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    111strokes111

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    「説明できない」
    赤クロ青ロレの話です。

    26.侵攻・下

     黒鷲の生徒たちは皆、実に不安定な状況に置かれている。子供がエーデルガルトのやり方についていけず教会に付いたならば実家の者たちは帝国から人質に取られたも同然だ。逆に実家の者たちが帝国の臣民としての役目を果たしたいと考えてもガルグ=マクにいる子供はセイロス教会に人質に取られているのも同然だ。目端の利く家のものならばこの状況を利用して静観を決め込むことが出来るかもしれない。

     フェルディナントは黒鷲の生徒たちの意見を取りまとめ世話役を務めてくれているベレトに戦闘開始寸前に降伏して自領に帰ると告げた。ローレンツの記憶どおりに事態が進むならば蟄居がとけた年に彼と再会することができる。事情が事情だけに殆ど見送る者はなくベレトだけがその日の朝、彼らに別れを告げた。

    「皆撤退したよ。ローレンツの手紙はきちんとフェルディナントに渡したから安心して欲しい。俺もエーデルガルトに手紙を書くべきだったかな」

     その日の昼ベレトに誘われたローレンツは同じく誘われたクロードと共に食事をとっていた。ローレンツは常に行儀良くありたいと思っているが流石にはぁ?という不躾な声が出た。クロードも同じ気持ちだったようで彼の声の方が大きかった。

    「今更何を書くというのだね?」
    「何を言っているのかさっぱり分からない、と書くよ」

     ベレトは気づいていないようだがこれは好き嫌いや賛成反対より遥かに辛辣だ。平行線ですらないねじれの位置だ。クロードもローレンツもガルグ=マク風ミートパイを食べた。この後、食べられなくなると知っているからだ。ガルグ=マクでの最後の昼食は特別なことなど何もなかったからこそ思い出深いものとなった。今後、数週間は椅子に座って食事を取ることもないだろう。

     食後、五年前は結局二度と戻ることのなかった寮の自室にローレンツは戻っていた。この後、帝国軍が修道院の中を検める可能性が高いなら部屋の見映えを良くしてやろうと思ったからだ。壊されないように予め扉を開け放し薔薇の花が生けてある花瓶の水を取り替えた。持ち帰れない茶器に埃が付かないように布を掛けているとクロードがやってきた。

    「ちょっと俺の部屋に来てくれ」

     言われた通りローレンツがクロードの部屋を訪れるとクロードは扉を閉めた。部屋の中は今まで見たこともないような散らかりぶりで寝台の上にしか座れる場所がない。仕方なくローレンツは寝台の端に座った。クロードはそんな中で鋏を使って大きな布に切れ目を入れている。大きなままで使えば何かを包めるし切れ目があれば紐や包帯として利用したい時にすぐに裂くことが出来るからだ。

    「エーデルガルトが率いる部隊は時間稼ぎの陽動部隊だ」

     ローレンツが黙って頷くとクロードはローレンツの隣に座り布を畳みながら更に言葉を続けた。布は正しく畳んで丸めておけばかなり小さくなる。

    「だから突撃する。これを逃すと当分あいつを直接仕留める機会はないだろう」

     失敗すればガルグ=マクが陥落した上にクロードも命を落とすかもしれない。ローレンツのただ一人の理解者がこの世からいなくなってしまう。

    「クロード……共に生き残る筈では?」

     クロードの褐色の手がローレンツの頬を包んだ。妖しく煌めく緑色の瞳がローレンツを見つめている。せっかく畳んだ布はどこに転がしてしまったのだろうか。

    「あのな、俺は好奇心に生かされてきたんだ。謎を解くより気持ちいい物はないと思ってる節がある。多分それが俺の抱える歪みや欠落だな」

     瞼を閉じた顔が近づいてきたのでローレンツも瞼を閉じた。下唇をそっと吸われ空いた隙間に熱い舌が捩じ込まれる。誘うようにローレンツの舌をつつくのでクロードの口の中を舌で探った。しばらく貪るように互いの舌を絡めた後にクロードの方から顔を離した。褐色の指でどちらの物とも言えない唾液を拭う。

    「続きもしたいから俺は絶対に今日は死なないよ」

     戦う前になんと不真面目な、とクロードを怒る気になれなかったローレンツも無言で口を拭いた。

     ガルグ=マクはローレンツの知る過去でもクロードの知る過去でも陥落している。大司教レアとベレトが行方不明になっているのも変わらない。ただしクロードの知る過去では後に修道院がエーデルガルト個人の裁量で動かせる遊撃軍の本拠地として利用されていたがローレンツの知る過去では放置されていた。白きものがガルグ=マクを守るために現れたのは変わらない。

