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    haiiro1714

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    haiiro1714

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    文字数がめちゃくちゃ増えました。(当社比)

    ##政婚ヌフ

    2話フリーナが目を覚ましたのは、まだ日が昇る前だった。にも関わらず、自分の夫となった男の姿は既になく。
    虚しい気持ちを抱えたフリーナは、冷たいシーツを一撫でして自嘲する。所詮、家同士の利益で繋がった縁に何を求めていたのか、と。
    フリーナも年頃の娘らしく結婚に僅かながらでも夢を見ていた。愛し、愛される関係、とまではいかなくとも、共に在ることを赦される程度にはなれるのではないかと期待していた。
    いい加減、大人になりなよ、フリーナ。と冷静な自分が呆れたように語り掛ける。そうやって何度信じて、何度裏切られたと思っているの?そう囁く声には耳を塞いで、やり過ごす。
    大丈夫、大丈夫。今日もひとりぼっちなだけだ。何も変わらない。いつも通りの日常だ。
    目を瞑り、吸って、吐いて、という行為を繰り返す。何度か繰り返せば少しずつ声は遠ざかっていった。
    声が聞こえなくなったのに安堵して耳から手を離し、ゆっくりと瞼を上げれば武装完了の合図だ。

    大丈夫、大丈夫。今日も僕は僕を演じられる。

    よし、と呟いて気合を入れる。
    まずはこの寝間着を替えよう。
    勢いよく立ち上がり、次いで腰に走った痛みに蹲れば昨夜の情事の記憶がフラッシュバックする。
    (痛っ………!、……わあああああああ!?ぼ、僕はなんてはしたないことをっ…!?)
    途端に顔の中心に熱が集まる。
    噂通りの女を演じる為とはいえ、あんな風に異性を自分から誘って、甘えた様に強請るなんて淑女の名折れもいいところだ!
    (絶対っ…!引かれたし、幻滅された!!)
    昨夜の無表情な彼の顔を思い出し、フリーナはそれはもうすっかり落ち込んだ。
    いつもは彼女の快活さを演出してくれる頭頂の髪をへにゃりと萎れさせ、ベッドの上で蹲ったまま、這うようにして枕を抱き寄せて、あー、だとか、うー、だとか意味のない母音を垂れ流す。
    時折、枕が小さな拳を受け止めてぽふぽふと気の抜けた音を発した。
    どれだけそうしていたのか、カーテン越しの空が白み始め、屋敷の中がにわかに活気づいてきたのが分かった。
    フリーナは慌てて、しかし、なるべく体に障りがないように庇いながらベッドから降りて、自室に繋がる扉を開けた。


    住んでいた離れがすっぽり収まりそうな部屋には、最低限の家具しか置かれておらず、フリーナの心情を表しているようであった。
    ふ、と唇が歪な線を描いたのが分かった。…結局、僕は何も変わらない。ただ囲う箱が大きくなっただけだ。
    脳裏に大金を手に入れてうかれる義理の家族が浮かぶ。あんな役立たずでも大金にはなったぞ!と小躍りしているのを幻視した。
    …やめよう、こんな不毛なこと。
    思考を打ち切り、持ってきたトランクケースを開ける。義理の家族から与えられた古着の中で最もマシな淡い桃色のワンピースを選び、着る。
    袖はぶかぶかで胸元もかなり余るが、これしか着られるものがないので仕方ない。他のものは、ちょっと…いや、かなり着るのが躊躇われるデザインなので。
    着替えを終えて、ドレッサーの前に腰掛け髪の毛を整える。
    そうして身支度を終えた頃に、寝室の扉をノックする音が聞こえた。




