涼やかに行くこと【涼やかに行くこと】
石川啄木にとって金というのは右から左へ抜けていくものであり、得るために一番手っ取り早いのは借りることだが、
借り過ぎると後は恐怖が待っているために労働をするというのが一つの選択肢としてあった。
「運ぶのきっついんだよな」
ここに吉川英治がいたらあっという間なのだがとなる。啄木が頼まれた仕事は肥料を運ぶことだ。帝国図書館は中庭もそうだがあちこちで
草花を育てているため、大量の肥料がいる。肥料は軽く十キロは超えていて、それが何個もあるものだから、運ぶのだけでも一苦労だ。
吉川がいれば鍛錬と称してやってくれるのだろうが、彼は生憎、近所の商店街の方に出ていた。
無理をしないように一輪車を用意して、特定の場所まで運んでいく。中庭の管理は他の文豪たちがやっていた。
「精が出ますね」
柔らかな声音がして、啄木は声のする方を向く。
「出してるんだよ。お前は悪戯でも考えているのか」
「散歩ですよ。散歩。作業着を着ていますが」
「力仕事をしてるしな」
話しかけてきたのは江戸川乱歩だ。啄木も乱歩も初期のころに転生した三十五人の文豪のうちの一人なので、二人の付き合いはかなり長い。
乱歩は白い、怪盗のような衣装を着ていたが啄木は怪盗を知らずに……彼は短い生命を生きたから……何か怪しい奴がいるぞとなっていた。
啄木は作業着を着ていた。頭には手ぬぐいを巻いている。
「その頭の手ぬぐいは」
「パクチー手ぬぐいだ。舞いとけって」
「……パクチーの好き嫌い。たけのこときのこは図書館を二分するとは思いますね」
啄木が頭に巻いている手ぬぐいはパクチーが描かれた手ぬぐいだった。
乱歩が言うようにパクチーの好き嫌いは個人によって大きく違う。入れるな、抜いてくれというものもいれば、沢山食べたいというものもいる。
たけのこときのこといえば、お菓子でこのお菓子でも争いが起きる。
「たけのこときのこは第三の選択のとして船が描いてあるビスケットチョコときこりとか増やせるよな」
「どっちも好きとかありますが。……今日は暑いような」
「暫く、温度が安定しているようなしていないような、だとよ」
五月にしては今日は暑い。真夏日になりそうだと啄木は仕事を頼んできた図書館スタッフに言われた。
春が過ぎようとしているのだ。やってくるのは湿度と雨、さらには高温多湿である。
「今日は暑いと。……かき氷の機械はありましたっけ
「いきなりだな。どんなのだ」
「どんなって……種類がありました。そのまま削った氷が出るのとふわふわのもの」
どんなのだと啄木は聞いてきて、乱歩は怪訝にしながらも思い出していた。かき氷を作る機械は帝国図書館の倉庫にあるのだが、
作るかき氷がふわふわになるかそのまま削ったものになるかの二種類がある。
啄木は肥料をすべて既定の場所に置いて、
「倉庫をあされば出てくるだろうぜ。毎度リストにするようにしているから」
ものが増え続けていて、断捨離をしてもまた増えてを繰り返している倉庫だ。
「これから夏になりますが、今日は暑いので。南吉君たちがかき氷を食べたがらないかなと」
「そうだな……出しておけばいいな。食堂に行けばシロップとかあるかもしれねーし。なかったら……アボカドと醤油をかき氷にのせれば」
「納豆とわさびを加えてごはんにかけるものでしょう」
童話組はかき氷を食べたがるかもしれないと乱歩は言う。確かになと啄木は考えた。
これから夏になるのだ。アイスやジェラードは定期的に置かれているがかき氷もあればいい。かき氷と言えばシロップだが、
咄嗟に思い浮かんだのはアボカドと醤油だった。森のバターに醤油をかけると美味しいし焼いてマヨネーズと醤油もおいしかった。
転生して啄木はアボカドの味を知った。
頼まれていた仕事が終わったので啄木はついでだからと乱歩と共にかき氷の機械を探すことにした。
「……いける」
「美味しー」
「トッピングいっぱいのせるの」
「載せすぎちゃだめだよ」
帝国図書館分館。
啄木や乱歩からすれば非常になじみのある表向きは近代文学を専門に集めている図書館だ。裏側の事情としては対侵蝕者の前線基地だ。
かなり好き勝手をするためにできたところではあるが、時がたつにつれ、その意味は薄れてきていた。
結社が来たから分館に入れたくなくて、機能を本館に作ったりなどもしていたからだが、この分館はとても安らげる場所ではある。
かき氷の機械は二種類見つかった。それを分館に持っていき、シロップを準備してもらいかき氷を作ってみることにしたのだ。
イチゴシロップのかき氷を食べているのは尾崎放哉でレモンシロップのかき氷を食べているのは種田山頭火、
新美南吉はカットされたパイナップルをふわふわのかき氷にのせようとして止めているのが小川未明だ。
分館の飲食室で彼等はかき氷を食べていた。
「かき氷のシロップ。色が違うだけで味は同じらしいけど、違って感じられるようになるらしいよな」
「錯覚と言いますか。思い込みですよ。果物から作ったシロップもありますが」
祭りでよく見かけるかき氷は緑のメロンシロップやハワイアンシロップの青があったりするが、味はどれも同じだ。
手回しかき氷機もあったが啄木と乱歩は疲れたくないからと全自動かき氷を使用していた。
「ほーさい。食べてみようよ。果物シロップのかき氷」
「作ってやるぜ。ブックカフェで鍛えられたからな」
「……仕方がない」
山頭火と放哉は帝国図書館に最近転生してきたばかりの文豪で、彼等は初めての夏をこれから過ごすことになる。文豪たちは定期的に転生はしていたものの、
大規模な戦いが終わってからペースはゆっくりになっていた。お腹を壊さないようにかき氷はミニサイズになっている。
「抹茶、きな粉、黒蜜も出来るぜ」
「和風ですね」
「かき氷ならどんな色に染めてもいいだろ。飯を青色に染めたら怒られるけど」
「ご飯で遊ぶなとは司書さんに怒られますので」
乱歩は笑っているが、彼等を転生させた特務司書の少女は食べ物を粗末に扱うことを許さない。
「他にもフルーツを貰ってきた」
「食べよう。そのままでもいいだろうけど」
宮沢賢治と鈴木三重吉が箱にいっぱいのマスカットを持ってきていた。氷はまだまだ沢山あるし、山頭火と放哉もかき氷を食べ続けている。
南吉はパイナップルを沢山盛ったかき氷を作っていた。未明は抹茶シロップを掛けたかき氷を食べている。
「この中に醤油かソースを置いておいても分からないような」
「ウスターソースをかき氷にかけたら単に薄まるだけじゃねえの」
「不味そうですよね」
「提案するなよ」
自分で言って自分で否定するなとなりつつも、落ち着いたら啄木はかき氷を自分で作ってて食べることにした。乱歩の分も作っておくことにするが、
「シロップは桜がいいです。寛ぎながら食べますよ」
「外は暑いから出たくないもんな。俺様もそっちにするか」
賑やかで落ち着かないようで、だけど居心地がいい。寛げる場所。
その場所にこれから他の文豪たちも来てかき氷で大騒ぎになるが、啄木も乱歩も、慣れていた。
【Fin】