装飾付「ねぇ、これって俺にもできる?」
タブレットをすいすいと操って、立体動画を見ていたクロエがくるりとラスティカを振り向いた。
白銀の板から投射された数千ピクセルの映像の中で、愛らしい金髪の少年がパンを齧るようにして何かを口元に当てていた。
その少年がくるくると手元を動かす度にパンのような何かは虹色に輝き、軽やかでノスタルジックな電子音がスピーカーから響く。
「オールディーズが好きな貴方にも、嫌いな貴方にも。心に響く癒しの音色をフォルモーントシティの天使がお届けします」
そんな触れ込み文句と共に、さっきの光るパンがアップで映し出されて特別価格!と書かれた数字が踊る。
小さな穴が沢山空いた、四角い箱のようなそれを指さしたクロエは期待と高揚感の入り交じった瞳でラスティカを見つめた。
「ハーモニカっていうんだって、俺が吹いても綺麗な音がするのかなあ、ラスティカは音楽好き?」
「僕は⋯⋯⋯⋯」
改めて音楽が好きか聞かれたら、少し言い淀んでしまう自分がいることに初めて気がついた。
彼はいつも首にヘッドフォンを引っ掛けているけれど、そこから流れるテクノサウンドに合わせてステップを刻みながら回路を弄るような人間ではない。
寧ろ、ぎらぎらしたネオンサインとスラップベースから逃げ出したい日にヘッドフォンを使い、全てを遮って生きてきた。
自分の心音と名も知らぬ過去の偉大な音楽家が作ったメロディしか聞こえない世界は生温くて優しくて、心が溶けるように心地が良かった。
もっとも、最近はそういった厭世気質も少し和らいでいるけれど。
「僕も音楽は好きだよ」
「じゃあ、ラスティカが一番最初に聞いてくれる人になって!」
「今度のクロエは音楽家になるのかな?それなら僕はダンサーの役かな⋯⋯クラブには行ったことがないからよくわからないけれど、でも、クロエならきっと直ぐに上手くなるから聞くのが楽しみだな」
「うん!ほら、この前オーエンと一緒に歌っただろ?あの時すっごい楽しかったから他のこともやってみたいんだ」
アメシストを模した瞳が夢を見る青年のようにきらきらとしていて、懐かしいような眩しいような不思議な気持ちになる。
最近のクロエは物理的に胸を輝かせながら様々なものに挑戦して、トライアンドエラーを繰り返しながら日々プログラムを更新していた。
俺のメモリいつかいっぱいになっちゃうかも!なんて、楽しそうに話しながらラスティカの知らない世界のデータを渡してくれる。
無機質で清潔で閉塞的なラボの中に新鮮な春風が舞い込んだみたいに、彼の持ち帰ってくる記録の数々はカラフルに輝いていた。
「そうだ、ラスティカも一緒にハーモニカやる?あれ、そしたら二個買わなきゃ
いけないのかな⋯⋯?それはちょっと変かも⋯⋯?」
「変?どうして?⋯⋯⋯⋯不思議だね、僕は上手に吹けるような気がするんだ。どうしてだろう、楽器なんて触ったこともないのに」
「えぇ、まだ買ってもないのにラスティカはすごいね!?えへへ、あんたに教えて貰ったらたくさんリピートしてシノやヒースにも聞かせてあげるんだ」
この様子だと暫くはメンテナンスのBGMに、友人の奏でるたどたどしいスパイ映画の主題歌を聞くことになりそうだ。
録音の機能を使ったのか、彼の口からは先程聞いたハーモニカの音色がそっくりそのまま歌のように零れている。
硬質なラボの壁に小鳥の噂りのようなメロデイが響いた。
「あぁ、明日には届くみたいだよ。よかったね」
「やったー!ありがとう、ラスティカ」
虹色に光るらしいハーモニカをカートに入れて、悩みもせずに決済の画面へと移りタブレットに手の甲のバーコードを翳す。
それと同時にクロエに抱きつかれたから、電子決済の音がハーモニカの音色と重なって思わず二人で笑いあう。
首にかかったヘッドフォンから、遠い昔に流行った鍵盤楽器の協奏曲が流れていた。