離婚して再婚するやつ(仮)18 リシテアがうんざり顔で黒く染まった指を拭いている。
「この手帳可愛くてお気に入りだったのに!このペン、さっきあんたに貸しましたよね?仕方ないとはいえ上の空がすぎません?」
クロードは考えごとに夢中になると無意識に物をいじってしまう。先ほど彼女からペンを借りた際にインクが切れかけている、と思ったところまでは覚えている。無自覚だったのでカートリッジ交換後に中蓋がきちんと締まっているか、まを確認していなかった。
人間は己の性分から逃げられない。それは時に己を追い詰め───時に己を救うこともある。
「ごめんな……」
教職員用出入り口でローレンツに会えなかったら自宅に直接届けよう、と考えながら封をしたクロードは糊が乾いていたことに気付かなかったのだ。半年前、アネットが引き止めてくれなかったら、封筒がきちんと閉じていたら、そんな些細なことで人間の運命は変わる。
「それで式はいつなんです?」
リシテアはしぶしぶスマートフォンのカレンダーアプリを開いた。表計算ソフト使いが署で最も巧みな彼女はアナログ派、と云うわけではない。潜入捜査中のクロードがローレンツのことを考えて正気を保っていたようにリシテアは可愛らしい文房具を愛でることで正気を保っている。
「ローレンツが春しか暇じゃないから春だ」
「年度が切り替わる時期だから複合姓にする事務手続きもしやすくていいですね」
「ま、フルネームを名乗る機会はあんまりないしな」
「書くことは多いですけどね。結婚式も含めて覚悟の表れって感じがして、個人的には好感が持てますよ」
まだ市役所に結婚届を出していないが今後はフォン=リーガン=グロスタールが二人の新しい姓となる。かなり長いが元の姓も含まれているので都合に合わせて取り出せば良い。一度目の結婚の時はどうすれば周囲に影響が出ないか、独身時代と変わらぬままでいられるか、に苦心していたが今回はそう言った努力をやめた。きちんと挙式をしてゆくゆくは養子も、という話も出ている。
互いに向いている方角は違うとしてもそろそろ前に進まなくては───半年前、ローレンツから優しく諭されたクロードは両膝をついて首を刎ねられるつもりで彼の提案を受け入れた。思えばあの瞬間以外、クロードはローレンツを手放していなかったような、そんな気がしてならない。