彷徨う魂彷徨う魂
「とりっくおあとりーと!」
バッタンと大きな音を立てて研究室の扉が開かれる。視線を向ければ、カボチャ頭。顔は見えないが、くぐもった声でダイだとわかる。
「あー、ハロウィンか」
「いまは子どもじゃなくたって仮装するんだって」
「あーね、姫さんが好きそうな祭りだわな」
顔付きの大きなカボチャ頭に、仕立ての良さそうなシャツ、黒いマントに、燃えるランタン。彷徨う魂ジャックオランタンの仮装だろう。短パンから見える膝小僧が眩しい。凝った作りの衣装だ。きっと姫さんに着せられたんだろう。
「ねえ、お菓子くれなきゃ悪戯するよ!」
「お菓子、ねぇ……」
楽しそうにころころ笑うダイを横目に視線を走らせる。ここはパプニカにあるポップの研究室だ。雑然と魔術書やらマジックアイテムやらが積み上がっている。どう考えてもお菓子があるような場所じゃない。ふむ、と考えていると、ダイがこっちを覗き込んでくる。
「ねー、お菓子は?」
けっこうぶかぶかのカボチャ頭のせいで顔は見えないが、ニヤニヤと笑いを含んだ声がする。
「無いなら、悪戯しちゃうよ!」
「……確信犯だな、オメー」
「ふふ、バレた?」
「てめ、」
ふと閃いて、デスクの引き出しを漁る。奥の方から丸い缶を引っ張り出して、ダイに押し付けた。
「これでいいだろ?」
「……えー」
「あんだよ、お菓子だろーがよ」
「保存食のクッキーって……ちょっと酷いよ、これ」
ダイに押し付けたのは、保存用のクッキーだ。研究中に食事の時間がもったいない時にたまーにつまむクッキーで、保存が効く分、ぶっちゃけあんま美味しくない。ダイも明らかに不満の声を漏らしているが、知らね。
「広く言えばお菓子だろーが。缶ごとやるから、それでいいだろ」
「ちぇっ!まあでも、しょーがないな。決まりだしね」
ダイは、抱え込んだ缶の中からクッキーを摘み出し、カボチャの口に放り込む。次々とクッキーを放り込み、もぐもぐ口を動かしているのを見る。まあ、こういうお祭りは島育ちには珍しいだろう。来年は菓子くらい用意してやろうかな。今からでも、かわいい恋人の悪戯くらい聞いてやろうかなと思ったとき、カボチャの奥からポツリと呟きが漏れた。
「命拾いしたね、お兄ちゃん」
「えっ」
「うわーん!ポップー!」
バンと大きな音を立てて背後の窓が開く。聞き覚えのある声にとっさに振り向くと、空中に浮かんだダイがいた。ひゅっと息が呑む。
「ひどいんだよレオナったら!仮装の日だからって、メイド服着せようとするんだ!逃げてもすっごい追っかけてくるし!ねえ匿って!!」
ぴょんと窓枠を飛び越えて、いつもの服装のダイが飛びついてくる。子供体温のダイが抱きついてきて暑いはずなのに、冷や汗がした。
「おまえ、仮装は」
「してないよ!逃げるのに必死で……ポップ、どうしたの、顔色、悪いよ?」
覗き込んでくるダイはいつものダイで、じゃあ、さっきまでの、アレは? ゾッと血の気がひいて、体が震えてくる。だって、あんなにそっくりで。震えたまま、恐る恐る扉のほうを振り返った。
空っぽの缶がひとつ、床に取り残されている。カボチャ頭は、もう居なかった。