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    moonrise Path

    つまりこれはメッセージ・イン・ア・ボトルなんですよ。

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    moonrise Path

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    ゲタ水
    映画と「ゲゲゲの鬼太郎青春時代」を参考

    煙社降臨節暦 第十六夜/ゲタ水 母が逝き、それを見届けたかのように子どもの姿が消えた。家はがらんとしたはずなのに手狭になったように感じてならない。読経の余韻が消え、鯨幕が取り払われ、ちゃぶ台には自分ひとりの湯飲みがのるばかりなのに壁が四方から迫ってくるような、闇。広漠な喪失。沈黙は張り合いがなく、咳をしてもひとりと詠むほどにも響かない。
     部屋を、借りることにした。引き越すのに存外荷物を感じたのは母が縫った幼い子どもの着物や、学校へ行くための鞄が出てきたからだった。いっそ焼いてしまおうか……。すると瞼の裏に青い炎が立ち上り、胸が引き絞られるように苦しくなった。荷物は無駄に多いまま引き越した。
     下宿屋のばあさんは子どもの頃面倒を見てくれた子守り婆に似ていて、時々かまどに向かって話をしている。部屋の窓には柳の枝が手を伸ばしていた。古い柳の木で、戦時中半分焼かれたのがなんとか生き延びてまた葉を繁らせたのだそうだ。おばけが出るという噂はその後生まれたものらしく、それ以前はデェトスポットだったという。
    「人には言えないこともしたものヨ……」
     ばあさんの昔語りは妙に色っぽい。
     水木は長夜を、窓の下を眺めて過ごす。桜ならば放光する。銀杏ならば妖しい火が灯る。柳の下は暗いが時々そこから、ポロン……とギターの音が聞こえる。門付けする程の腕ではないが、水木の耳には懐かしく馴染む。気に入って声をかけたいと思うが、窓を開けて二階から見下ろした時にはもう人影は消えている。本物の幽霊かもしれない。
     ギターの聞こえた翌朝は新聞が遅い。水木も少しゆっくり起きる。時々仕事に遅れるが、まあ、そんなものでよかろう。新聞には時々、柳の葉が挟まっている。いつか五枚揃ったそれを並べて扇に持った時、枯れた葉の上に文字が浮かび上がったように見えた。幻は一瞬で消えた。おとうさん、とも、あいしてる、とも読めた。水木は柳の下で歌われるのがラブ・ソングであることを微塵も疑わないし、きっと近々会うだろうと思う。
    「なあ、母さん」
     位牌が小言代わりの沈黙を寄越すので、一献捧げその夜は眠る。
     夢の中で水木は下宿の階段を降りてゆく。下駄の音を響かせると、応えるようにギターの音がする。柳の枝からぶら下がる火に照らされて、少年がギターを弾いている。黄と黒の縞の服は虎のようだが本人至って淡く穏やかに見える。カラコロ鳴る音に気づいたのだろう、ギターに向けて懸命に俯けていた顔が持ち上がる。ぎょろりとした片目が水木を見た。
     かけようと思っていた言葉を忘れてしまった。半分お世辞だが上手いと言うつもりだったし、自分は君の弾くギターが好きだよとも言ってやるつもりだった。全部消えた。鬼太郎に似ていた。出て行った幼い子どもによく似ていた。
    「寒いだろう」
     うわずった声が出る。
    「一杯どうだい」
     手にしていた銚子を振ると、高校生なので、とぼそり呟いて少年は俯いてしまう。視線の先を見ると何故か勃起している。
     ラブ・ソングだもんな。水木はもの悲しさを覚えながら煙草に火をつけた。
    「どうだい」
    「まだ……こどもなので」
    「なに、立派さ。ギターもなかなかだ」
     やっと言えた。
    「全然ですよ」
     謙遜と言うよりは吐き捨てるように少年は言った。
    「妖怪の本物の力が出せるなら、あなたを攫うくらい簡単にできたのに」
    「こうして誘われて来たんだぜ、俺は。たいしたもんだよ」
     少年は顔を上げると眉を寄せ、だがすぐに表情を脱力させ長い溜め息をついた。
    「お前、鬼太郎だろ?」
    「違います」
     首を振り、少年はギターを下ろす。
    「田中ゲタ吉。墓の下高校に通ってます。学生です」
    「知らん学校だなあ」
    「近所ではないので」
     なのにここまでギターを弾きに来るのかというのは野暮だった。水木が紫煙を履くと、ゲタ吉を名乗る少年は鼻の穴を膨らませてその煙を吸った。
    「俺、この匂いが好きなんです」
     勃起が目につく。更に膨らんでいる。
    「そうか」
     水木は笑う。
     柳の木の下で、人には言えないこと。紫煙を細く、フッ、と首筋に吐きかけてやるとゲタ吉の全身がビリビリ震えて、両手がぐいと水木を掴む。
    「おとうさん!」
     地面に頭をぶつけたと思ったが、首が枕から落ちただけだった。日は既に昇っていた。
     寝過ごしてしまった。だが水木は慌てず、自分に届いた新聞を取り、がらんとした部屋の真ん中のちゃぶ台に冷たい飯と茶を置いて新聞を広げる。柳の葉が五枚、はらはらと膝の上に落ちる。してるいあ。咄嗟にこぼれた文字を持ち上げ、並べ直す。あいしてる、だ。俺は夢の中で誰かを愛したらしい。そんな自分を羨みながら茶をすする。
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    moonrise Path

    DONEお誕生日のお祝いです。くわまつとは……。受け付けなかった時は「これは駄目」と一言教えてください。すみやかに消去いたします。
    誂さんの現パロくわまつの二次創作(鶴をそえて) 春の彼岸は桜の咲き初めにはまだ早い、が、童謡にもあるように季節は山からやってくる。長い石段を登る間に松井はちらほらと蕾をほころばせた桜の木を見た。それは純白と言ってもよかった。ソメイヨシノとはまた違う、この土地で育ってきた木なのだろう。そう思う。
     勤め先の関係で春秋の彼岸は物故者供養の法要が行われ、社員はそれに参加せねばならない。全員、では現場が回らなくなってしまうから、よほど春分の日の開催でない限りそれぞれ代表を一、二名出す程度だけれど今日は随分集まった。
     その中で一際目立っていたのが白髪の男だった。齢は自分よりいくらか上か、しかしそれでも若いはずだ。押しつけられた面倒ごとをひとりでこなしてきた結果今のポジションにいるのだと上司らの軽口の中に聞いたことがある。会社所有の不動産を管理しているということで、松井は自分が仕事をする周辺で彼の姿を見かけたことは一度もない。だが、この彼岸の法要では必ず、年に二回、見る。
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