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    MeltsXIV

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    MeltsXIV

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    Dragon’s Song
    本編

    6話「ここ、は……?」

    意識が急速に覚醒し、ノアは気を失う直前の記憶を辿る。
    しかし、淡い霧のように掴みどころがなく、すぐに途切れた。 目の前に広がるのは見覚えのない部屋の光景。
    月明かりが窓から差し込み、淡い光が静寂に包まれた室内を照らしている。そこに流れる空気はどこか異質で、現実と夢の狭間を揺蕩っているかのようだった。
    思わず身を起こし、周囲を見回す。
    だが、すぐに異変に気付いた。銀色の鎧は影も形もなく、その代わりに黒一色の衣が身体を包んでいる。肌に触れるその生地は、上質で滑らかだった。
    両手には重く、黒い枷が嵌められている。
    それは身体の一部であるかのように、冷たい金属が肌に食い込み、圧倒的な支配の意思を示していた。僅かに力を込めてみたが、外れる気配はなかった。自らの抵抗を嘲笑うかのように。
    試しに魔力を練ろうとする。
    だが、その瞬間、枷に刻まれた金の紋様が鈍く光り、魔力が絡め取られるように霧散した。力そのものがどこかへ吸い取られ、自らの内にあったはずの鼓動すら感じられない。魔力という概念そのものが、ここでは自分に属するものではないと定められたかのように。違和感に眉をひそめながら枷を注視する。その表面には見慣れぬ金の紋様が刻まれている。それは古の封印術か、あるいは異国の呪縛か。その紋様がかすかに輝き、ノアの内から生まれたはずの力を絡め取るように吸い込んでいた。

    「……なるほど」

    試しにもう一度、魔力を巡らせようとする。だが、それは枷に触れた瞬間に霧散し、何も残らなかった。まるで、枷そのものが魔力を封じ込める檻であるかのように。
    その瞬間、全身に鋭い痛みが走った。枷に刻まれた紋様が淡く光を放ち、焼けるような感覚が腕を這い上がる。

    「……ぐ、ぁッ!」

    咄嗟に力を引いたが、遅かった。まるで罰を与えるように、枷が魔力を吸い上げた瞬間に強烈な衝撃が神経を貫く。視界がわずかに揺れ、膝が崩れそうになる。
    これは単なる封印ではない。この枷は、ただ力を封じるのではなく、持つ者の意思すら奪い去ろうとしている。力を振るおうとすればするほど、罰のような痛みが肉体に刻まれ、そのたびに己の存在が否定されるかのようだった。魔法を試みること自体が罠であり、抵抗を示すたびに、その権利すら奪われていく――これは、拘束と支配のためのものなのだ。
    魔力さえ、ここでは己のものであることすら許されていないようだ。
    静寂だけが支配する空間。
    外界の音は一切届かず、時の流れすら感じられない。ここはどこなのか。どれほどの時間が経ったのか。何一つとして分からないまま、ノアはベッドから静かに降り、再び周囲を見渡す。壁に掛けられた高価な絵画、足元に敷かれた絨毯、火の灯らぬ暖炉。どれも整えられてはいるが、どこか無機質な冷たさがあった。ストーリアの城とは異なる、異国の静謐。
    ゆっくりと扉へ向かう。しかし、途中で足が止まった。部屋の半分より先へ進もうとするたびに、見えない力が身体を押し戻す。単なる障壁ではない。否、それはまるで意識そのものを書き換えるように、思考の流れを乱し、足を止めさせる見えざる支配だった。気付けば、先へ進む意志すら薄れ、ただ立ち尽くしていた。

    「一体何がどうなって……?」
    「やーっとお目覚め?」

    突然、扉が開かれる。その声にノアは即座に振り向いた。そこには無邪気な笑みを浮かべる少年と、黒い翼を広げた青年が立っていた。

    「全然起きないから、死んじゃったのかと思ったよ」

    少年は軽やかに笑いながら、ノアへと歩み寄る。その声音が、まるで冷たい風のようにノアの心を掠めた。

    「お前は誰だ! それにここは――」

    ノアの問いを遮るように、少年は言葉を続ける。

    「初めまして、ノア・ライトエース」

    その瞬間、ノアの胸に一瞬の恐怖が走る。なぜ彼は、自分の名を知っているのか。答えを求めようとした矢先、少年の手がひらりと何かを掲げた。それは見覚えのある折れた剣だった。