    「フリーナ様、朝の身支度に参りました。…お目覚めでしょうか?」
    クロリンデは新しく自身の主になったの少女の名を呼ぶ。…なるべく小さく囁く声で。
    起きていなかったらそれでもいいと考えていた。
    なにせ、早朝は結婚式から始まり、夜は閨の儀、と未だ少女と呼べる年齢の彼女にはかなりの負担を強いる日程だったのだ。
    多少の遅起きは計算の内だった。
    ヌヴィレットからも寝ていたら無理に起こさなくても良いと仰せつかっていた。
    応答が無いのをまだ眠っているのだと理解して、きた道を戻ろうと踵を返したところで寝室の扉が遠慮がちに開いた。
    「何か御用ですか…?」
    おずおずと躊躇いがちに言われて目を丸くする。普通、貴族の子女は手づから扉を開けることはない。
    あまりの衝撃に黙り込んでしまったクロリンデにフリーナは小首を傾げた。
    「えっと…?どちら様ですか…?」
    再度問われて、我に返り頭を下げる。
    「失礼いたしました、フリーナ様。本日付けでフリーナ様の専属になります、クロリンデと申します。」
    頭上で息を吞む音が聞こえた。
    「そ、そんな、僕なんかに専属なんて、嘘、だ、…ですよね…?」
    頭を上げてください!と言われて頭を上げる。目の前の少女はその瞳に困惑の色を乗せてわかりやすく狼狽えていた。
    「…フリーナ様。差し出がましいようですが、一つ提案してもよろしいですか?」
    クロリンデの言葉にフリーナが背筋を伸ばしひゃ、ひゃい!と返事をした。
    「ご実家ではどうだったのかは分かりませんが、私たち使用人に敬語や敬称は必要ありません。友人の様に気軽に接して頂いて構いません。」
    本当は友人の様に接するのも良くはないのだが、と内心で付け足しながらクロリンデは目を伏せた。
    これ以上、貴族の子女としての振る舞いを強要するのは彼女にとって酷なものになりかねない気がしたからだ。
    「本当にいいの…?僕としてはそっちのほうが楽だけど。」
    怯える彼女と視線を合わせ優しく微笑む。
    「はい。…それより、ご自分で身支度をなされたのですか?」
    クロリンデはフリーナの身なりを見て眉をひそめた。髪のセットは完璧なのに着ているワンピースはサイズが合っておらず、デザインも彼女に似合っていなかった。
    「うぅ…ええっと、う~んと…そう!たまたま!たまたま!早く目が覚めてしまってね!することもなかったからちょっと暇つぶしにね!」
    偶然を強調してフリーナは言った。クロリンデは顎に手を当てて考え込む。
    「…フリーナ様。お荷物を拝見しても?」
    あの時のクロリンデは目が据わっていて、蛇に睨まれた蛙ってああいう気分なんだろうね、と後にフリーナは笑いながらそう語った。

    少し待ってて、そう言い残して部屋に戻ったフリーナを待ちながらクロリンデは考える。さて、どこまで報告したらいいものか、と。
    クロリンデの表の役目はフリーナの専属侍女であり、護衛であった。
    元々はヌヴィレットの部下として王城で働いていた。ヌヴィレットがフリーナを娶ることが決まった時に、フリーナの侍女になることを提案されたのだった。特に断る理由もなかったので二つ返事で引き受けた。
    そして彼から提案された裏の役目は、フリーナの監視だった。
    身持ちが悪く、異種族への差別意識が強く、我儘で傲慢で浪費家な娘だと彼女の家族だけでなく親族までもが吹聴していた噂話。
    本人が社交の場に姿を現さないのをいいことに、噂好きの貴族たちはそれに尾鰭をつけて楽しんでいた。曰く、醜女であるだとか一晩を共にした男の精気を吸い取り殺す淫魔だとか。馬鹿馬鹿しいとクロリンデはずっと思っていたが。
    上司であるヌヴィレットは噂を信じきっていたわけではなさそうだったが、大切なメリュジーヌ達に危害を加える可能性を排除しきれない、としてクロリンデをフリーナに付けた。
    どうぞ!という元気な声に気を引き締める。自分の予想は恐らく当たっているだろうという妙な確信があった。

