飛び立つ黄金 夜の帳が降りた室内。ネイキッドは報告を聞いた瞬間、張り詰めた空気が軋むのを感じた。
「……なんだ、それ」
掠れた声が静かに響く。
「ノアが……さらわれた?」
兵士の報告に、ネイキッドは拳を握り締める。自分の耳を疑った。ついさっきまで、ノアはストーリアに帰ることを楽しみにしていたはずだ。あれほど心待ちにしていた故郷への帰還が、一瞬にして奪われたというのか。
「……ふざけんなよ」
堪えきれずに拳を振り下ろした。机の上にあった書類が床へと散らばり、室内に鋭い音が響く。
「ストーリアに帰れるって、あいつ……あんなに嬉しそうにしてたんだぞ……!」
思い出す。荷造りを終えた彼女が、小さく微笑みながら言った言葉。
――『エテルナでの時間も、大切な思い出。だからたまには遊びに来るね』
穏やかな声だった。いつも真面目で、自分よりも他人のことを優先するノア。あの時もきっと、自分より国や仲間のことを考えていたのだろう。そんなノアが、ようやく自分のために帰郷を喜んでいた。それなのに。
「クソが……!!」
もう一度、拳を振り下ろす。今度は壁だった。鈍い衝撃が拳を伝い、骨が軋む音がする。それでも痛みなど感じなかった。ただ、腹の底から煮え滾るような怒りが、ネイキッドの全身を支配していた。
――お前、何が『未練が残らないうちに』だよ。
あの夜、岬で話した言葉が頭の中で反響する。ノアは過去を振り返るように語った。そして、自分の道を進むために帰るのだと、そう言っていた。
ネイキッドは歯を食いしばる。ノアの手を掴んだとき、何か言いたかった。だが、その言葉は最後まで出せなかった。
「……クソ、マジで、俺は……」
彼女を無事に送り出せたと思っていたのに。
ノアがいなくなった。誰かに連れ去られた。帰るはずだった場所へ、今も向かうことができずにいる。
「……待ってろよ、ノア」
拳を握りしめたまま、ネイキッドは夜の闇を睨みつけた。
その時、不意に扉を叩く音が響く。
「ネイキッド、いる? いるよね? はいるよ」
聞き覚えのある遠慮のかけらも無い軽い声――イスズ神官長だ。ネイキッドは深く息を吐き、乱暴に髪をかきあげると、扉を開けた。
「姐さんか……なんの用だよ」
「ノアの件、アンタも聞いただろ? ストーリア王国に協力することにした。神殿の連中には話を通してある。アンタも来な」
イスズの言葉に、ネイキッドの瞳がわずかに揺れる。ノアがさらわれた今、ストーリア王国がどう動くのか、気にならないわけがない。
「……俺に断る理由はねぇな」
そう呟き、ネイキッドは拳を握り直した。
「……でも定期便は止まってるんじゃ……」
「ふっふっふ、心配ご無用!」
イスズが得意げに親指を立てる。その瞬間、ネイキッドは嫌な予感を覚えた。
「まさか……」
「見せてやろう、アタシの秘密兵器を!」
そう言って連れてこられたのは、村外れの倉庫。扉を開けると、そこには小型飛行艇が鎮座していた。船体は堅牢な造りで、細部まで精巧に仕上げられている。無駄に派手な塗装が施され、船体の横にはなぜか『神官長特製・黄金の翼号』と書かれているが、機構自体はしっかりとしているようだった。
「……これ、飛ぶのか?」
「当然! たぶん!」
「“たぶん”って何だよ!」
呆れるネイキッドをよそに、イスズは胸を張る。
「ほらほら、見た目はアレかもしれないけど、中身は本物だぞ! 飛行速度は通常の定期便の1.5倍、燃費も優秀、機動力も抜群! それになんと、衝撃吸収機能まである!」
「……どこで作ってたんだよ、これ」
「アタシの自作だ! 試作機も含めると三機目!」
「つまり、前の二機は失敗してんじゃねえか!」
思わず頭を抱えたが、イスズは意に介さず操縦席に飛び乗った。呆れたが、ネイキッドは足を踏み出した。
※なおイオス大陸上陸時着陸に失敗し小型艇は大破した。