    「悪いけど、いろいろと勝手に見させてもらったよ」

    ノアは改めて自分の姿を確認する。戦士の装いは影も形もなく、ただ黒いドレスだけが身体を包んでいる。騎士としての誇りを象徴する鎧も、剣も、すべてが奪われていた。胸の奥に広がる漠然とした不安が、思考を妨げる。

    「心配しないでよ、着替えさせたのはボクらじゃないから。後で紹介するけど、ベルタが嬉しそうに着替えさせてたよ。君に似合う服、いーっぱい用意しておくってさ」

    少年の無邪気な笑顔が、ノアの胸にさらなる違和感を与える。

    「お前達は何者なんだ……?」

    少年は少し考え込んだ後、にっこりと笑って言う。「自己紹介がまだだったね。ボクはルフレ、ライカンスロープのルフレ・スターレット。で、こっちが翼人の――」

    その言葉が終わらないうちに、青年が低く響く声で口を開いた。

    「ハリアー・ブレイドだ。ノア・ライトエース、我々に従ってもらう。お前に、拒否権はない」

    その冷徹な言葉は、氷の刃のように鋭く、ノアの心を凍らせる。

    「今日からここが君の居場所だよ」

    ルフレは妖しく微笑みながら告げた。

    ハリアーは一歩前に進み、無言のままノアの腕を掴んだ。その手の力は容赦なく、逃れる余地を与えない。強引に立たされ、ノアは思わず反発しようとするが、枷に封じられた力では抗うことすらできない。

    「おとなしくしろ」

    低く冷たい声が響く。ノアの足が無理やり前へと動かされ、扉へと導かれる。重厚な扉が開くと、そこには長く静かな廊下が広がっていた。壁にかかる燭台が淡い光を投げかけ、どこか現実離れした感覚を覚えさせる。
    ハリアーの導くまま、ノアは無理やり部屋の外へと連れ出された。
    暗き廊下を進む中、扉の先から漂う甘美な香りがノアを包んだ。それは花の香りにも似ていたが、どこか妖しげな気配を孕んでいる。やがて、大きな扉が開かれ、
    少女がものすごい勢いで走ってきた。何かを叫ぶ間もなく、ルフレを蹴飛ばし、ハリアーを押しのけ、ノアに抱きつく。

    「え……?」

    ノアの混乱は頂点に達していた。何が起きたのか理解が追いつかない。

    「いきなり吹っ飛ばすなんてひどいよー! ねぇ! きいてんの?」

    ルフレの抗議を無視した少女の勢いは止まらない。ノアの視界に映るのは、髪を巻きフリルのついた侍女服をまとった少女。その大きな瞳が眼鏡の丸いレンズ越しに無遠慮に覗き込んでくる。

    「お目覚めになりまして? ご気分は? あっ、わたくしベルタと申しますぅ。鎧よりやっぱりドレスの方がいいですわねぇ、んー、でも、もっと可愛らしいドレスの方がよかったですわねぇぇぇぇー!……って、そんなことより!レガリア様がお待ちかねでしたのよー!」

    ノアに一方的にまくしたてる。少女の声は明るく弾んでいたが、その底にある異様な熱狂がノアの肌を刺した。

    「ちょ、待っ……」

    抵抗する間もなく、ベルタはノアの腰に手を回し、驚くほどの腕力でヒョイと小脇に抱え上げた。

    「レガリア様、ノア様をお連れいたしましたぁ!」

    ノアは呆然としたまま、ベルタに抱えられたまま部屋の奥へと運ばれていった。その先に待つのが何なのかも分からないまま――。
    そこには豪奢な玉座が鎮座していた。
    その中心に佇むのは、一人の少女。黒い艶やかな髪が月光を浴びて輝き、端整な顔立ちが闇の中に浮かび上がる。彼女は静かに微笑み、言葉を紡いだ。

    「やぁノア、よく来たね。キミが来てくれるのを待ってたよ」

    その穏やかな声とは裏腹に、ノアの背筋に冷たいものが走る。

    「ようやく、キミを――神竜を手に入れた」

    その言葉に、ノアは眉をひそめる。

    「――神……竜?」

    レガリアは微笑む。

    「そう。キミは人なんかじゃない、神竜さ。まだ覚醒しきれてないみたいだけどね――」
    「嘘だ……」

    胸のざわめきが止まらない。レガリアが近づき、ノアを抱き寄せると、その背から赤黒い翼が広がった。

    「私が目覚めさせてあげる……。神竜の力を、解放するのよ……そして私たちで人間達を一掃してやるのよ」

    しかし、ノアは揺るぎない拒絶の意志を示し、不自由な手でレガリアを押し返した。

    ――私が……神竜?――人の一掃?そんなこと……そんなこと、認めるものか!!

