こんにちは、せかいでいちばんかわいい子。「ダイ、久しぶりだな!」
「久しぶり、ポップ」
明るい春の日。ポップたちの家に訪問した。おれが戻ってからしばらくして結婚したポップは、ランカークスの近くにちいさな家を構えていた。久しぶりに会ったポップは、いつもと同じく明るく笑っていて、あたたかかった。お土産とお祝いを渡しながら、ポップの家にお邪魔する。
「全然遊びに来ねーから心配してたんだぜ」
「赤ちゃんが生まれるおうちに、たくさんお邪魔するのはよくないでしょ」
近頃遠ざかっていたけど、ポップの家に赤ちゃんが生まれたから、お祝いに。そう言うと、ムッとした顔のポップに頭をこづかれた。
「おまえとおれの仲だろぉ?」
「そんなこと言ってると、奥さんに出ていかれちゃうよぉ?」
「うわっ、おまっ、縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ!」
久しぶりに訪れたポップの家は、明るくて整理されていて、ポップたちのしあわせな生活の気配が満ちている。それがチクチクと心を刺すから、ここにはあまり来たくなかった。好きなひとの幸せを手放しに喜べない程には、大人になってしまった。それがすこし悲しい。
ポップのおしゃべりを聴きながら、しあわせそうな家の中の、大きなゆりかごに近づく。その中では、ちいさな赤ちゃんが、ぱちりと大きな目を開けてこっちを見上げていた。
「ほら、ダイが来てくれたぞー」
「あーう!」
「ふふ、こんにちは」
その子は、パタパタと手を伸ばしている。ポップが抱いてやってと言うから、抱かせてもらった。ふわふわ柔らかくて、ぷくぷくしてる。ふにゃふにゃでうまく抱けないおれの腕をとって、ポップが直してくれた。
「そう、そうやって抱くんだ。まだ首座ってないからさ……」
「わあ、ちっちゃいね」
きゃあきゃあ人懐こく笑っておれに手を伸ばしてくる。おまえとおんなじくせっ毛で、おまえとちがう瞳の色で、笑っている。なんてかわいい、おまえの子。もっと近くで見たくて、顔を近づける。
「あぅー」
なんてかわいいの。おまえそっくり。無警戒に、こんなおれにも笑顔を振りまいて。きっとたくさんの人に愛されるよ。
「あーう!」
「あっ、こら!」
ぺちんと頬に手が当たった。父や母以外の顔が珍しいのだろうか。目を輝かせている。ああ、そういう好奇心が強いところ、そっくりだね。
「ふふ、ね、強い子になりそうだね」
「こんな頃からおまえをシバけりゃ大物だよ」
「あはは」
ぺちりぺちりとおれの頬を叩く手のひらの、なんと小さいこと。叩く力の、なんと弱いことよ。この手に力を込めれば、たちまち失われてしまうだろうちいさな命。それを見るポップの瞳は、優しく幸福のかたちをしていた。
「しあわせそうだね」
「そうなんだよ、こいつ、ずぅっと笑ってんの。あいつに似たのかな」
「うん」
おまえにも似てるよ。おれの腕の中の赤ん坊を見つめて、しあわせそうにポップが笑う。ああ、守らなければ。ポップの幸福の申し子よ。きみが泣かなくていい世界を作ろう。きみが笑っている限り、永遠にポップは幸福だ。
「あぅ、あー」
「おー、どしたどした」
「お父さんがいいってさ」
「あー!」
「おー、よしよし」
ポップに手を伸ばしているから、抱いていた子をポップに返した。大切そうに抱き直すポップを目に焼き付ける。ちいさな子をあやしているポップに辞去を告げた。
「おれ、もう行かなきゃ」
「え、泊まってかねぇの?」
「うん、大切な用事ができたんだ。いつまでも、元気でね」
「え」
「じゃあね!」
「あ、おい、ダイっ!」
ポップの声を振り払うように走り出た。後ろからは誰も追ってこない。ちくりと心臓が痛んだけど、もうそんなのどうだっていいんだ。
おれのやるべきこと、やっと分かった。自分にできることなど、そう多くはないけれど。はやくはやく、魔界に行かなきゃ。地上に害なす全てを斬ろう。嗚呼、他人より強く生まれて、こんなに嬉しかったことはない。おまえのために戦い続けられるんだもの!踊り出しそうなくらい嬉しいよ!
もう、ここに心残りなんて何にも無い。
さよなら、だいすきなひと。
さようなら、世界で一番憎らしい子。