「ただいま蘭ちゃんリンちゃん」
久しぶりにお袋が帰ってきた。新しいのを連れて。
腕に抱かれるそれはしわしわでなんか変な匂い。
「2人の弟だぞ?優しくするんだよ」
親父は今まで見たことない顔をしている。
そういえば、ここしばらく部屋に荷物を入れたり業者が部屋を綺麗にして落ち着かなかった。
お袋と親父が大切に抱いてるチビはその部屋に連れていかれゲージに入れられる。
グースカ寝ていシワシワをチョンとつつけば変な声をだす。
「うぅ、あぅんーまっ」
「おい、竜胆聞いたかよ?なんつったんだこいつ」
「俺が分かるわけねーじゃん。それにしてもこいつくせー」
オエッとした顔をする。
ほんとに変な匂いだし、ぐにゃぐにゃで気持ち悪い。
「蘭ちゃんリンちゃん武道のこと優しくしてあげてね」
「この子達は優しい子だから心配ないよ」
不安そうなお袋の声に明るい親父の声。安心していいぞ、こんな気持ち悪いのには近づかないから。
そこから日常は激変する。
昼夜問わずビービー泣いてうるさいし、お袋も俺たちを優先しなくなる。
勝手に外にでてもなんも言わないし、何ならそのことにすら気付いてない。
「あら?蘭ちゃんおそといってたの……?バイ菌が移ったらだけだからお風呂入ってからしかこの部屋に来ちゃダメよ」
失礼なお袋!
俺たちはいつも綺麗だ。
夜にビービーまた泣き出してうるさい。
お袋も親父も疲れ切っててこっそり竜胆と武道の部屋へ行って頭を小突いてやる。
「チビ助うっせー!」
「ゔぁー!ゔぁあん!!……ヒック、うあっ、あぅんん、あっ!きゃ!」
びっくりした顔をして、こちらを見てくるふたつの目は水色だった。
「兄ちゃんお袋と親父来たぞ!逃げる?」
「殴ったとこ見てねぇしいいんじゃね?ぎゃ!チビ助俺の毛引っ張んじゃねぇよ!!」
チビ助のくせに力が強く、毛が毟り取られそうな位痛い。
「てめぇ兄貴のこと離せよ!」
竜胆は毛を握った手をパシリと叩き、離させようと四苦八苦しているが効かない。
強く叩くとお袋と親父がめちゃくちゃ怒るので実にもどかしい。
「あら?蘭ちゃんとリンちゃんが子守りしてくれてたの……?武道もご機嫌で良かった……。2人とも賢いね、いい子ね。今ミルク持ってくるからね」
「お袋!こいつ手離さねぇ!助けろよ?!」
「ぎゃ!兄ちゃん!俺の毛も引っ掴んだ!離せよ武道……!!」
キッチンに向かったお袋に叫ぶがいい子でね、なんて返事しか来なかった。
武道は俺たちの天敵だ。
「りゃんくぅりくぅ!!んりゃくぁまくぁ」
チビ助はそのうち二足で歩くようになってなんか下手くそな言葉を話してくる。
「は?分かんねー」
「チビ助なんだって?」
うにゃうにゃ、ふにゃふにゃいって背中に抱きついてくる。
チビ助は昔から力加減を知らない。
「痛てー!」
バシッと頭を叩くと途端に泣き出す。
「あーん!あっあー!ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
「コラ、武道!蘭ちゃんに優しくしないから叱られたのよ?やさしくしないと蘭ちゃん痛いって」
「マッマ、ママー!ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
背中から離れお袋の足に抱きついて泣いている。
「俺悪くねーし」
「兄貴優しくしてやれよ?武道カワイソーじゃん」
「だって痛てーもん」
竜胆のやつはチビ助にすっかり懐いた。飯の時も傍で見ててたまにチビ助の飯を食わされている。不味いの食わされて可哀想って竜胆が言っていた。
チビ助はどんどん成長する。
「竜くん、かあいいね!」
竜胆の腹に顔をスリスリし、にっこにこの武道。
「暑そ~」
「そんなに暑くねぇよ?」
ドヤ顔の竜胆。なんかムカつく。2人して寝転がっているところに行き、武道の背中を小突く。
「蘭くん?蘭くんもかあいいねー」
雑に伸ばした足でチョンと触ってくる武道に腹が立つ。
「何?蘭ちゃんにはそんな雑な扱いするの?あー傷ついたー」
寝そべったままの武道の腹を枕にしてやる。
「蘭くんおもーい!」
頭を撫でてくる武道。いつの間にか3人とも寝てしまった。
気付けば舌っ足らずの武道は中学生になり、しっかり話すようになった。
「蘭くん竜くん、今日は憧れのマイキーくんが家に来るからいい子にしててね!?暴れたらだめだよ?!」
「誰そいつ。兄貴知ってる?」
「あー?無敵のマイキーとかってやつじゃね?なんか話してるの聞いたわ」
ソワソワした武道。何そいつ。そんなに凄いヤツ?俺らがいるのに楽しそうなのムカつく。
インターフォンが鳴り、画面に写ったのを見る。しばらくするとドアを開けに行く武道と入ってきたチビ。
武道の後ろに控えた俺たちを一瞥する。生意気じゃん。武道と付き合う奴としてはマイナス。
「うわ、でっけー」
「あ、蘭くんと竜胆くんだよ。さっき話したマイキーくんです。部屋に入ったらダメだからね!」
しかも武道と二人切りとか、こいつの顔下心丸出し丸出し。
絶対邪魔してやる!!