    荒れ狂う波のごとく押し寄せるレガリアの魔力。しかし、それがノアの精神を飲み込むことはなかった。鋼のように強固な意思が、それを打ち払う。
    レガリアは微かに眉を寄せる。不愉快そうに肩をわずかに揺らし、しかしその唇には悔しさを滲ませた笑みが浮かんでいた。
    やがて、その瞳には氷のような輝きが宿り、冷えた月光を映すかのごとく淡々とした声音が紡がれた。

    「ならお前にも、見せてあげるよ。私がなぜ人間を憎むのか……」

    レガリアの冷たい声が響く。
    ノアの視界が揺らぎ、現実の輪郭が霧散する。次の瞬間、深淵へと引きずり込まれるような感覚が襲った。

    ――ノアの意識は、光の奔流に呑み込まれた。

    激流に流されるような感覚が襲う。意識は確かにあるのに、身体はなく、ただどこかへ引きずり込まれていく。息をしようとするが、空気すら感じられない。ただ、流れに抗う術もなく、ノアは飲み込まれていった。
    次に目を開いたとき、そこに広がっていたのは、まったく知らないはずの景色だった。
    だが、どこか懐かしさのようなものが胸の奥をかすめる。この感覚は何なのか。
    なぜ、自分はこんなにも心を揺さぶられるのか――理解できないまま、ノアは目の前の光景を見つめた。
    空は深く澄み渡り、陽光が黄金の輝きを投げかけている。
    目の前には、壮麗な城郭がそびえ立ち、白壁に反射する光が神々の祝福を受けるように輝いていた。
    ここは、かつて「竜と人間が共に歩む理想郷」と讃えられた地。
    その王国を守護し、争いを遠ざけ、王とともに新たな未来を築こうとした存在こそ――
    レガリア。
    王宮の庭園。風が優しく花々を揺らし、静謐な空間に王の穏やかな笑みが広がる。
    レガリアはそんな王の隣で、静かに目を閉じた。陽光が降り注ぎ、心地よい温もりが肌を撫でる。かつて、彼女にとってこの場所は安らぎそのものだった。

    「レガリア、今日は休んでもいいのだぞ?」

    王は微笑みながら、日陰に用意された椅子を指し示した。

    「いえ、私はここにおります。あなたの隣で」

    それが、彼女にとって最も心地よい時間だった。王は静かに頷き、やがて小さく笑った。

    「ならば、一緒にいてくれ。お前と共に見るこの国の未来が、私は楽しみなのだ」

    王の声は優しく、確かな信頼が込められていた。レガリアはその言葉を、心の奥深くに刻み込んだ。
    白銀の鎧を纏い、威厳に満ちたその王の傍らには、人の姿をとったレガリア。
    二人は並び立ち、同じ未来を夢見ていた。

    「竜と人間が共に生きる国を作る。それが、私の望みだ」
    「……私もです。あなたの隣で、その夢を見ていたい」

    それは、確かに真実だった。
    だが――
    その未来は、無情にも砕かれた。

    『竜は人が支配し、管理して国力としてこそ価値がある』

    そう信じた王国の一部の貴族たちは、長きにわたり密かに謀を巡らせていた。王が竜と共に歩む未来を語るたびに、彼らの不満は膨れ上がり、ついには密約が交わされる。

    『王を排し、竜を従えよ。そうすれば、人は真の繁栄を手にする』

    ある夜、王宮の奥深くで貴族派の軍勢が蠢いた。兵の一部はすでに買収され、城の防備は緩められていた。反逆の刃が闇に閃き、忠義を誓ったはずの兵が次々と王の側近たちを襲う。
    王宮が騒然とする中、炎が上がった。隠し持たれていた魔導兵器が放たれ、瞬く間に城を焦がしていく。裏切りの炎は瞬く間に王宮を飲み込み、誇り高き都は修羅の巷と化した。
    紅蓮が夜空を裂く。崩れ落ちる塔、響き渡る断末魔。嘗て栄華を誇った王宮は、今や狂気に塗れた戦場だった。
    レガリアが駆けつけたとき、目の前に広がっていたのは、かつて笑い合い、未来を語り合ったはずの王宮の庭ではなかった。
    鮮やかな花々が咲き誇っていたはずの地は、赤黒い血で染まり、崩れた石畳の隙間に流れ込んでいた。煙が立ちこめ、焼け焦げた匂いが鼻を突く。
    そして、その中心に、王が倒れていた。
    白銀の鎧は血に染まり、刃の痕が深く刻まれている。
    薄れゆく意識の中で、王の瞳は最愛の竜を探していた。
    しかし、その声はもはや届かない。

