Happy birthday「ほらよ」
10月6日、今日の分の講義が終わった後いつものようにローの家に来て部屋の掃除やら洗濯やら果てには作るのも買いに出かけるのも面倒臭いという理由だけで平気でメシを数回抜いてしまう恋人の為に数日分の作り置きまで終えたキッドはその間ソファに横たわり医学書を読みふけっていたローの目の前に両手の平から少しはみ出るサイズの白い箱を差し出した
「……?なんだこれ」
「今日誕生日だろ、やるよ」
「誕生日………?誰の」
箱を受け取ったローはそう聞くのが至極真っ当だという風な顔で聞いてきた
“誕生日”というワードを聞けばいくら自分にも他者にも無頓着な恋人と言えど分かるだろうと思っていたが全然ピンともきていない様子なのを見たキッドは無い眉を僅かに寄せた
「誰のって……お前しかいねェだろ」
「え?……あぁ、そうかおれか…」
「ンだよ反応薄いなァ」
「誕生日を祝うって歳じゃねぇだろもう」
「歳なんか関係ねェだろ、揺らすな崩れる、さっさと開けろよ」
お祝いの品を渡したってのに何やら納得のいってないような表情をして中に何が入ってるか揺らそうとしたローを引き止めキッドは箱を開けるように催促をした
近くにあったローテーブルに箱を置いたローはゆっくりと箱を開ける
「………ケーキだ」
中にはチョコがたっぷりとかかった小さめのケーキが入っていた
チョコの上にはいくつかのフルーツと白くて丸い犬の砂糖菓子、そしてホワイトチョコプレートに“Happy birthday Law”の文字
ローはまじまじと箱に入っているケーキを眺めた
「……これ、買ってきたのか?」
白い犬はローの家族が飼っている犬にそっくりだった、わざわざ似たようなものを選んでメッセージプレートも頼んできたのだろうかとキッドに聞くとふるふると顔を横に振った
「いや、作った」
「作った!?」
「あぁ、黒足にほとんど手伝ってもらったけどな、デザートなんか作ったことねェし、最近勉強大変みてェだから甘いもんでもあったらいいかなと思って、まぁ誕生日はついでだついで」
黒足とはサンジのことだろう、大学で出身地が同じということもあり気軽に喋る仲であったがまさか学部も出身地も違うキッドとも交流があるとは思ってもいなかった
ローは口をあんぐりと開けて再度箱の中にあるケーキを見た
ケーキは店で販売されているような出来栄えだった
ローは誕生日や祭りなどのイベント事にはとことん興味が無かった
生まれたからと言ってお祝いする意味も人混みにまみれてまでその場所に行く意味もこれまで理解できなかったからだ
キッドもそれを察してかローをイベント事に誘うことも自分が誕生日だからと特別なことも今までしてこなかった
メッセージプレートをよく見ると文字が所々ぐにゃぐにゃしていた
慣れないチョコペンを使ったからだろう、四苦八苦しながら小さいメッセージプレートに文字を入れるキッドを想像してローは思わず口元が緩んだ
箱からケーキを出し、手渡されたフォークでケーキを一口食べる
そんなに甘くなく、少し苦めの味のチョコが程良かった
「美味しいありがとう、ユースタス屋」
そう言って顔を上げるとキッドはふわりと笑って
「どういたしまして」
と言った
その瞬間ローに言いようのない幸福感が溢れた
どうして祝うのか、という感覚が少しわかったかもしれない
少しむず痒くて、嬉しい、もっとこの表情が見たい
でももうキッドの誕生日は過ぎてしまっただろうし次の誕生日には忘れてしまうかもしれない、というかそもそもキッドの誕生日すら覚えていなかった事に今気付いた
なにより今すぐ見たいのだ、少し考えてローは手元にあるケーキを見た
「ユースタス屋、はい」
「は?」
ローはフォークでケーキを掬い、ソファの近くに座ってたキッドに差し出した
所謂カップルがよくやる“あーん”というやつである
キッドは差し出された意味が分からないといった顔つきで固まった
「誕生日のおすそわけ」
「……ァ?」
「ほら、あーん」
ぐいぐいと口元にフォークを持っていくとキッドは諦めたのか口をぱかりと開けた
大きめに掬われたケーキが無理矢理キッドの口の中に押し込まれる
「美味しい?」
「ン…………まぁ黒足の味付けだし美味いよ」
「ふふ、そっか」
もぐもぐと咀嚼するキッドの顔が少し赤いような気がする、これまたあまり見ない表情にまたローは心がむずむずした
次のキッドの誕生日をちゃんとお祝いしてやったらどんな表情をするのだろうか
びっくりするかな喜んでくれるかな照れるかな
その為にまずはキッドの誕生日をちゃんと聞いてカレンダーにメモしないと
そう思ったローはキッドに「もう一口食べるか?」と聞いたのだった