     白きものはセイロス教の女神の使いだ。不信心者であると自称するクロードはあまり衝撃を受けなかったようだが瑞獣である白きものが帝国軍の操る魔獣たちに集られ噛みつかれ撃破されるところを見た当時のローレンツは悪い意味で圧倒されてしまった。魔獣は詩作において欲望の象徴とされる。尽きることがない欲望に聖なる物が打ち負かされた世で生き残るには強者に膝を折るしかないと五年前のローレンツは思い込んでしまった。

     だがそれは間違いだった。今度は同じ過ちを犯さない。

    「ローレンツは援軍が入って来られるようにレオニーたちと協力してもう片方の砦を落とせ!クロード、ラファエル!来てくれ!」

     ベレトの檄が飛んだ。引き抜かれた二人は身のこなしが軽く攻撃を避けるのが上手いので何か考えがあるのだろう。ベレトはどうやら部隊を三つに分けるつもりのようだ。防衛線の維持はセイロス騎士団に任せ二つの砦のうち死神騎士がいる方はローレンツたちに任せ自分たちはヒューベルトのいる砦へ突撃していった。ベレトはもしかしたらヒューベルトそしてエーデルガルトに「何を言っているのかさっぱりわからない」と直接言うつもりなのかもしれない。そしてクロードはそのおこぼれに預かるつもりなのだろう。

     配置についたローレンツたちが遠方から放った一撃目は全て死神騎士に躱されてしまった。あの砦を落とさなければ援軍が入って来られないと言うのに何をしているのだろうか。ベレトの信頼に応えられない現状とそれを招いた自分へ失望を禁じ得ない。だがそれも一瞬のことだった。皆、目配せだけで死神騎士から距離を取り固まることには成功した。

    「魔獣だと思うことにしましょう」

     リシテアが宣言した。四方から囲んで計略を使わねば倒せないのは残念だが仕方ない。だが四方から囲うなら彼の刃を直接受け止める者が出てくる。リシテアにそんなことをさせるわけにはいかない。

    「だが体力のない者にそんな危険な行為をさせるわけには……」
    「マリアンヌのリブローの範囲内に誘き出しましょう」

     回復魔法をかけてもらえるとは言っても痛いものは痛いのだ。前衛を務めるローレンツにしても五年前の身であればそんな痛みに慣れていない。レオニーとイグナーツが再度リシテアの意志を確認したがしつこいですよ、と彼女が言い返したのでリシテアの作戦が採用された。

    「ローレンツさん!単騎だなんて危険です!」

     死神騎士を誘き寄せている最中だ、とローレンツが説明するとマリアンヌは納得し回復魔法をかけてくれた。死神騎士の攻撃がマリアンヌに及ばないように距離を取ってから手槍を再び投擲し意識をローレンツに向けさせる。射手は目が良くないと務まらないものだがレオニーもイグナーツも遠方からローレンツの動きをよく見ていた。すぐに距離を詰め四方から連携して攻撃したが正直言ってやはり歯が立たない。今はまだ彼の刃がリシテアに向いていないことしか良い点がない。誰かに加勢して貰えば状況が変わるかもしれないがどこにそんな兵力があるのだろう。そう思ったローレンツの耳を新たな鬨の声が刺激した。一瞬だけそちらに目をやるとどうやらヒューベルトが撤退しシャミアの率いる援軍が到着したようだった。

    「時は満たず、か……。次を待つ……」

     どうやら最初からそういう作戦であったらしく取り囲んだローレンツたちには目もくれず死神騎士は撤退していった。とにかく砦は奪取できたのでカトリーヌたちが入って来られるように取り計らう。

    「カトリーヌさん!クロードたちに加勢したいからあとは任せたよ!」

     レオニーが指さした方ではついにクロードたちがエーデルガルトの眼前に到達していた。距離があるので何を話しているのか分からないが切り結びながら何かを話していることだけは分かる。エーデルガルトは時間を稼がねばならないからだ。総大将自らが敵の前に身を晒しているその僅かな時間に彼女を倒せれば戦況が変わる。クロードはその可能性に賭けていた。ローレンツもクロードに加勢してやりたかったが距離がありすぎる。

     残念ながらローレンツとクロードの記憶通りエーデルガルトの時間稼ぎは成功しガルグ=マクは陥落、レアもベレトも行方不明となった。
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