初めて知った君の顔「おーい、ノアー? どこだー?」
その日の午後、いつものようにのんびりしていた俺は、長老にノアを探してくるよう頼まれた。
「はぁ? 何で俺が?」
「暇そうにしておったからの。ほれ、早う行かんか」
「ちっ、わーったよ」
しぶしぶ歩き出し、ノアがいそうな場所を適当に探し回る。神殿の庭や修行場、港の方まで見て回ったが、一向に見つからない。
「ったく、どこ行ったんだよ……」
やれやれとため息をつきながら、広場の隅にそびえる大きな樹を見上げた。根本には風に揺れる草花が咲き、枝葉が広がるその姿は、まるでこの島の歴史を見守るように静かに佇んでいる。
その緑の間に、陽の光を受けて輝く、見慣れた白銀――ノアは、樹上で静かに眠っていた。
「……おいおい、何でこんなとこで寝てんだよ」
思わず眉をひそめる。
片膝を軽く立てたまま、細い指を胸元で軽く組み、背を幹にもたせかけるようにして、まるで小さな鳥のように身を丸めている。銀髪が風に揺れ、頬にかかる。その髪が陽射しを浴びて煌めくたびに、まるで月光を閉じ込めたような神秘的な輝きを放っていた。
俺が近づいても起きる気配はない。
「おーい……長老が探してたぞー」
声をかけてみるが、微動だにしない。
「おい、聞いてんのか?」
そう言いながら、ふと寝顔をまじまじと見てしまった。俺が近づいても起きる気配はない。銀髪が風に揺れ、頬にかかる。穏やかな寝息。普段の真面目でしっかりした顔とは違う、柔らかい表情だった。
(……何考えてんだ、俺)
不意に胸がざわつく。頭の中に浮かんだ妙な感情をごまかすように、
「おきろっつの」
軽くノアの頭を叩いてみた。
「ん……?」
ビクリと体を震わせたかと思うと、ノアはゆっくりと目を開けた。紺碧の瞳が、柔らかな光を宿したまま、ぼんやりと俺を映す。まだ寝ぼけているのか、どこか遠くを見ているような、そんな視線。
「お、おい」
しかし、彼女はここが樹の上だということを忘れていたらしい。
「お、おい」
俺が言うより先に、彼女はバランスを崩し、あっという間に下へ――
バランスを崩し、そのまま枝から滑り落ちた。
「うわっ!」
慌てて手を伸ばすが、ノアはバサッと葉を巻き込みながら、まるで落ち葉のように落下していく。
尻もちをつき、しばらく呆然とした様子のノア。
「だっさ!」
俺は飛び降りながら、思わず笑ってしまった。
「ぶふー! お前、ダサすぎだろ!」
言った瞬間――
「痛っ!」
思いっきり拳が飛んできた。
「イッテェよ! せっかく長老の代わりに探しに来てやったのによー!」
「長老が? なんだろう?」
「知らねーよ。とにかく、行って来いよ」
ノアはしばらく考えたあと、小さく頷いた。
「……ありがとう」
そう言って、彼女は軽やかに駆け出した。
「ったく、木の上で寝るとか……どんな寝方してんだよ」
思わず呆れたように呟く。風を受けて、銀の髪がなびく。その姿は、どこまでも涼しげで、どこまでも遠くへ行ってしまいそうに見えた。
俺は、なぜかその後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。
(……初めて見たノアの寝顔が、頭から離れねぇ)
陽が傾き始め、橙色の光が樹々を染めていく。いつも通りのはずなのに、胸の奥が落ち着かない。
風が吹き抜け、木の葉がさらさらと揺れる。俺はぼんやりと空を仰いだ。