ルルーシュがちょっと驚いた顔をして、それから心配そうにまた顔を近づけてくる。
だから、そんなに近づかないで欲しい。
「おまえ、この頃なにか変じゃないか?」
更に近づいてくる。
やめてくれ、ルルーシュ。
ポタッ。
覆いかぶさるように顔を近づけてくるルルーシュの汗が、僕の唇の端に滴り落ちる。弾けるように、あのいい匂いが立ち込める。
ルルーシュの唇もすぐ近くにあった。
うっすらと半開きの。いつも目にしている可愛らしい薄桃色の。
まるで引き寄せられるように、互いに近づいていた。
頭が真っ白になって、記憶が飛びかける。いや、一瞬飛んでいたかも。
そのとき。
ヒイチブ、ヒイチブ、リトル、リトル、ツキニシュ、ツキニシュ!
鋭く長く弾丸のように降下する雲雀の鳴き声が、僕たちの間に突風のように割り入った。
ハッとして、慌ててルルーシュから飛び離れる。
ヒイチブ、ヒイチブ、リトル、リトル、ツキニシュ、ツキニシュ……
僕たちの頭上で、今度は囀りが天高く消えていく。
もし、雲雀の聞き倣しが邪魔をしなかったら。
あ、あぶなかったかも。
動揺し狼狽える僕の耳に、チッと鋭い小さな舌打ちの音がした。
夏雲雀のように鋭いその舌打ちは、僕がルルーシュを振り返ったときにはもう消えていた。