白い部屋。静かな朝。
まだ開いたばかりの目にぼんやりと映る景色は、ルッチにとって見覚えのないものだった。揺れる視界が定まっていくにつれ、異様な静けさに違和感を覚えた。材木を削る音、金属を叩く音、騒々しい男達の声も聞こえない。代わりに傍らには、木々の揺れる音とカーテンのはためく音。遠くの方で人の声がする。何故か思うように体が動かないので、ルッチは耳をすまして情報をかき集める。
その時、近くで何かが羽ばたく音がした。飛びたつ為というよりは慌てた様子のその音に、ルッチは視線をやる。そこに居た、気高く真っ白な羽の色をした鳥の姿はよく覚えのある相棒のものだった。そうして、目を覚ましたルッチに驚いて翼を羽ばたかせるハットリを見た時に、ルッチはようやく思い出したのだ。
(そうだ、おれは)
身体が軋む。すん、と鼻を利かせると薬品の匂いがして、ここは病院だと悟る。よろけながら上体を起こすルッチに、ベッドへ降りたハットリは、手助けのつもりなのか頭でルッチの腕を押し上げようとした。
視界がだいぶ開けて窓の外が見えるようになった。ハットリの頭を撫でてやると、嬉しそうに小さく鳴いて再び窓のサッシに飛び乗った。
部屋を見渡す。カレンダー、ポスター、書類、目についたセント・ポプラの文字。
「クルルルル・・・」
身振り手振り羽振り、色々なジェスチャーを混じえてお喋りが止まらないハットリ。ブルーノが、カクが、ジャブラが、話したいことが沢山あるのだろう。
ルッチは眩しいものでも見るように目を細めて、ただその姿を眺めていた。ふ、と空気が抜けてそのうち強ばった頬が表情を作るので、ルッチは何気なしに、いつものようにハットリの真似をして、あの腹話術で声を出そうとした。
「ヒュ・・・ッ」
鋭い痛みが喉にはりつく。
「げほっ、ッごほ、ごほっ」
声は出なかった。ルッチは激しく咳き込んで身体を丸めた。丸めるのだって全身が痛む。酷いめまいがする。身体が熱い、高熱を出していることに今更気がついた。
楽しげにお喋りを続けていたハットリは慌てて飛び回り、外とルッチを交互に見た。ルッチは首を振る。ハットリはベッドへ降り立ち心配そうにルッチの傍に寄り添った。
(少し、眠らせてくれハットリ)
(大丈夫だ。今度はすぐに起きる。いつまでも寝てる訳じゃない)
何だかおかしく思えてルッチは口の端で笑う。ふっと全身の力が抜けた。背後に倒れ込んだベッドが軋んで、柔らかいとはいえない枕に後頭部を打ち付ける。
(おれたちは前に。進む。進まなくては)
目を閉じる。まぶたの裏に浮かんでは消え、浮かんでは消える。