    見せてもらったトランクケースの中身はクロリンデの予想通り酷いものだった。
    胸が大きく開いた派手な色のワンピースに、ごてごてと宝石が縫い付けられたドレス。似たようなのが計5着。どれも彼女の体型には不釣り合いなものばかりで私物ではなさそうなのがよく分かる。
    「ブラックジャックには丁度よさそうですね。」
    「ブラっく?…何だって?」
    「すいません。忘れてください。」
    あまりの酷さに一瞬意識が飛んで変なことを口走っていたようだ。確認を終えてフリーナに向き直る。
    彼女の着ている服はこの中では確かにマシな部類のようだ。
    ゆらりと幽鬼の様に立ち上がり、フリーナの両肩に手を掛ける。
    「フリーナ様。まずは衣装室に行きましょう。話はそれからです。」
    さすがにこの服を彼女に着せるのは許せない。彼女の専属としてもクロリンデ個人としても。





    「それで?奥さんとは上手くいったのかい?ヌヴィレットさん。」
    宰相の執務室に入り込み、勝手にお茶会を始めた王族の兄妹の空と蛍、公爵ことリオセスリの三人は話すことがなくなったのか、ヌヴィレットに水を向けた。
    「もう、公爵!よそのお家の夫婦生活を聞くなんて!ウチはそんな子に育てた覚えはないのよ!」
    お茶を淹れなおしたティーポットを机の上に置きながら、王城の医務室で看護師長を務めるシグウィンが抗議の声を上げた。
    看護師長に育てられた覚えはない、とリオセスリは冷静に突っ込みをいれた。
    よりによってその話か…とヌヴィレットは苦虫を嚙み潰した面持ちになる。
    「その表情は既に何かあった?」
    蛍が頬を引き攣らせて尋ねる。
    「私と彼女のプライバシー保護のためこれ以上のコメントは控えさせて頂く。」
    書類から顔を上げずにヌヴィレットは話を続ける。
    「それより、空、蛍。こんなところで油を売っていていいのか?そろそろパイモンが痺れを切らして城内を徘徊しているようだが。」
    食べ物の恨みは恐ろしいと聞く。そう締めくくって次の書類に手を伸ばした。
    「蛍、後は任せた!」
    「あ、お兄ちゃんずるい!私も!」
    二人は脱兎の勢いで部屋を後にした。
    「流石に八つ当たりが過ぎないか?」
    努力も虚しく、はらぺこパイモンに捕まって𠮟られている声を扉越しに聞きながらリオセスリが問いかける。
    ヌヴィレットは小さくため息をついた。わかっている、蛍が善意で聞いてくれたであろうことは。
    「あの二人が私とフリーナ殿のことで責任を感じていることは承知している。しかし、これは当事者同士での話し合いが必要な案件だと認識している。」
    フリーナとヌヴィレットの結婚を意図せず推し進めてしまったのは、空と蛍だが、他の選択肢もあった中で結婚に承諾したのは自分の意思だ。
    様々な思惑があり、彼女を守るためだったとしても当の本人は何も知らされてはいないし、打てる手の中でも一番最低で強引な方法だったという自覚もある。それでも選んだのは手っ取り早く問題を解決できる手段だったからだ。
    彼女が噂通りの人物であればまだ扱いやすかった。
    実際には行為の最中でさえ、声を上げないほどの忍耐力と処女であることを悟らせないほどの演技力を見せた。
    閨の儀が成功しただけでも十分に貴族の義務は果たしたと言えよう。
    その日出会ったばかりの男に純潔を捧げた彼女の犠牲が如何ほどのものだったかは理解できないし、しようとすること自体が烏滸がましい。
    結局、自分とフリーナの関係は加害者と被害者でしかない。
    昨夜の涙の味を思い返せば胸に言いようもない罪悪感が広がる。初夜の後、逃げるように部屋を後にした。眠る彼女を残して。
    「ふぅん?まあ、あんたがそう言うのなら俺はこれ以上は聞かないさ。」
    精々、俺の世話にだけはならないでくれよ。そう言い残し、リオセスリは部屋を出る。
    「ヌヴィレットさん、何があったのかは聞かないわ。きっとその子もまだまだ心の整理が必要でしょうから。二人の生活が落ち着いたら可愛いお嫁さんをウチにも紹介してね。」
    リオセスリを追うようにしてシグウィンも部屋を後にする。
    一人残されたヌヴィレットは知らずに詰めていた息を吐きだした。