    「待って……私を……」

    震える指先が、虚空を掴むように伸ばされる。
    レガリアはその手を抱きしめた。だが、その腕の中で、王の温もりは次第に薄れ、命は砂のように指の隙間から零れ落ちていく。
    胸の奥が軋むように痛む。叫びたかった。嘆きたかった。だが、彼女の喉からこぼれ落ちたのは、ただひとつの震える吐息だけだった。

    ――私は、人間を信じていた。

    王の隣で、誓いを交わした。彼の夢を叶えるために、その翼を広げた。

    ――あなたのためなら、いかなる敵とも戦えた。

    しかし、目の前の現実はあまりにも残酷だった。
    なのに、あなたの敵は「人間そのもの」だったのか?
    心が凍りついていく。苦しみよりも、怒りよりも、ただ冷たい虚無が魂を侵していく。

    ――それならば、もう……人間など不要だ。
    レガリアの瞳から、光が失われていく。
    世界は静寂に包まれた。
    だが、それは嵐の前の静けさにすぎなかった。次の瞬間、彼女の胸の奥で何かが崩れ、砕け、怒りと憎悪が奔流となってあふれ出す。
    天を裂く咆哮が響き渡る。大気が震え、大地が悲鳴を上げる。
    かつて王と共に歩んだ理想郷は、今や崩れ去り、灰と化していく。
    目の前に広がるのは、信じていた者たちが築いた裏切りの炎。
    その中で、彼女の心は決定的に砕かれた。
    王の亡骸を抱きながら、レガリアの心は軋み、砕け散った。
    そして、その破片は怒りと憎悪へと変わる。
    竜の咆哮が、夜の闇を引き裂いた。
    轟音と共に大気が震え、抑えきれぬ魔力が解き放たれる。天を焦がす蒼炎が、王宮を包み込んだ。
    悲鳴が響く。崩れ落ちる城壁、逃げ惑う人々。
    しかし、レガリアの目には、もはや何も映らない。ただ虚無だけが、心を支配していた。
    燃え盛る王都を見下ろし、彼女は静かに呟く。

    「もう、終わりだ……」

    その言葉と共に、エリュシオン王国は紅蓮の炎に呑み込まれた。
    しかし、業火の只中に、一筋の光が現れる。
    それは、黄金に輝く巨大な影――天空より舞い降りる、悠久の時を生きる者。

    「それ以上は、許さぬぞ……レガリア」

    威厳に満ちた声が響く。燃え盛る瓦礫の間に降り立つのは、金色の鱗を纏いし竜。
    エンシェントドラゴン・セレナ。
    彼女の蒼金の瞳が、怒りに燃えるレガリアを真っ直ぐに見据える。

    「……貴様は……誰だ?」

    レガリアの目が細められる。炎に照らされた金色の鱗、その威厳ある佇まい。しかし、その姿には見覚えがなかった。

    「私はエンシェントドラゴン・セレナ。この世界の理を見守る者だ」

    低く響く声には、揺るぎない意志が宿っていた。
    燃え盛る瓦礫の中、静かに睨み合う二つの影。
    レガリアの紅い瞳が細められる。
    「秩序? 人間どもの裏切りを見逃しておきながら、今さら何を言う?」
    セレナは微かに目を伏せ、静かに答えた。

    「私はすべてを見てきた。でも、これ以上は見過ごせない」
    「戯れ言を!」

    怒りが爆ぜる。大気が震え、荒れ狂う炎がさらに燃え広がる。
    ここに、エリュシオンの崩壊と共に、運命を分かつ戦いが幕を開けた。
    怒りに燃えるレガリアの翼が大気を裂く。炎を纏った爪がセレナへと振り下ろされるが、黄金の鱗がその一撃を受け止め、眩い閃光が炸裂した。

