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    oki_tennpa

    @oki_tennpa

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    oki_tennpa

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    クロエが初めて空を飛ぶ話……………?の、導入

    泥棒コメディの小物みたいにあからさまな格好をした盗っ人に荷物を取られ気付いた頃には宵闇迫る夜の街。
    一分違わず店を閉めた質屋の戸を叩いても帰ってくるのは沈黙ばかりで取り付く島もない。

    「ごめんなさい、ラスティカ……俺がちゃんと荷物を見てなかったから」

    泣き腫らした目の少年が、この日何度目かわからない謝罪を零す。
    まだ幼さの残る華奢な手がコートの裾をきつく握り、深い皺を作っていた。
    質屋の戸と同じくらいくすんでしまった彼の心は自責の念がとぐろを巻いて、赤い舌をちらちら出した。
    心臓が不気味な挙動で暴れ回る。
    見知らぬ黒い影が聞き覚えのある声で、役立たず、と囁きかける。
    首筋を滑る汗は冷たく、心臓の裏側が燃えるように熱かった。
    目に映る全てに責められ、怒られているような幻覚。
    古びた木目は悪魔のような笑みを浮かべて石畳の隙間が子供を引きずり込む恐ろしい深淵に見える。

    「どうか気を病まないで、顔をあげて。クロエ」

    隣りに立っていた紳士的な青年は実に自然に膝を折り、ぽろぽろ涙をこぼす彼に視線を合わせる。
    刺繍の踊る綺麗なハンカチで優しく涙を拭い、それから皮の手袋を外す。
    体温の低い、彫刻のような指先で腫れた瞼を撫でる。
    火照った顔が冷やされれば暴れていた心臓もやっと静かな鼓動を取り戻す。

    「……冷たい」
    「きみの目が腫れてしまうから、少し目を閉じていて」

    不安と焦燥でぐにゃぐにゃに歪んでいた視界が不意に暗くなり、雁字搦めの思考が少しづつ解けていく。
    クロエを責めていた物はもう見えない。
    誰かの顔みたいな木目と硬い石畳の幻聴ではなく優しい声が聞こえた。
    歌うように、詩を読むように紡がれる言葉は都会的で前向きな響きを持っている。

    「荷物なら僕も見ていなかったよ。それにきっと、明日になれば帰ってくるかもしれない。君の作った鞄が素敵なデザインだったから、一日だけ借りて眺めているのかも」
    「盗まれたものは返ってこないよ……。それに、今日の宿代もあったのに」

    世の中の盗人が全員、鞄の刺繍を眺めるだけで腹を満たすことができるのなら荷物は帰ってくるかもしれない。
    けれど大半の盗人は貴族の旅行鞄なんて上物、早々に売り飛ばして酒精を煽ると決まっている。
    生活と心が貧しい、心の死んだ人々はそれが普通だった。
    鈍色の瞳を持った肉体よりも先に心が死んでしまうのだ。
    クロエの瞳は少年らしい澄んだ色をしていた。
    葡萄の実が熟す頃の、あの寂しい秋の夕暮れのいっとう美しい紫色。
    金木犀が夏の終わりを告げるように香り、ぴかぴかの魚の鱗のような雲が空に浮かぶ間の季節。
    いつしかクロエは、秋は寒いから苦手だと言っていた。
    不意にラスティカはこの目の前の華奢な少年が寒くないか心配になって、ふわりと抱きしめてみた。

    「わ……っ」
    「寒くない?きみのマフラーも取られてしまったから、小さなクロエが凍えてしまわないかと思って」
    「…………うん、寒くないよ。ありがとうラスティカ……ごめんなさい、あんただって寒いのに」
    「心配ないよ、このコートを作った子は腕が良いから夜でも暖かいんだ。でもとてもがんばり屋さんだから、ゆっくり眠れる場所を探さないと」

    魔法使いの青年が長い指をぱちんと鳴らす。
    ショートブレッドみたいな商店が立ち並ぶ夜半の路地に乾いた音が響く。
    彼の着ていたコートの金のボタンがひとりでにくるくる回り乳白色の月明かりの中で流星のように光った。
    風を孕んだ上着は波打って広がり、ぴかぴかの革靴の下に魔法陣が展開される。
    その輝きの中でラスティカは微笑んで、手を差し伸べた。

    「さぁ僕の手を取って!見てご覧、今日は星が特別綺麗だ。それに身軽だからどこまででも飛んで行ける」

    クロエは随分久しぶりに明るい、綺麗なものを見た気がした。
    それから、高揚感。
    なにか素晴らしい劇場の、赤いソファに腰掛け開演ベルを待つ時のようなわくわくとした気持ち。
    初めて訪れた街で最初に迎える、期待にひとつまみの怯えを混ぜたあの瑞々しい朝。
    自分の手足に絡まったまだ知らない感情を解いて、はじめまして、と挨拶をする時の胸の高鳴り。
    それらは夜風と一緒になってクロエの中を駆け抜け、ルビー色をしたくせ毛をさらった。

    「まって!俺、自分でやりたい!」

    月がいっとう美しい。
    銀の欠片がきらきらと、まっすぐ少年の瞳を照らし開いた瞳孔に月光を注ぐ。
    頭はとびきり冴えているのに心には何かぎらぎらと、激しく輝きながら燃える星のようなものがあった。

    「スイスピシーボ・ヴォイティンゴーク!」

    一瞬の浮遊感。
    風と空気がびゅん、と音を立て耳が震える。
    地面が遠く、屋根も随分下にある。
    緩んだ靴紐の革靴は石畳に置き去りで、クロエの両手にはしっかり箒が握られていた。
    星空に抱かれているような、自分が風景の一部になったような、そんな感覚と涼しい足元にくらりと目眩がした。

    「わぁ…………!」

    彼は今、初めて箒に乗って空を飛んだ。
    まるで一人前の魔法使いみたいに。
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