    夕方、ヌヴィレットはいつもより少しばかり早く帰宅した。
    自宅の書斎の机に座り、部下から屋敷の報告を受ける。途中、何人かの使用人がフリーナの名前を口にした。
    その度に僅かな警戒心を滲ませながら報告を聞く。
    やれ、転んだメリュジーヌに手を差し伸べた、とか、クロリンデを含む数人のメイドに着せ替え人形にされた、とか、屋敷の案内中に飛んできたシーツに引っかかっておばけの様になっていた、とヌヴィレットの心配とは真逆なようで安心した。…流石にシーツの話の時には怪我はなかったか?と口を挟んでしまったが。
    噂の事と昨日のメリュジーヌの件もあり、使用人たちはかなり彼女に対して嫌悪感を示しているものなのかと思っていたが、ずいぶんと好意的にみているらしい。
    クロリンデと料理長の報告には少し眉を顰めてしまったが。
    曰く、成長期にしては食事の摂取量が足りていないらしい。少しづつ回数を分けて間食などで補うように指示を出した。
    全員からの報告を聞き終え、部屋にクロリンデだけを残す。
    「ヌヴィレット様、やはり…。」
    「ああ。噂は所詮、噂でしかなかったということだ。」
    クロリンデにフリーナの家での立場を調べるように指示を出して退出を促す。
    一人になった部屋で夜のとばりが下りた窓の外を眺めながら思い出すのはよく知る双子の兄妹のこと。
    普段は冷静な二人が息を切らせて執務室に駆け込んできたのだ。必死な形相で。そして一人の友達を助けて欲しいと懇願してきた。
    調べてみれば、彼女を取り巻く環境がかなり複雑かつ厄介なものだと知った。双子の要望を叶えるために、当人を家から強引に連れ出すくらいには。
    頭を僅かに振り、思考を中断させる。夜の考え事は悪い方にしか向かない。立ち上がり、フリーナと話すために部屋を後にした。




    彼女の部屋の前に立ち、緊張しながらドアをノックする。
    何度かノックをしても返事はなく、ドアノブを回せば鍵は掛かっておらず、簡単に扉が開いた。
    真っ暗な室内に既に眠っているのだと理解する。
    まだ太陽が月にその座を明け渡してそんなに時間は経っていないはずなのだが。
    寝ているのなら後日にしようと踵を返そうとしたところで違和感に気づく。――ベッドに寝ている筈の少女の姿がないのだ。
    誰かに拐かされた?既にこの屋敷にも鼠が入り込んでいたのか?嫌な考えが頭を過ぎる。慌てて探せばベッド横の床に明らかに質の悪そうな毛布を被り、小さく身を守るようにして眠るフリーナが居た。
    なぜ、こんなところに、と思わないでもなかったが、癖のようなものなのかもしれないと思いなおす。
    起こさぬように毛布ごと慎重に抱き上げる。体は冷え切り、目の下には深い隈が目立つ。
    少女を抱きかかえたままベッドに腰掛ける。上からベッドに備え付けられていた毛布を掛け、少しでも体を早く温められるように、と体を密着させるように抱き込む。ヌヴィレットの体温が心地いいのかフリーナがヌヴィレットの体に安心したようにすり寄った。
    どれだけそうしていたのか、どちらの体温か区別がつかなくなる程度に体が温まったのを確認して少女をベッドへ横たえた。
    胸元が何かに引っ張られる感覚がして見れば、フリーナの小さな片手がヌヴィレットのシャツを掴んでいた。
    慎重に指を外し、布団を掛けて、ゆっくりと物音を立てずにベッドから降りて静かに扉を閉めた。
    部屋の前で待機していた警備の人間に声をかけて、ヌヴィレットは残った仕事を片付けるべく書斎へと戻るのだった。












































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