    「己を見失ったか、レガリア……!」

    セレナの声が響く。彼女の蒼金の瞳には憐れみの色が浮かんでいた。しかし、その手に宿る力は迷いを許さぬものだった。

    「我が力をもって、お前を鎮める」

    空間が揺らぎ、セレナの周囲に光の紋が刻まれていく。黄金の鎖が奔流となり、燃え盛る王都の夜空を貫いた。

    「こんなもの……!」

    レガリアは猛り狂うように炎を放つが、光の鎖はそれを飲み込み、彼女の身体を束縛していく。翼が押さえつけられ、力を制限される中、それでも彼女は抗おうとした。

    「貴様に何が分かる! 私は……私は、人間を信じた……!」
    「だからこそ、お前を止める」

    セレナの声には確信があった。光が収束し、鎖がさらに強く締め上げる。レガリアの咆哮が響くが、やがてその声は鎖に吸い込まれるように消え、紅蓮の炎も静かに鎮まっていった。
    しかし、戦いはセレナにとっても無傷では終わらなかった。レガリアの猛攻を防ぎきったものの、その代償として彼女の黄金の鱗は深く裂け、体を貫くような傷が刻まれていた。息を整えながらも、セレナは崩れゆく都を見下ろし、静かに目を閉じる。

    「……終わった、のか」

    その時、封じられたレガリアの瞳が僅かに揺らぐ。束縛されながらも、彼女はかすかに唇を動かした。

    「……くっ……ふふ……私が……ここで終わるとでも……思うのか?」

    セレナが眉を寄せる。レガリアは傷つきながらも、なおも確信に満ちた声で囁いた。

    「……まだ……終わりじゃない……機会は……巡る……竜も、人も……転生し、輪を成す……私は……必ず……戻る……」

    言葉が途切れるとともに、光の鎖が完全にその身を覆い、彼女の意識は沈黙へと落ちた。

    ――視界が現実へと引き戻される。

    ノアは震える指先を握りしめる。
    胸の奥に熱がこもり、涙が零れ落ちそうになる。
    これは、あまりにも残酷だった。
    大切な者を守れず、ただ喪うしかなかった絶望。
    それでも。

    「……それでも、あなたは……」
    「それでも、あなたは……人間を愛していたのでしょう?」

    レガリアの表情が凍りつく。

    「なに?」
    「あなたは、人間を信じていた。だから、こんなにも傷ついた。
    ……それなら、今もなお――あなたの心の奥底で、人間を愛しているのでは?」
    レガリアの指が、微かに震えた。

    「――黙れ。」

    レガリアの声は、静かで、それでいて酷く冷たい。
    その声は静寂の中に沈み込むように響いた。
    だが、その静けさの裏には、怒りと焦燥が渦巻いていた。

    「お前に……何が分かる?」

    レガリアの声がかすかに震えた。
    あの日の絶望。信じていたものが崩れ去る瞬間。裏切られた痛み。
    人間を信じた愚かさを、何度も何度も呪った。己の弱さを切り捨てねば、生き延びることすらできなかった。
    それなのに――この少女は。

    「……ハリアー。」

    レガリアは僅かに目を伏せる。
    まるで、今までの言葉をすべて振り払うかのように、感情を押し殺した声が紡がれる。

    「こいつを部屋へ戻せ。」

    ハリアーは無言のまま歩を進めると、ノアの腕を乱暴に掴んだ。
    その動きに迷いはなく、ただ命令を遂行する冷徹さだけが漂う。
    だが、ノアは怯えもしなければ、抵抗もしなかった。ただ静かに立ち、レガリアを見つめていた。
    その瞳には恐れも怒りもない。揺るぎなく澄んだ紺碧が、深淵のようにレガリアの心を映していた。
    あまりにも真っ直ぐなその眼差しが、まるで問いかけるように突き刺さる。
    何を――そんな顔をするの。
    何を、信じているの。
    レガリアは息を呑んだ。

    「……お前は、本当に……」

    レガリアは、それ以上何も言えなかった。
    ドアが閉じる。再び、ノアは幽閉される。
    だが、レガリアの心には、決して消えない棘が残った。ほんのわずかに唇を噛む。彼女の瞳には、確かな記憶が焼き付いていた。
    その眼差しを見た者は、決して忘れることはない。
    それは、どれほど絶望の闇に囚われても、決して折れることのない意志の輝きだった。
    レガリアは、その光を何としてでも屈服させたかった。
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