モコのチリチリをカットする話かわいらしいふわふわの毛並みは無残にも焦げ、チリチリになってしまった。まるで風に煽られた枯れ草のように、ところどころ黒ずみ、触れれば崩れ落ちそうなほど脆くなっている。
「イスト、悪いんだけど……なんとかしてくれないかな?」
レクサスは困惑した表情でモコと並んで歩きながら、イストのもとへ歩いてきた。モコは明らかに落ち込んでおり、動くたびに焼け焦げた毛が落ちる。レクサスは苦笑しながらため息をつき、飛竜の背を軽く撫でた。
「毛繕いどころじゃなくて……これじゃ飛ぶのも一苦労だ」
イスト・スタウトは、静かにモコの状態を確認し、深く息を吐いた。
「ひどいことになりましたね……」
モコは不機嫌そうに鼻を鳴らし、もはや毛繕いすらできなくなった自らの姿を嘆くように翼を小さく揺らした。飛竜としての誇りが傷ついたのだろう。その気持ちは理解できるが、このままでは見た目の問題どころではない。焦げた毛は皮膚を刺激し、飛ぶ際の空気抵抗にも影響を及ぼしかねない。加えて、不規則に焼け残った毛が翼の動きに絡む恐れもある。
「仕方ありませんね……私が整えましょう」
イストが腰から小さな鋏を取り出すと、モコはわずかに身を引き、怯えたようにイストを見上げた。近衛騎士団の隊長として戦場に立つ男が、まさか飛竜の毛を刈ることになろうとは思ってもいなかっただろう。だが、彼は家事全般を苦にしない性格であり、細かな作業にも慣れている。
「おとなしくしてください。適当に済ませるわけにはいきませんから」
鋏が軽やかに動き始める。焦げた毛先を丹念に取り除き、焼け残った部分との均衡を取るように整える。モコは最初こそ不満げに尻尾を揺らしていたが、次第に身を委ねるように動きを緩めた。鋏の音が微かに響く中、イストの手は迷いなく動き続ける。
「……ふむ、なかなか大変ですね」
飛竜の毛並みは獣のそれとは違い、しなやかで風を受けるように生えている。単に短く刈るだけでは、飛行のバランスが崩れかねない。イストは微調整を繰り返しながら、モコ本来のシルエットに近づけていった。
やがて最後の毛束が落ちると、モコは大きく翼を広げ、軽く宙を舞った。違和感がないか確かめるように空を滑ると、満足げに一声鳴く。
「これで、しばらくは問題ないでしょう」
イストは鋏をしまい、軽く眼鏡を押し上げた。モコが不服そうにしながらも、明らかに気分を良くしているのがわかる。彼の仕事ぶりを認めたのか、飛竜は頭を擦り寄せるような仕草を見せた。
「当然です。近衛騎士たるもの、これくらいできなくてどうします」
そう言い放ちながら、イストは眼鏡を押し上げ、姿勢を正すと、まるで当然のことをしたまでだと言わんばかりの仕草で飛竜の首筋を撫でていた。その手つきは精緻で、まるで仕上げに欠かせない最後の確認をしているかのようだった。
その様子を見ていたレクサスは、感心したように小さく息を吐いた。
(……イストだからこそ、こんなことも難なくこなせるんだろうな)
そう内心で思いながらも、彼は何も言わなかった。イストの手際は完璧で、文句のつけようがなかったからだ。