「なー俺、マイキーってやつ嫌い」
「竜胆俺もあいつきらーい」
「ならさ……」
「邪魔するしかねぇよな!」
お菓子を取りに来た武道と共にするっと部屋に入り込む。
「あっ!蘭くんリンくん!!もっ、入ったらダメだって……」
「俺しーらない」
「俺らの家なのになんで入ったらダメなのか分かんねー」
「……ごめんねマイキーくん……」
ベッドを背もたれ代わりにくつろぐマイキーとかいうガキに申し訳ない顔をする。
「いいよタケミっち。……それよりこっち来て」
ジュースをローテーブルに置く。その手をマイキーは掴んで武道を引き寄せるんだから。そんなの許せるわけないよな?
「武道に触ってんじゃねぇー!!」
「えっ!?」
「ちょっ?!」
俺が飛び掛ると続けて竜胆も飛び掛る。
「わぁぁ?!やめっ、みんなやめてって?!」
「なんだよたけみっちこいつら?!ちょっ!いてぇし!!ふざけんなよ?!」
狭い部屋でバタバタやり合う。こいつ、なかなか強い……。
「蘭くん……!!」
「ぎゃっ……!!」
武道の悲鳴が聞こえた。
俺はマイキーに壁に叩きつけられクラクラし、啜り泣く武道の声を最後に記憶が途切れた。
次に目を覚ましたのはびょーいん。1番嫌いなとこだ。
「……蘭くん……!!良かった……!ごめんね、突然連れてきてびっくりしたよね……ごめんね蘭くん、蘭くん……」
「……武道の兄貴なのにカッコわりーとこ見せた……。竜胆は……?」
見渡せば竜胆も同じくびょーいんでにゅーいん。
あーあ。武道と過ごせないなんてつまらない。
お袋と親父は海外だから家政婦が全部手続きしている。
「蘭くん……もう人連れてこないから安心してね……ごめんね……」
「当たり前だ。武道ももう泣くな」
にゅーいん期間は3日。打撲だけで済んだがマイキーの方が怪我が酷いらしい。ざまーみろだ。
このあと武道は人を滅多に連れてこなくなった。
たまに女を連れてくるが……。俺らに気を使って変なことはしてない。
それから武道は大学生になった。
一人暮らしするらしい。
そんなのおかしい。俺らと暮らすのが1番いいのに。
「ねぇ母さん。俺一人暮らしするけど蘭くんと竜くん連れてこうと思う」
「どうして?大丈夫よこの子達は私たちが面倒みるから」
「うーん……でも母さんも父さんも海外よく行くし、家政婦さんには大変だと思うんだ」
「確かにね……でも、あなたも大変でしょ?」
心配そうに俺たちと武道を交互に見るお袋。
「俺のとこにも家政婦さん来るようにしてくれてるんだし、大丈夫だよ。ね、蘭くん竜くん俺と一緒に暮らしたいよね?」
可愛い弟の当然の申し出に渾身の返事。
「にゃーん♡」
「にゃおん♪」
「ほらね、一緒に暮らしたいって。この子達はオレがちゃんと面倒見るから安心して」
いつの間にか俺も竜胆も同時に抱き抱えられる位大きくなった武道。
ゴロゴロ喉を鳴らしてこれからの新居に心弾ませるのだった。
「武道んとこの猫まだいんの?」
「元気にしてるっすよ!」
その返事にガッカリする。
「あいつら幾つだよ……」
「うーん21歳かな?」
「化け猫じゃん……猫の21とかヨボヨボジジイじゃん……」
「あはは!ほんとおじいちゃん猫っすね!そのうちしっぽが2本になるかもっすね!」
中学の頃武道の家に遊びに行き、大変な目にあった。
飛び掛るでかい猫が2匹。しかも相当凶暴で引っかかれた服は破れたしかまれて凄かった。
流石に危ないと思って猫を壁に投げつけてしまった。可哀想なことをした自覚があるが、そうしないとこっちが危ない。なんせ喉を狙って来ていた。
ぐったりした猫を見て発狂した武道に追い出されたのは言うまでもない。
最終的にはちゃんと謝罪し許しをもらえた。武道も猫が襲った事、止められなかったこと、怪我をしてるのに追い返したことを謝罪を受けている。
あいつらぜってー武道に気があることを察知して襲ってきた。
「ね、一人暮らしの家遊び行っていい……?」
「うーん……」
やっと武道との2人きりになれるチャンス。ここは踏み込んで行かないと。
武道ならいいっすよ!と笑顔で答えてくれると思ったのに。予想と違う反応に嫌な予感。
「蘭くんと竜胆くんも一緒に暮らすんで……ちょっと厳しいかなって……。すみません……!!」
「はぁぁー」
大きなため息をつく。