従業員用の控え室で一人、ルッチは姿見に映る己の格好を確認していた。センターできっちり分けた髪を後ろで一つに束ねるいつものヘアスタイルには少しの乱れも見当たらない。身にまとった黒い蝶ネクタイと同色のカマーベストは、上品でスッキリとしたシルエットを作り出し、黒い布地が首後ろと腰周りのみ覆う後ろ姿は、ルッチの細い腰とスラリと伸びる脚を美しく魅せている。
任務の詳細は省くが、ルッチはとある貴族の主催するパーティにスタッフとして潜入していた。しかし控え室の時計が示す数字は、とっくにパーティは始まってしまっている時間だ。当初の計画では警備員として任務にあたる手筈であったが、会場入りしたルッチの容姿に目をつけたホテルの支配人により、急遽フロアスタッフへと異動になったのだ。別の場所に潜入しているメンバーにそれを報告したところ、電伝虫の向こうで笑い転げる声が聞こえたのでルッチは危うく握りつぶしそうになった。
ターゲットの確認は取れている様で、フロアから抜けられないルッチに代わりそちらで任務を遂行する段取りとなった。手が空いてしまった分、メンバーが暗躍するあいだ客の関心を程よく引きつける、これがルッチの仕事である。
給仕など全く気が向かないが、そんな自身を鼓舞するようにコツコツとかかとを鳴らして控え室を後にする。人気のない廊下から賑やかな音の漏れるホールへと足を向けた時だった。
「遅れてごめんね、まだ入れる?」
「は、はい!お待ちしておりました、海軍大将青キジ様・・・!」
ホテル入口の方から聞こえた会話。ルッチの足が止まる。何故だ、招待リストには載っていなかったはず。思わず振り返った先のその男と視線が交わった。
「・・・」
まさか鉢合わせるとは思ってもみなかったが、男は間違いなく青キジだった。正義を背負った白いコートは置いてきたのか、ブルーのシャツに白いベストの普段の格好でそこに立っていた。
ルッチの眉がピクリと動く。対する青キジは表情ひとつ変えることなくこちらへ近づいてきた。
は、と我に返ったルッチは通路の端に寄って道を開けお辞儀をする。青キジは話しかけるでも無く、また視線が交わることも無く、そのままルッチの前を素通りしてホールへ向かっていった。
頭を上げ青キジの後ろ姿を見つめるルッチの内心は、少し苦い気持ちであった。それは想定外の青キジの登場に動揺して、あまつさえそれが顔に出てしまったことを悔しく思ったからだ。
青キジとて突然ルッチが現れた事には驚いたであろうに、彼は表情ひとつ変えなかった。瞬時にこちらの事情を察して、海軍大将である自身との関係がバレてはならないと判断したのだろう。
ルッチは青キジを追うように再びホールへと足を向けた。
普段はあんなにだらけた態度の癖に。
己の未熟さに苛立って、八つ当たりのように心の中で愚痴を言う。任務はまだ途中である。先程までやる気が起きなかった任務だが、今は逆に完璧に務めあげてやろうとさえ思っていた。カツカツと鳴らす靴音は気概を感じさせるものだった。