鎮まらぬ憎しみはやがて悪しき竜を――ルフレ・スターレットの記憶「もうすぐ、人間のいない世界が始まる。ボクらを邪魔者扱いするやつらは、みんな、消えるんだ」 ――そうよ、私たちで人間たちを一掃するの。
レガリアが完全に解放されれば、世界が滅びる。
昔、母さんがそう言っていた気がする。
でも――そんなことは、もうどうでもいい。
母さんは、いつだって人間と仲良く暮らすことを願っていた。
だから、ボクもそうしようと決めていた。
なのに、それなのに。
「ボクたちが"人間じゃない"、ただそれだけで……母さんは殺されたんだ」
――所詮、人間なんて愚かで、生きている価値などないのよ。
だから――この世界に復讐してやるんだ。
――ルフレ・スターレットの記憶
よく晴れた午後。ルフレは母の代わりに市場へ買い出しに出かけた。
「挽肉、タマネギ、パン粉……うん、大丈夫」
買い物袋をのぞき込み、メモと照らし合わせる。忘れ物はない。
初めてのお使いが成功したのが、少し誇らしかった。
鼻歌を歌いながら帰る途中、町外れの川で突然、子供の悲鳴が響いた。
「……誰か溺れてる!?」
考えるよりも先に、足が動いていた。
川では少女が流され、岸辺では友達らしき子供たちが必死に叫んでいる。迷っている時間はなかった。
「大丈夫! 今助けるから!」
ルフレは荷物を投げ捨て、靴を脱ぎ、もう一つの姿を強く思い描く。
すると、彼の体は狼へと変わった――ライカンスロープの特性だ。
流れの中を泳ぎ、少女の襟元をくわえて必死に岸へ向かう。何とか助け上げた時、ルフレは少し安堵した。
「だ、大丈夫?」
しかし、その言葉に返ってきたのは――
「ば、バケモノ……!」
少女の声は恐怖に震えていた。
ルフレは凍りついた。何が起こったのか分からない。ただ、子供たちの声でここに居てはいけないことは分かった。
「そっちに行ったぞ! 絶対に逃がすな!」
次に聞こえたのは、大人たちの怒声だった。
全身が冷たくなった。理由なんてどうでもよかった。ただ、"彼らの目がそれを決めていた"。
「人間のふりをする悪魔め!」
石畳に叩きつけられる。蹴りつけられる。何度謝っても、何度泣き叫んでも、人々はやめてくれなかった。
「ルフレ!」
その時、母の声が聞こえた。
彼女は大きな狼の姿になり、人々を蹴散らしながらルフレを救い出した。
「かあさん、ごめんなさい……」
「話は後、今は逃げるのよ!」
裏道を駆け抜け、街の出口が見えた。その時、雷のような銃声が響いた。
母の体がぐらりと傾ぎ、その場に倒れる。
「かあさん?」
震える手で触れると、血が流れ出した。
「ルフレ……逃げなさい……」
「で、でも……」
母の目を見て、ルフレは涙をこらえ、走り出した。
「そう、いい子ね……」
母は静かに目を閉じ、二度と動かなかった。
ルフレはどれだけ走ったのか分からない。
気がつけば、岩場に座り込んでいた。
母を奪われた。すべてを失った。
憎しみが、胸を満たしていく。
――こんな世界、無くなってしまえばいいんだ。
「だったら、壊してしまえばいいのよ」
ふと、頭の中に誰かの声が響いた。
「……誰?」
周囲を見回しても、誰もいない。
「ボクはルフレ、君は?」
「――私はレガリア。私とあなたで、人間のいない世界を作りましょう?」
その言葉に、ルフレは何の疑いもなく頷いた。
歩き出すと、足元に硬いものが触れた。
砂を払うと、大きな黒い水晶が姿を現す。
水晶を手に取ると、レガリアの声がはっきりと聞こえた。
「この中に封じられて十数年……私は、私の声が届く者を待っていた。そして、君が現れた。」
ふと、ルフレの脳裏に"光を纏った竜と黒き炎の竜が戦う景色"がよぎった。
「ルフレ、心は変わらない?」
「もちろん。ボクらで復讐してやろう。人間たちに」
夕陽に照らされながら、裸足の少年は黒い水晶を手に、冷たい笑みを浮かべていた――。